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人形だって生きている

作者: 沙夜菜

「わぁ、お母さんこれ可愛いね!」

 女の子が私を覗きこんで言った。

「本当、綺麗なお人形ね」

その子の母親らしき人も、私を見て微笑む。

 ありがとうね。このあとに「買ってよ」と、おねだりタイムがやってくるのかしら。嬉しいんだけど……私は、もう少しここでの景色を楽しみたいの。

 透明のケースに入っている身としては、自分の姿を見ることはできない。それでも、なんとか綺麗に完成したようでよかった。と、視界の左端に「オモシロ人形」を捉えながら思う。

あんな顔になっていたら、私もう生きていけないわ。

────なんて思っていたら、「最初っから生きていないじゃないか」と笑われるかしら。

 ────誰に?と、自分は誰かと会話することも出来ないのだと思い出す。


「……じゃあ、次のピアノの試験に受かったらね」

 女の子のおねだりは母親に通じたらしく、しぶしぶ母親がつぶやいた。

次のピアノの試験に女の子が合格すれば、私は狭い建物の中に入れられるのだ。

 失敗しちゃえ、と自分でも最低だと思いながら、考える。

「絶対受かるよ、先生にいい感じって言われたもん」

 失敗なんて、しそうにない。

 その親子が私の前から立ち去り、次は店員さんを連れて戻ってきた。

店員が私が入っているケースに何かシールらしきものを貼り、持ちあげる。

このシールは何かしら。何でもいいけど、景色を見るのに邪魔になるわ。

 そして、私はどこに連れて行かれるの?

 そっと、「オモシロ人形」に別れを告げる。こっちからは見てて嫌になるが、そこそこ売れていた彼らだ。

 そして、真っ暗闇。

ぼんやりと、クマらしきぬいぐるみの影や、私のようにケースに入っている人形の影が見える。ここは、どこだ。

『……本当、疲れるんだけど、この姿勢』

 暗闇の中から、声が聞こえた。

『こっちこっち。首くらい、動くでしょ?』

その声だけを頼りに首を回してみる。今まで常にお客を前にしていて、ずっとじっとしていたから、まさか体が動くだなんて思わなかった。

 暗闇に目が慣れてきて、声の主の姿が見えた。頭でシニオンを作った、バレリーナの人形だ。

『ずっと腕と足をあげっぱなし。本物のバレリーナだってこんなに長い時間、このポーズしてないわよね、きっと』

 首は動いた。それなら、口も動くかしら。そっと、口を開けてみる。

『……あ』

 かすかに、声が聞こえた。さっきのバレリーナの声とは違う。とすると、これは私の声。

『声出たじゃないの。たくさん会話したい、ところだけど、私はそろそろ出ていかないと』

バレリーナが言う。

『出ていく?』

私が聞き返すと、バレリーナはうなずいた。

 彼女曰く、ここは予約された人形たちがいるところらしい。ケースに貼られたシールは予約済みシール。そして、バレリーナは明日には買われていくそうだ。

 予約シールということは、あの母親はなんだかんだ言いながらも、娘が合格すると確信しているのだろう。

 私は、いつなのか……考えたくもない。

 

