第十九話 油断禁物、いろんな意味で
父の期待に応えていたつもりでした
毎日鍛錬を行い必死に自分を鍛えてきました
同い年の子達が可愛い服や遊びに夢中になっている時もずっと修行を続けていました
雨の日も風の日も嵐の時も、必死で汗をかきながらがんばりました
そのかいあって一国の将になることができ、兵を率いて戦争で活躍でき他国にも私の名が知れ渡りました
みんなが私を褒めてくれました、称えてくれました
みんなが私に笑顔を見せてくれました
父もとても喜んでいました
私もそれを見てとても嬉しかったです
ですがある時突然体が自由に動かなくなりました
全身に鉛を乗せられたような感覚
目眩、立ち眩み、嘔吐、そんな状態が続きました
最初は唯の体調不良と思っていたがそれが2ヶ月程続いたのでさすがにおかしいと思い、名のある神官さんに見てもらったところ極めて重度の呪いに罹っている、との事でした
しかもこの呪いは他者にもうつるもので、解呪法が分からない、と言われました。
他の僧侶さんや巫女さん、神官さんにも診てもらいましたが、みんな言う事は同じでした
それからみんなが私を避け始めました
あんなに私を褒めてくれた人も、感謝の言葉をくれた人も
みんなが私の前から居なくなっていきました
私の体はどんどん衰えていきました
そんな時、父に呼ばれ何の脈絡も無く言われました
―――――親子の縁を切る―――――
―――――ここから出て行け――――
父が何を言ったのか分かりませんでした
いえ、分かりたくなかったのかもしれません
私は父に絶縁されました
そのままなし崩し的に私は今まで育った国を、守ってきた人達の手で追い出されました
私はとても悲しかったです、とってもとっても…
でもそんな私なんかについて来てくれた子がいました
私の妹
かわいい妹
私と違ってとっても頭の良い子
私の為に自分まで父と絶縁してしまった子
私が必ず姉さんを元に戻してあげる
そう言ってくれた時、思わず私は声をあげて泣いてしまいました
そして私達は二人で当ても無く旅を続けました
どこかにきっと治す方法があると信じて
苦しくてつらいことがたくさんあったけど
妹が一緒に居てくれたのでがんばれました
ありがとうと何度も言いました
あの子はその度に顔を赤くして照れていました
だけど運命は残酷でした
ほんの少し妹と離れた隙に妹は攫われてしまいました
悪い奴隷商人の手によって
私は必死に妹を探しました
私のせいで妹がこんな事になってしまった
あの子は何も悪くない
あの子が奴隷になんてなっていいはずが無い
私はどうなってもいい
あの子だけでも幸せになって欲しい
色々な所を探してようやくあの子が居る所を突き止めたのに
私の体はもう私の意志では動かなくなっていました
ごめんね、ダメなおねえちゃんでごめんね
そう心の中であの子に謝りながら、目の前が暗くなっていくのを感じました
それからどれくらい時間がたったのか分からなくなった頃
とても暖かい温もりを全身で感じました
誰にも触れる事が許されない私がずっと求めていた温もり
ああ、本当に死んじゃったんだなと思いました
「手間のかかる奴だなぁおい」
―――――――――その声を聞くまでは
その声を聞いてしばらくして、ようやく抱きかかえられているんだと分かりました
感じていた暖かさは人の温もり、力強い二本の腕
お姫様だっこ
とっても憧れていたけれど、女である前に将である私には無理と諦めていていたモノ
自分の状況が分かると呪いの事も忘れてとっても恥ずかしくなりましたが体は動かず目も開けられません。
そのまましばらくしてベッドの上に寝かせられ、毛布をかけられたのが分かりました
このまま名前も顔も知らない人に抱かれるのかと思うと、とても怖くなりました
戦場で感じる恐怖よりも全く別の、もっとおぞましい感覚が全身を支配しました
しばらく物音がした後、足音がこちらに近づいてくるのが分かりました、が、体は動いてくれません。
恐怖と嫌悪感と悲しみで頭がぐちゃぐちゃになっているうちに首後ろに手を回され――――――
「んじゃ留守番頼むぞ」
予想に反しその人は離れていこうとしました
何故か私の体は無意識に反応して
動かなかった筈の私の指は、いつの間にかその人の袖をつまんでいました
何時の間にか先程までの恐怖は消えていて、別の恐怖が私の中に居ました
孤独
父に捨てられ
国に見捨てられ
妹も居なくなった
――――――――――行かないで
―――――――――ひとりにしないで
その人は私の考えている事が分かったのか、頭を優しく撫でながら言いました。
「目が覚めたときには唯の悪い夢になってる、心配せず寝てろ」
ああ、頭を撫でられたのって何時以来だろう
暖かいものが胸に注ぎ込まれる感覚
その心地良い感覚に身を委ねると、僅かに残っていた私の意識は、溶けるようにゆっくりと失われていきました。
それからどれ位の時間が経ったのか
声が聞こえました
私の名前を呼ぶ声
