花屋のふるさと
舞台は、島根県・出雲
○東京の玲桜の家(回想)
白い壁の新築のマンションのリビング。窓からは、ビルがいくつも見える。ブレザーを着たクラスメイト二人はテレビでゲームをしていて、高校生の玲桜と、もう一人のクラスメイトは、ソファに座ってそれを見ている。
ソファに座っていたクラスメイトが、窓の外を見る。
クラスメイト「……玲桜んち、ここから隅田川の花火見えるじゃん。夏みんなで見ようよ」
○電車内
晴れた夕方。玲桜、ボックス席に一人で座っている。車両内には、他に二人しか乗客がいない。
アナウンス「次は、玉造温泉。玉造温泉」
玲桜(声)「結局、あの花火をみんなで見ることはなかった」
停車すると、玲桜は席を立ち、手動ボタンで電車の扉を開ける。
○玉造温泉駅前
駅前には、何台かのタクシーと、たばこを吸ったタクシーの運転手が見える。玲桜は運転手に会釈をし、歩き続ける。
玲桜(声)「理由は、みんな予備校や部活で、それぞれ忙しくなったからだった」
○道
広い畑、住宅もぽつぽつある。その中心に、細い川と川沿いの道路がまっすぐ伸びる。玲桜はその道を歩く。この地域を囲う山まで、視界を遮るものは何もないのに、見当たる人は、中学生四人組だけ。
玲桜(声)「その後、専門学校に入った俺は一足先に就職し、みんなとはますます疎遠に
なってしまった」
○温泉街・川沿いの遊歩道
いつの間にか建物が増えてきて、温泉街になる。観光客が何組か歩いている。
玲桜(声)「そして、ここ島根に異動して、二年……」
○玲桜の家
日はもう沈んで暗くなっている。温泉街の通りから外れた、築三十年ほどのアパートの一室。玲桜は、鍵を開け黙って中に入る。
玲桜(声)「俺はまだ、一度も東京に帰っていなかった」
玄関の扉が閉まる。
○白石旅館 駐車場
朝、よく晴れている。三階建ての大きな和モダンな旅館前に駐車場はある。
和葉、小さめの白いワゴン車のバックドアを閉める。玲桜と穂は、花がたくさんはいった大きなバケツを持って、白石旅館に向かっている。
○白石旅館ロビー
玲桜「(ロビーの引き戸を引きながら)白石さーん! おはようございまーす!」
広いロビーに、客はまだ誰もいない。ロビーの一角に、館内の花瓶がまとめて置いてある。
ロビー奥のカウンターにいた白石、声に気づいて、小走りでこちらに向かってくる。
白石「はいはい〜! おはよう。朝からだんだん」
玲桜「いいえ」
玲桜と穂は、バケツをロビーの一角に置く。二つのバケツには、予め束にされた花がいくつも入っている。
和葉、ロビーに入ってくる。
和葉「二人とも、ありがとう。今日はスイートピーにしてみました」
和葉、バケツの中の花を一束とって、花瓶にさしてみる。
白石「かわいい。も、春だけん。ねぇ穂くん」
穂、黙ってうなずく
白石「ふふ。玲桜君、バイトは慣れたかい?」
玲桜「はい」
穂「もううちの正社員。(玲桜の背中を軽くたたいて、ロビーを出ようとする)」
玲桜「はは、正社員にはなれませんっ。もう三ヶ月なので、おかげさまで。じゃあお邪魔し
ました!」
玲桜は白石に頭を下げて、穂を追いかける。
和葉と白石、玲桜と穂を視線で追う。
白石「ほんに、兄弟みたいだが。仲間が増えて、和葉ちゃんも助かっちょーやない?」
和葉「ほんとですよ。一人増えるだけで全然違う。でも今年は配達の注文も大繁盛なので、
忙しいままですね。」
白石「今はネットでも注文できんだけんに。市内にも配達だーけんね?」
和葉「はい!」
白石「はぁ忙しいけんね。うちらも頑張らーとな!」
○花屋
立派な一軒家で、和風の二階建て。一階に花屋がある。不揃いの木の机の上に、いろんな種類のバケツや瓶が置いてあり、その中には春物の花がわんさか入っている。