そして次の日、バレリーナは寂しげな表情を見せながらも出て行った。

 他にも喋る人はいると思うが、誰も何の音も発さない。

 そうして、何時間、何日もたった……気がする。ここにいると、時間の感覚さえ分からなくなるのだ。


私はゴト、と持ちあげられた。

 ずっと暗闇にいたのだ。レジがある売り場の明るさに、目が眩む。

包装紙らしきものに包まれ、紙袋らしきものに入れられる。目の前はまた、真っ暗になった。バレリーナも、こんな感覚だったのかな。

 何分経ったのだろう、私はピアノの上に置かれた。

前方に見える棚の上には、台につるされた、横向きのガラス瓶の中の水夫がいる。

船の上で、望遠鏡をこちらに向けていた。やがて目をこちらに向け、肉眼でも私の姿が見えることが分かると笑って手を振ってきた。

 一方の私は、ずっと女の子に見られていて身動きできない。

『ごはん出来たわよ。お人形はまた後にしなさい』

と、母親の声が聞こえた。はぁいと言う返事とともに女の子が部屋を出ていく。

 私も、水夫に手を振った。

「……な」

 水夫が何か言う。ずいぶんと離れた位置にいるので、声が聞き取りにくい。

「綺麗だな」

 私が聞こえていないと分かったのか、一語ずつはっきりと発音して、水夫はもう一度言った。

「ありがとう、女の子もそう言ってた」

 と私は返して、若干自惚れているかと不安になる。

私の心配はいらなかったらしく、水夫は笑った。

「いいな、俺は性能だけで買われてきたから。お父さんっぽい人に」

「でも、あなたも素敵な顔立ちじゃない?」

今度も、言ってから顔が火照った。「じゃない?」なんて、嫌な貴族みたいな言い方。

 それでも、水夫は嬉しそうな顔をしたのでホッとする。

 この人には、嫌味も皮肉も一切通じなさそうだ。

「そっち、行きたいな」

 水夫が何気なく言って、また顔が火照った。やだ、本当に私って自意識過剰。

「……来ちゃえば?」

「となると、このガラスをぶち破らないと」

と水夫は言いながら、望遠鏡を取り外そうとする。

「待って待って、本気でやるの?」

 あわてて言うと、水夫が顔をあげた。

「俺は本気だったけど。嫌ならやめるよ」

また私はあわてて首を振る。

「嫌じゃないけど、あなたが危ないんじゃないかって」

 水夫は何も答えなかった。やがてニッと笑って、親指を立てる。

再び望遠鏡を取り外す作業に入り、しばらくは沈黙が続いた。

 接着剤で頑丈につけてあるのだろう、望遠鏡がなかなかはずれず、水夫は四苦八苦しているようだった。大丈夫、と声をかけてみると、こちらを見てうなずく。

 それからまた時間が経って、水夫が声をあげた。

「出来た出来た、これ本当に頑丈だった!」

「わぁ、すごい……で、それでガラスを割るの?」

 破片が突き刺さったら大惨事になりそうだ。でも、この水夫ならやり遂げそうな気がした。

「そう。でも、音がすごそうだな」

水夫の声が曇る。結局、ガラスを割るのは深夜ということになった。


女の子も、母親も父親も、この家の住人全てが寝静まったころに、水夫は望遠鏡を持ってガラスの前に立った。

 望遠鏡を持って、ガラスに叩きつける。

 人形からすればこの望遠鏡はそこそこの大きさだし、ガラスを割るのもそんな難しいものでもないような気がしていた。それでも人間から見れば、この望遠鏡はきっと爪楊枝程度のもので、これでガラスを叩いても何ともならない。……と、今さらのように気付く。

 私が、なんとか出来ないかしら。そう思って、私は体を揺らした。気分が悪くなるほどに体を振りまわして、ようやく自分が入っているケースが倒れる。たかがリボンがついているだけの箱だ、ちょっと指をひっかけてやるとすぐに箱は開いた。

  すぐさま箱から飛び出し────自分の置かれている状況を知った。

高い。高すぎる。ピアノの上というのは私からすればかなり高いところで、目まいがする。

 私がこうしている間にも水夫はガラスを割る作業に没頭していて、ほんの少しながら、ガラスにはひびが入った……ような。

 水夫が私に気付いて、こちらを向いた。

「体を揺らしてたら、出れちゃった」

と私が笑うと、俺も出来るかな、とつぶやく。

 でも、水夫が入っているガラス瓶は私のケースほど軽くない。それでも、重い分、揺れた時の振動は強いのかもしれない。それで、吊るしてある紐でも切れてしまえば万々歳だ。

 水夫も体を揺らし始めたが、全然無力なことが分かると、次はガラス瓶の中を往復しはじめた。だんだん、だんだんガラス瓶が揺れてくる。嵐の中の船のようだと思った。

水夫さんだから、酔う事はないらしい。何分水夫は走り続けたか、やがて吊るしてある紐が音を立て始めた。

「もうちょっと、もう少しで紐切れそう!」

 私が言うと、水夫は最後の力を出しながら走る。


そして。


 カシャンという音とともに、水夫が瓶の中から姿を現した。

 私たちにすればこの音は大きくて、家の人に気付かれないかとひやひやしたのだが、実際には彼らの寝室────がどこにあるのかは分からないが────にまで届くほどではなかったようで、ホッとした。

 水夫がピアノの上まで上ってくるのは不可能だろう、今度は私が頑張る番だ。

 ピアノの上にかけてある布を掴み、上から飛びおりる。足がすくんだが、下で水夫が待っていると思えば大丈夫だった。

 鍵盤の蓋に辿り着いたところで、次は蓋をあけるときに指をひっかけるくぼみに足をかける。いいところにあった小さな傷にも指を添え、今度も目をつむって飛び降りた。

 椅子からは椅子の足を辿って下に降り─────私は、絨毯の上、水夫がいるところに降り立った。

「そんなドレス着ながら、凛々しいな」

 と、水夫は笑った。

「ドレスだったからこそ、出来たんだと思う」

ふんわりと広がったスカートのおかげで、着地の時の衝撃がすいぶん減った、というのは気のせいなのか。気のせいだとしても、自分でそう感じることが出来たのだから意味はあるはずだ。

