運命の夜
⚠初見の方、あらすじ未読の方は必ずあらすじを御一読ください⚠
____瞬間、視界を強烈な閃光が満たす。拙い詠唱にも関わらず召喚に応じてくれたのは、褐色の肌を持ち紅い外套に身を包んで怪訝な視線を彼自身よりも遥かに背丈の小さい私に向ける男。私は、その光景を死ぬまで忘れることは無いと思う。
数時間前
…久しぶりに夢を、見ていた。それも私が10歳の頃から長年悩まされていた悪夢では無く、なんだかよくわからない夢。私は剣が無数に突き刺さった荒涼とした丘に立っていた。空は厚く垂れ込めた鉛色の雲に覆われてて薄暗く、陰鬱な雰囲気がする。遠くには巨大な歯車が組み合わさったような奇妙な構造物が見える、全体的に無機質で冷たい風景。
夢の筈なのに自身の意思に沿って好きに動くこともできるし、ここが夢ということも自覚している。実に不思議な現象だ。
試しに地面に突き刺さる銀の剣を1本、持ち手を握ってみる。剣の刃の部分が、この奇妙な世界の輪郭をギラリと反射する。
そのまま私は剣を抜いてしまった。剣の反射で、遠くに人影が見える事に気がつく。
大きな背中。肩幅からしてきっと男だ。赤い外套を身に纏い、その外套が風にゆらゆらと靡いている。この荒涼とした丘はくっきり見渡せるのに、彼だけが注視しようとするとぼんやりとしてしっかり見ることが出来なかった。声をかけようと思ったが、何故か彼に対してだけ声が出ない。ふと、彼が振り返った気がした。
「そこのお前――」
低く落ち着いているが、若干の動揺の隠しきれていない声が聞こえたと同時に、目が覚めた。カーテンのすき間から光が差し、その僅かな光の具合から今は昼過ぎだということを何となく理解する。私の名前はベリル。私と同じ13歳の、普通の人たちは今学校で昼食を食べている頃だろうか?なんてことを考えながら、先程まで久しぶりに眠っていた重い体を起こす。
「んん…っ…」
わずかに残る眠気を身体から追い出すように身体を伸ばす。私はずっとこの家で独りだ。私は10歳の誕生日に両親が無理心中し、そこから私はずっと1人。10歳という人生の節目によくも私を置いて無理心中をしてくれたことだ。裏庭で既に亡くなっている父と母を発見したときの光景が脳裏にこびりつき、それが10歳から3年間も、眠った日は毎日続く悪夢の根源となっている。
眠った日にはというのは、私は悪夢が怖いがために基本は毎日エナジードリンクなどを介してカフェインを摂取し、眠らないようにすることで無理やり悪夢を見ないようにしているのだ。だが人間には限界がある。睡魔が限界に達したときにはこうして仕方なく眠っている。もちろん悪夢は見るから、極力眠りたくはない。
それにしても、本当に変な夢だった。あの剣の刺さった丘、あの赤い背中は何だったのだろうか…。身体を何とか動かし、布団から出る。布団の中のぬくもりが恋しいが、お腹が減った。ベッドに腰掛け、特に意味もなくぼーっと床を見つめる。私生活には自信がないものの、偏った食生活のおかげで細くはないし、むしろ普通の太さを保てている脚。食事だって最後にまともな物を食べたのがいつだか覚えていない。
ふと、視界の端に知らない銀の光を感じる。ギラリ、とどこか見覚えのある鋭い光を反射する物…
まさか。
ハッとしてすぐに首を動かして確認すると、そのまさか。夢の中で抜いたままの、嘗て地面に刺さっていたはずの一本の剣が、ベッド脇の小さな机に綺麗に置いてあった。
「……は?」
嘘だ。あれは夢の中での出来事。この世界に干渉できるはずが…、私は何度も目を逸らしては見てを繰り返す。どうやらこれは本当に起きたことらしい。
その時左手の甲にジリジリとした灼けるような痛みが走る。
「…ッ!?」
驚いて左手の甲を確認すると、知らない赤いマークのようなものが浮かび上がっていた。
私はそれを識っている。昔母から聞かされた物語にも同じような物が出てきたからだ。他に識っている情報は…、と幼い時に聞かされた朧げな記憶を何とかして漁る。
そう。
思い出した達成感で思わずパチンと手をたたいてしまう。
それは、私が魔術師であると認められた証。私はこれでも一応魔術師なのだ。魔術師と言っても、簡単な投影魔術、精神干渉系…など程度しかできないのだが。それも大体失敗するから意味を成さない。
――そして、これは戦争に参加する合図でもあると思う。この証の名は令呪。聖杯戦争と呼ばれる、なんでも叶う願望器である聖杯を7人の魔術師によって現代に7つのクラスのサーヴァントや英霊と呼ばれる過去の英雄などの霊体を召喚することで召喚主はそれを使い魔とする「マスター」となり、そのサーヴァントと共に聖杯を奪い合う戦争である。