玲桜と穂は空になったバケツを花屋に持ち込む。
穂「おばあちゃん、ただいま」
レジの机で、梅子は花の手入れをしている。
梅子「お帰り」
玲桜「じゃあ俺はお先に失礼します。(カバンを肩にかける)穂、学校遅刻すんなよ」
穂「わかってる!」
玲桜、店出ようとしたところで、入り口で和葉とぶつかりそうになる。
和葉「おっと。今日は会社に出勤かい?」
玲桜「そ、在宅勤務員、一週間ぶりの会議招集です。いってきます!」
玲桜、駅の方に歩いていく。
○会社・会議室
長机と椅子が向かい合わさって置かれる部屋。六つの席は埋まっていて、暗い部屋の中、プロジェクターでプレゼンが行われている。画面には開発中のRPGゲームのビジュアルデータが映しだされている。玲桜の手元には風景のイラストイメージの資料あがる。
会議が終わり、何人かがばらばらと会議室を出ていく。
亀戸「RPGだってよ〜〜」
玲桜「うん。(にこにこする)」
亀戸「夏は忙しくなるぞ!」
亀戸、玲桜の肩をガシッと掴み揺する。清水、廊下から会議室に姿をあらわす。
清水「山桐ちょっといいか」
玲桜「? はい」
玲桜、席から立ち上がる
○花屋
夕方。曇り。花屋の窓際には、古いダイニングテーブルがある。和葉はそこで帳簿をつけていたが、いつの間にか頬杖をついたまま眠っていた。梅子はレジの机でブーケの制作をしている。
入口から玲桜が入る。
梅子「玲桜君、どげした?」
扉の音で和葉がおきる。
玲桜「……あ、配達まだあるかなって思って。会社の帰りに寄りました」
和葉、玲桜の方を振り返って見ている。
○市内の住宅街
都会的で、新築の家。玄関先で和葉はフラワーアレンジメントの入った段ボールをお客に渡す。
和葉「ありがとうございます」
花を受け取ったお客もお礼をいい、家の玄関に戻っていく。
和葉は、一息つき、ゆっくりした足取りで車に戻る。
○車内
玲桜が運転席に座っている。和葉が扉を開け、助手席に座る。花屋のびっしり書かれた注文票にチェックをして、それをぱたりと閉じる。
玲桜「お疲れ様。……(シートベルトをつけながら)寝てていいよ?」
和葉「あちゃ、見られてた?」
玲桜「あんな窓際で寝てたら、誰でも見れます」
和葉「あはは……。(シートベルトをつける)」
玲桜「……無理してない?」
車が発車する。
和葉「……してないよ」
車は住宅街を抜け、大通りに出る。そして、五時のチャイムがなる。
玲桜「今日、この後は?」
和葉「帳簿の計算と店の片付けかな。」
玲桜「片付け、手伝うよ。……ねぇ、帳簿って俺もできる?」
和葉「そんなに手伝ってもらっちゃって悪いなぁ」
玲桜「いいって。……代わりにさ、少しだけ寄り道していい?」
○駐車場の車内
車が停車する。
玲桜、シートベルトを外す。
玲桜「いこう。」
○道
二人、閑散とした昔ながらの道を歩いていく。しばらくすると、解放されたお寺みたいな門が見えてくる。
玲桜はそこに向かう。和葉もついて行き、二人とも門をくぐる。
○出雲大社北島國造館
日本風の庭。いくつかの日本建築と、奥にはしめ縄のある、お参りのできそうな建物がある。もっと奥には、細い滝が流れ込む大きな池がある。池の真ん中には小さい社が立っている。二人、庭の中の方に進む。
玲桜「あそこに抜け道みたいなところあるでしょ?(玲桜、池の左奥に続く道を指さす。)
あそこ進んでいくと、出雲大社だよ」
和葉「へぇ。」
和葉、周りを見渡しながら、池の方へ進む玲桜を追いかける。
玲桜「あ、ちょっと待ってて」
玲桜、踵を返して、入ってきた門の方向に向かう。
和葉は池のそばまで行き、座り込んで、中を覗き込む。
戻ってきた玲桜、その横に同じように座り込む。
和葉「あんまり人いないね。」
玲桜「いつもこんな感じだよ。はい、あげる。」