忘れもしないあの子の声
私の可愛い妹の声
助けてあげたかった声
幸せになって欲しかった声
最初はとても小さかった声がどんどん大きくなって
そして
私の目に光が射して、
目の前で泣きじゃくっている可愛い妹の顔がありました
姉が大好きでした
とっても優しい姉
おっちょこちょいな姉
頼りになる姉
大人顔負けの剣術ができる姉
そんな姉の様になりたいと思いました
ですが私には身体能力は余りなかったのでたくさん勉強をしました
魔法、政治、軍略、外交、礼儀作法――――
他にもたくさんの知識を身につけました
こうする事で姉の役に立てると思ったからです
私はその知識を買われ、国の重役の一つに就きました
そして姉のサポートをして私と姉は有名になっていきました
ですがあるとき姉が重度の呪いに罹りました
人にうつる呪い
解呪出来ない呪い
私は必死になって解呪の方法を探しましたが見つかりませんでした
何のために今まで知識をつけていたのだろうと自分の無力さを呪いました
それからしばらくして今まで姉をもてはやしていた人達は姉の前から姿を消していきました
本来ならこんな時にこそ家族が守らなければならないのに父は平然と姉を切り捨てました
絶縁
ここから出て行け――――と
父の期待に応えるため、国の民を守るため小さい頃から必死で戦ってきた姉をいとも簡単に
私は父に失望しました
こんな人が父だったのかと
私は自ら父に絶縁状を叩きつけ国を出ました
引き止めようとした人達を魔法でなぎ倒しながら
私が知識をつけたのは国の為じゃない
大好きな姉の為だ
私が姉さんを元に戻してあげる―――
そう言うと姉さんは声をあげて泣いてしまいました
保障なんてどこにも無い
方法なんて分からない
それでも絶対に元に戻してあげよう、とその時心に誓いました
姉と一緒に色んなところに行きました
少しでも呪いを治せる可能性がある所は本当にどこにでも行きました
姉は旅の最中何度もありがとうと私に言いました
私はその度に照れて顔を赤くしていました
ですがほんの少しの油断で私は攫われました
裏の奴隷商人によって
連れてこられた場所で私は奴隷になるか死ぬかの二択を迫られました
犯罪者以外の人間を奴隷にするには本人の了承が必要
それが無ければ奴隷には出来ない
売れないものに用は無い、ということです
ここで死ぬわけには行かない
少しでも姉に会える可能性に賭けなければ
それが欠片程の可能性だとしても
あの誓いを果たすまで
そう思い私は奴隷になりました
それからどれだけの月日が経ったのか
ある日、奴隷商人が私の所に来て言いました
お前を名指しで欲しがっている客が現れた、と
一瞬姉が来たのかと思いましたが、すぐに考えを改めました
その客が男性だと聞かされたからです
そして商人に連れられ、男性の前に来ました
そう
この先、姉と共に生涯仕える事になるあの御方の前に―――――
私はその方に連れられて一つの宿に入り、とある部屋の前で部屋の鍵と私の指輪を渡されました
不思議な人
第一印象はそれでした
今まで感じた事の無い空気を身に纏っている人
初めて会ったはずなのに何故か安心してしまうようなそんな感じ。
国の役職上、色々な人にあったけれどこんな人は見た事が無い。
奴隷商人の家で起きた爆発は、間違い無くこの人の仕業なのに。
なぜこの人が私の指輪を持っているか聞きたかったのですが、男性は私に部屋に入るように命令し、すぐにその場を離れてしまいました。
てっきり伽の相手をさせられると思っていたのに。
男性の行動を不審に思いつつ私は中に入りました
既に日は落ちている為、室内は暗く、何も見えませんでした
手探りで明かりを探し、置いてあったランプに火をつけました
ランプを持って部屋の中を見回すと、二つあるベッドの一つに誰かが眠っている様でした。
私はゆっくりとそちらにランプを近づけ、
そこで
とっても優しくて
おっちょこちょいで
頼りになって
大人顔負けの剣術ができて
ずっと会いたかった
大好きな姉を見つけました
私の目から涙が溢れ出るのとほぼ同時に首についていたチョーカーがさらさらと消えていくのを感じました
「刺身食いたい醤油付けて喰いたいわさび抜きで」
くそうくそうなんで刺身が無いんだ
こっちきてから和食を食ってない
和食に飢えているのだ
俺は日本で育ったのだ
ご飯と味噌汁と刺身が喰いたいのだ
あ、納豆はいらん
別の宿に入ったがまた洋食っぽいものだった
なので街の近くの川に来て夜釣りをしている
今頃街じゃ、ばばあハウスの事で野次馬共があっちこっちにいるだろうな
だがそんなことはどうでもいい重要な事じゃない
俺の包丁捌きを見せてやるからさっさと来い
頭の上ではくろごまが興味深そうに糸の先を見つめている
昼間寝てたから眠くないのかな
夜行性なんだろうか
そう考えていると糸にアタリが来た、竿が強くしなる
「ふぃっしゅおーーーーーーーーーん!」
そう言うと
糸は切れた
オチが無いとでも思ったか!