「間近で会えたところで、これからどうする?」

 水夫が言う。私は時計を見上げ、尋ねた。

「この家で一番早く起きる人は、何時くらいに起きてくるか知ってる?」

「お父さんが……いつかな、物音がするのは6時くらいから」

 6時。もう少し先だとすれば外に出たいとも思ったのだが、あと1時間となればそれは難しいだろう。それは諦めて、ここで“おしゃべり”しようということになった。

「ここの女の子、本当に人形好きなんだ。高価でも安くても、買ってもらった人形はすっごい大事にしてる。俺は一応お父さんの人形だけど、女の子は俺のことも大事にしてくれたよ。だから────」

 そこまで言って、水夫は苦笑いして言った。

「このガラス見たら、どんな顔するだろ」

私も新品だしなぁ、どんな顔されるかなぁ、と私は考え、今さらどうにもならないと開き直った。

「多分、水夫さんは修理に出されちゃうよね。望遠鏡つけ直して、新しいガラス瓶に」

「また、離れるんだな」

 水夫は寂しそうに笑ったが、私は考えた。どれだけ苦労したと思ってるの、そんな簡単に離れてやらないわよ。

 下手をすれば、今隣にいる水夫は処分され、新品の水夫さんに変わってしまうかもしれないのだ。そんなこと、絶対にさせない。

「……女の子って、人形大好きなんだよね」

 さっきの水夫の話を思い出し、つぶやく。

「うん。よく話作って、この部屋でごっこ遊びしてる。学校ごっこの時は、自分でピアノ弾いたりしてるよ。俺も、たまに見張りの先生役で出されるけど」

 じゃあ、と私は考えたことを水夫に言った。

 きっと、女の子は人形の気持ちが分かる子だ。

 作戦は、ずっと2人で手をつないでおく、それだけ。それだけで、女の子は私たちが期待している解釈をしてくれるはずだ。

「女の子はこの家の一人娘だから、親はあの子に甘いんだ。だからきっと、大丈夫」

 水夫の言葉を信じるしか、術はない。


朝になった。

私たちは「ただの人形」になって、ピアノの下に倒れている。

 作戦通り、手はつないだ状態だ。

 女の子が部屋に入ってきて、棚の無残なガラスの破片と、ケースが倒れたピアノの上を見た。

『お人形!』

 血相を変えて、私たちのところへ駆けよってくる。

 女の子の声に気付いてか、両親も部屋へ入ってきた。

『この水夫は、買った店で直してもらうしかないな』

諦めたようにつぶやく父親を、女の子は困ったように見上げる。

『でもさ、この2人手つないでるよ。多分仲良しだし、離すの可哀そうじゃない?』

 人形遊び、万歳。

『……というか、なんでこんな水夫が元の場所から離れた場所にいるの?ガラスが割れてるのも、女の子の人形が出てるのも、おかしくない?』

母親が言う。だめだめ、そこは気にしないでくださいな。

『とにかく、ここの掃除が先決だろう。お前の言うとおり、その、人形は────仲良し?なのかもしれないし?』

 父親の言葉に笑いそうになって、このままことが順調に運ぶことを願った。

『うん、水夫さんの船に2人とも乗せちゃおうよ』

 

あとは順風満帆だった。

 後日に話しているところを聞いてみれば、お店の人は私のようなドレス人形を瓶に入れることにかなり驚いたらしい。

 そりゃあね、と水夫を顔を見合せて笑う。

 今の所在地は、元々水夫がいた棚の上だ。

たまに窓から吹いてくる風に揺られ、女の子の弾くピアノの音色に身を任せ、カーテンの隙間から見える景色を楽しみ、水夫と笑い合う。

 人形だって、生きている。





今回、なんとなーく文がばらついている気がします^^;

 前の私に逆戻り、みたいな。

 読みづらかったら、申し訳ないです

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― 新着の感想 ―
[一言] 人間と人形の一番の違いは言葉を発するかどうか、それ以外はほとんど同じかもしれない。人の姿形をして、着飾っていて、誰かによって、つくられた。ひょっとしたら、何かを思ってもいるのかもしれませんね…
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