玲桜、紙袋に入った鯉の餌を渡す。
和葉「買ってきたの?」
玲桜「うん」
玲桜、餌をばらまく
和葉「すごい、鯉がいっぱいいる。可愛い。」
玲桜「花屋始める前は、よく一人で来てたんだ。」
和葉「そうなの?」
玲桜「うん。……唯一の癒しだったから。あ、あそこに、カメいる。……家で仕事してると
すごく頭が重くなるんだ。だからここでぼーっとして、コンビニ探して帰ってた。」
二人、池に餌をまく。
和葉「いいね、たまにはこうゆうのも。」
和葉の顔がほころぶ。玲桜は和葉の表情を見て、つられてほほ笑む。
二人、ぼーっと鯉をみながら、餌をまき続ける。
和葉「……ねぇ……会社でなにかあった?」
玲桜の手が止まる。
玲桜「……ディレクターの助手にならないかって。今日、会社で言われた。」
和葉「昇格?」
玲桜「うん、近いかも。」
和葉「すごいじゃん」
玲桜、俯いてじっと鯉を見ている。
玲桜「市内の会社に週5で出勤だって。だから、少し考えさせてくださいって。」
和葉「……行くべきだよ。玲桜のことだから、すごく信頼されてるんじゃない?」
ほほえむ和葉が玲桜を見る。玲桜、視線に気づいて、和葉と目を合わせる。
玲桜「……花屋は?」
和葉「……それは、大丈夫だよ。」
和葉、目をそらす。そして、立ち上がって軽く伸びをする。
和葉「これ撒き終わったら、帰って仕事して、夜ご飯! ね。」
玲桜、餌をまきおわって立ち上がる。
玲桜「……。」
和葉「帰ろっか。」
○花屋の二階・ダイニング
夜。四人掛けのテーブルで食事をする梅子、和葉、穂。すぐそばにキッチンがある。梅子は先に食べ終わり食器を片付ける。
穂「……お姉ちゃん、お姉ちゃん?」
和葉「ん?」
穂「体調悪い……?」
和葉「ううん! そんなことない」
穂も食べ終わり、食器を片付け始める。
梅子「あんた、ご飯食べてる間ぼーっとしちょったよ」
和葉「ごめんなさーい」
和葉、残っているご飯を急いで食べ始める。
流しで洗い物をする梅子。穂、食器を流しに持ってくる。
穂「……ねぇおばあちゃん、」
○花屋・窓際の机(回想)
中学一年生の穂、梅子がフラワーボックスを制作している横に座っている。和葉は忙しそうに仕事をしている。
梅子「焦って決めることやないに。そげんことは、もっとじっくり考えんと。」
○花屋の二階・ダイニング
梅子「なんがね?」
穂「……なんでもない。」
○玲桜の家
夕方。部屋はきれいに片付いている。玲桜は机のパソコンに向かう。太陽の光が机にまで伸びてくる。玲桜、ぼんやり壁の時計を見る。時間は、十六時五十分。
玲桜「やばっ時間!」
○花屋
和葉と穂が車の荷台に、配達用の花を積んでいた。
玲桜、花屋に走って到着。と、同時に五時のチャイムがなる。
玲桜「ギリギリ?」
穂「アウト!」
腕まくりをした白シャツと、学ランのズボン姿の穂が、野球の審判のポーズをしてみせる。
○市内へ配達に行く車内
大通りを走る車。玲桜が運転席、穂が助手席に座っている。
左からの夕日を避けるように、穂は左手で日よけを作り、窓際に肘をつく。
穂「ねぇ玲桜。じっくり考えるってどうゆうことだと思う?」
玲桜「……。」
穂「玲桜?」
穂が、玲桜の様子をうかがう。
玲桜「今なんて答えようかじっくり考えてる。」
穂「ねぇ、真面目な話」
玲桜「ごめんて」
玲桜、しばらく考える。
玲桜「……同じような答えが出るまで、何回も考えること……じゃない?」
穂「へぇ。……玲桜って時々大人みたいなこというよね。」
玲桜「そう?」
穂「じゃあさ、……なんでゲーム作る人になろうって思ったの?」
玲桜「え?なんで……(少し考える)……俺、友達とゲームするのが、ずっと好きだったか
ら」
○東京の玲桜の家(回想)
高校生の玲桜と、クラスメイトの四人で楽しそうにゲームをしている。
○市内へ配達に行く車内
穂「そうだったんだ」
玲桜「なに、面接?」
穂「ちがうよ」
穂が笑う。玲桜は穂を一瞬見て、少し安心した表情になる。
○花屋前・車内
暗くなりかけてる夕方。車を停車させ、玲桜は運転席から降りて、花屋に向かう。
穂は助手席に座ったまま。
玲桜は助手席から降りない穂に気づき、車の方に戻っていく。そして、助手席のドアを優しく開ける。
玲桜「……降りないの?」
穂「僕も店を継ぎたいって言ったら、なんて言われるかな」
玲桜「(すこし驚いた表情)……穂は花屋になりたいの?」
穂「……分からない。でも、お姉ちゃんのこと、もっと手伝えたらいいのにって思うのは
ほんと。」
穂は俯く。玲桜は目線を合わせるように、姿勢を低くする。
玲桜「……それで充分じゃない?」
穂は俯いたまま。
玲桜「頼もしいよ(頭を少し乱暴になでて、元の姿勢に戻る)」
穂「……そんなことないよ。」
穂は車から降りて、玲桜に顔を向ける。
玲桜「大丈夫」
穂「……うん。ありがと」
穂は、店の中に向かった。
玲桜は助手席の扉を閉めて、車の鍵を閉める。店の中へ歩き出して、ふとすぐに立ち止まった。
玲桜「……。」
玲桜はポケットからスマホを取り出し、電話を掛ける。
玲桜「……もしもし、お疲れ様です。」
玲桜、背筋を伸ばす。
玲桜「清水さん、アシスタントやります」
○会社・会議室
部屋の六つの席は埋まっていて、玲桜は、清水さんの横で会議に出席する。
玲桜「よろしくお願いします」
玲桜は席から立ち、お辞儀をする。周りからは拍手が送られる。
○花屋
窓際のテーブルに穂と梅子がいる。テーブルには注文票と何本かの切り花がある。穂は、梅子に見守られながら、慣れない手つきでブーケを作っている。
○会社・会議室
会議後。清水さんと会話をしながら、玲桜は資料に書き込みをしていく。
○花屋
外では雨が降っていて、店にはアジサイが並んでいる。
穂がレジの机で、表が沢山書いてあるノートと領収書を見比べて、電卓で計算している。そこに和葉がきて、少し計算をやって見せる。
○市内のアパート
空の部屋。フローリングに、白い壁。
玲桜は不動産屋と内見をしている。見取り図を見ながら部屋を見回す。部屋の真ん中まで行くと、バルコニーに続く窓からは、雨の降る住宅街が見える。
○白石旅館駐車場
朝。玲桜は車のバックドアを閉める。
白石「玲桜くん!」
白石、旅館の入り口から駆け寄る。
白石「和葉ちゃんから聞いたけん。バイトいつまで?」
玲桜「今月いっぱいまでです。ごひいきにしてもらって。」
白石「ええがね、うちらだって、あんたらから元気もらっとーに。」
玲桜「それはよかった。」
白石「穂くんは寂しがっちょーよ……和葉ちゃんはなんて?」
玲桜、助手席に座っている和葉を見る。
玲桜「がんばってって、快く言ってくれて。」
白石「そう。」
助手席から和葉が出てくる。
和葉「玲桜、もう次いけるよ」
白石、和葉に目を合わせる。
和葉「……?」
白石「……和葉ちゃん、お花屋さんってお盆前はちょっこし落ち着く頃かね? みんな、
今年のお祭りは行かーの?」
玲桜「お祭り?」
白石「温泉街でおみこしやったり、屋台出したりしちょーけん」
玲桜「いつですか⁉」
白石「(食いつきに少し驚く)いつやったかな、七月末かね。」
玲桜「和葉、俺休み取るから! みんなで行こう!」
和葉「……うん!」
○玲桜の家
夜。玄関の扉があき、家に入る玲桜。玄関から続く廊下には、段ボールがいくつも置いてある。
○花屋
昼。晴れている。
梅子「……あんた荷物そげだけか?」
穂「おばあちゃん、引っ越しってそんなもんでしょ」
和葉「おばあちゃんは引っ越したことないから」
リュックを持った玲桜が店先に立っている。
玲桜「はは、じゃあ、行ってきます。本当にお世話になりました。」
和葉、一歩玲桜に近づく。
和葉「これ。(紙袋に入った小さいブーケを渡す)」
玲桜「(中を見て、ほほえむ)……ありがとう。」
穂「玲桜、夏祭り忘れないでね」
玲桜、うなずく。
玲桜「本当にありがとうございました。」
玲桜は頭を下げて、駅に向かい始める。
花屋の中から玲桜が見えなくなったところで、和葉、玲桜を追う。
和葉「……駅までおくるよ!」
穂も和葉を追う。
○電車内
晴れだった天気が少し曇る。
玲桜がボックス席に座ると、すぐに電車が発車する。窓から見える畑と街が遠ざかり、湖が現れる。湖の先にはコンクリートでいっぱいの町がある。
○会社・オフィス
窓のブラインドは閉まっていて、蛍光灯がついている。パソコン付のデスクが沢山並んでいるが、実際に席に座っている人は片手で数える程しかいない。
○会社・会議室
清水さんと、玲桜と、二人の社員で会議。
玲桜はCGデータの資料を見せながら、話す。社員はいまいちな反応をする。
○会社・オフィス
夜、玲桜の席付近の蛍光灯だけがついている。玲桜は、まだ資料本と分厚いファイルしか置いていないデスクで、資料とCGデータを見比べたり、本で調べたりを繰り返している。
○会社の前の道
街灯の明りと、雨風のせいで、街全体が白みがかっている。傘を差した人たちが足早に帰り、車も水しぶきを上げながら沢山行き交っている。
玲桜はビル一階の自動ドアから出てくる。
玲桜「はぁ……雨じゃん……」
○玲桜の家
アパートの外廊下の蛍光灯は、ジリジリいって、点滅しかけている。雨で濡れた玲桜は鍵を開け、中に入る。部屋には、ダンボールがまだ積み上がったままで、仕事用の机と椅子、リビングの机とベッドしかない。リビングの机には、花瓶にささった、しおれかかった花がある。
○会社・社内カフェ
玲桜は一人、まる机の席に着き、菓子パンと、コンビニ弁当を食べている。
亀戸「よ!」
亀戸が玲桜の向かいの椅子に座る。
玲桜「よ。久しぶり」
亀戸「出勤組はそう感じるのね、どうですかい?」
玲桜「わからないことだらけよ。クライアントと話したりほかの部署と話すって、やばいね、
体力いる。」
亀戸「元からシュッとしてたのに、ちょっと痩せたんじゃない?」
玲桜「まじか。」
玲桜はスプーンを持ったまま、机に倒れ込む。玲桜のスマホが短く鳴る。
亀戸「……見ないの?」
玲桜「多分、母さん。」
亀戸「みていい?」
玲桜「好きにしてくれ」
亀戸、玲桜のスマホを見る。
亀戸「……夏祭り、七月二十八に」
玲桜、急いで顔を上げ、亀戸の手のからスマホを取り戻す。
亀戸「なになになにーーー?」
スマホには、穂、夏祭り7月28日(金)だからね!の文字。
亀戸、両手で頬杖付いてかわい子ぶる。それを見た玲桜は、亀戸にチョップを食らわし、すぐに返信をする。
亀戸「(にやにやする)……あそう。」
玲桜の一口サイズの菓子パンを一つつまみ、席を立つ。
玲桜「あ! ちょっと!」
亀戸「ま、お前二十八日早上がり取ってたもんな」
亀戸、パンを口に入れて、立ち去ろうとする。
亀戸「ふぁほひんへほいよ」
玲桜「なんて?」
亀戸、ポケットから取り出したカロリーメイトを玲桜に握らせる。
亀戸「俺は応援してるからなっ」
玲桜「……。」
○花屋
蝉の鳴き声がする晴れた真昼。店にはひまわりが並んでいる。梅子は一人、室内で涼んでいる。
○温泉街を走る車内
運転席に和葉。助手席には、ハンディファンにあおがれる穂が座っている。
温泉街を通る小川の土手には、はしゃいでいる子供連れの家族がいる。
穂「お客さん増えたね」
車は白石旅館前を通る。駐車場はいっぱいで、スーツケースを持った客が何組かいる。
和葉「白石さんが、今日明日が一番混むって」
穂「あの中に玲桜いないかな〜ははっ」
和葉「きっと仕事中でしょ」
穂、窓から顔を離し、前を見る。
穂「あ! お姉ちゃん! あっち、やぐら!」
穂は、小川の土手に、やぐらの骨組みが立っているのを見つける。
川沿いの遊歩道には提灯も下がっている。
穂「玲桜、お祭り来れるって言ってたよ」
和葉「……よかった」
〇温泉街
まだ明るい夕方。屋台は既に盛り上がっている。小川の土手には小さな仮設舞台が立てられ、太鼓の出し物が行われている。
○花屋
和葉は、店外の花を中にしまい、店先の札をCLOSEに変えた。
穂「玲桜探しに行ってくる!」
和葉「終わったら行くから」
穂は、うなずき、温泉街の人の波にまぎれた。
五時のチャイムが鳴り、和葉は片づけの手を止めた。
遊歩道の提灯が川上の方から、一つずつ灯る。
〇温泉街・川沿いの遊歩道
和葉は、浴衣をきた観光客や、法被を着た子供たちとすれ違いながら、穂と玲桜を探した。すると、少し先の、川の向こう側に穂を見つける。
〇温泉街・川沿いの遊歩道(和葉と反対側)
穂も、和葉を見つけて手を振る。穂はスマホを耳にあてている。
玲桜「穂、ちょっと電話かして」
穂、玲桜にスマホを渡す。
〇温泉街・川沿いの遊歩道
すぐに和葉の携帯が鳴る。画面には、穂と表示されている。
和葉「もしもし」
玲桜「久しぶり」
顔をあげると、穂の隣には玲桜がいて、電話を持ってこちらを向いている。
○花屋二階・ベランダ
夜。温泉街から少し離れた場所からは花火が上がっている。広いベランダに茣蓙を敷き、玲桜を真ん中に、三人はそこに座って花火を見ている。
玲桜「さっきはびっくりしたでしょ」
和葉「したよ!」
玲桜「ははは、いいリアクションだったな、な穂」
穂はかき氷を食べながらうなずく。
玲桜「まあでも、二人が元気そうでよかった。……花屋はどう?」
和葉「お盆前だから今は落ち着いてるよ。それに、穂にも色々任せられるようになるか
ら、ね。」
穂「……うん、大丈夫」
ひときわ大きな花火が上がり、ベランダの下から観光客の拍手がする。
穂「おぉ」
玲桜「今のは大きかったね」
和葉「……玲桜は仕事、どう?」
玲桜「んー、大変。」
玲桜は花火に顔を向けながら、はにかむ。
玲桜「色々慣れてないからかな、思うようにはいかなくて。(小さいため息)……毎日、
こうだったらいいのにな」
和葉、玲桜の表情を伺う。
和葉「ねぇ、また戻ってこない? ……いつでもいいから。」
玲桜、ゆっくり和葉のほうを向き、片腕で和葉を引き寄せる。
和葉「……え」
穂「えぇ!」
玲桜「……。」
和葉と穂は顔を見合わせる。和葉は、玲桜の背中を掌で優しくたたいた。
玲桜「……ありがとう。来る途中に白川さんにも言われたんだ、帰っておいでよって。で
も、俺はずっと、和葉にそう言ってもらいたかった気がする。……ごめん、我慢して
たんだけど。」
和葉「帰ってきてよ。」
和葉はまた玲桜の背中を優しくたたく。
玲桜「うん、ありがとう。」
玲桜は手の平で目をこすり、和葉から離れる。
和葉「いつでもみんなここにいるから。」
玲桜が笑顔になる。
和葉「……って穂が言ってた!」
穂「……え、僕⁉」
玲桜「穂〜〜〜!」
玲桜が穂にハグする。
穂「やめろやめろやめろ! 暑苦しい!」
玲桜と和葉が笑い声をあげる。穂は、少し強めに玲桜の背中をたたく。
花火が一層盛り上がる。
〇温泉街
花火がいったん消えると、今度は金色の花火が一気に上がる。
温泉街の客たちは歓声をあげる。
火花は地上近くまでを尾をひき、だんだん消えていく。
そして、花火が消えた空には、星が浮かんでいた。
完