私は正直自身が魔術師だということは知っていたが、自覚がなかった。なにせ魔術はほぼ失敗するせいで使い物にならないし、体内を流れる魔力だって微弱なものだと言うことも分かっている。そんなものはただの人間と同じだ。故に、両親の死から3年間、私は魔術も何もせずに家で時間をつぶしたりしていた。正直3年間のあいだ一人ぼっちは辛かった。学校に行けばいいのかもしれない。だが、学校に行くことで疲労が溜まり、体が睡眠を欲す。しかし私は悪夢が怖いので眠ることができない…という負のループを恐れている13歳にして大のダメ人間なのだ、私は。
だから、学校には行っていなかった。私が戦争に参加すれば、サーヴァントをもらえる。そのサーヴァントと寂しかった分を取り戻すために、召喚してから一緒に何をしてもらおうかと期待に胸を膨らませる。やはりベタなトランプだろうか…、いや、すごろくも捨てがたいしテレビを一緒に見るのだって悪くない。
そんな事を考えていると今すぐにでも召喚を行い、この長い間の孤独を早く埋めて欲しいという気持ちが一層強まった。だけど、どうせなら自分が比較的調子のいい時間帯に召喚を実行しようと考えた。 深夜0時。私の一番調子のいい時間。それに備えて、私はその自身のあまりの魔術の才能のなさから心なしか足が遠のいていた、魔術についての文献などが保管されている父の書斎へと足を踏み入れた。
「召喚の…、触媒…。」
召喚について記された、埃の被った本を捲りながら独り言を零す。我ながらこんなワクワクしている声を出すのは久しぶりだと思う。
召喚には、召喚したいサーヴァントゆかりの物など任意の触媒を使用することで特定の英霊を呼び出すことができるらしい。折角なのでベッド脇に置いてあった一本の剣を触媒として使用することにした。正直今の私は聖杯戦争なんかに興味はほぼ無いに等しい。私が興味があるのはこれから私の孤独を埋めてくれるサーヴァントだ。私は聖杯に欲す願いもない。強いて言えば孤独を癒やしてほしいが、それもサーヴァントの召喚に成功すればもう叶ってしまう願いだ。
万能の願望器――聖杯。
もしかしたらそれを手にする事が出来るかもしれないのに、浮かぶ願いはそれだけかと言いようのない複雑な感情が脳裏をよぎる。
その後も私は書斎に本の山ができる程に書物を読み漁った。魔術は失敗続きの私に本当にサーヴァントなんかが喚べるのか?喚べたとしても上手に制御できるのか?深夜0時が近づいていくたびにそんな不安が募っていく。
午後11時30頃。
そろそろだ。私は、書斎にある本のページの間に挟まっていた召喚陣のお手本が示された紙を横目に、書斎の床に召喚陣を描いていた。今こうして召喚陣を描いているけれど、その前にも何度も失敗したので床の周りには、描きかけの召喚陣であるはずが失敗したせいで今ではただの図形と成り果てたものが数個ほど描いてある。
――さて、召喚陣も描けた。あとは詠唱だが…、それも私が覚えられるはず無いのでカンペを作ってある。時計を確認する。私の絶好調まであと3分。そろそろ詠唱を始めても良い頃だろう。
「えーと…」
ゴチャゴチャした書斎のミニテーブルの上に置いたカンペを左手に持ち、触媒とする剣は右手に握って召喚陣に翳す。
いざ、召喚…!!
「楚……に、銀と鉄…、礎に石と契約の大公…。」
いざカンペを読み上げてみるとこれが意外と難しく、ところどころ読めない漢字はなんとなくで読んでいる。
「お、降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で…王国に至る……三叉路?は循環せよ…」
いい感じだ。段々この変な難しい漢字だらけの詠唱にも慣れてきた。
「満たせ。満たせ。満たせ。満たせ。満たせ繰り返すつどに五度。ただ、満たされる時を破却する。」
「誓いを…此処…にっ…!?」
『誓いを此処に』。このフレーズを言った途端。私のきっと数本くらいしかない魔術回路が一気に開かれたような…全身の魔力が吸い取られるようだ。ここからが本番なのだろうか?久し振りに魔力を扱うことをしたせいで身体に一層負荷がかかる。まずい。昨晩は眠っていたものの、日々蓄積されていた不眠は一晩眠るだけでは解消される筈もなく。私の身体はその疲労で今にも倒れそうになっていた。
「我…っは、常世総ての善となる者…」
「…我は常世総ての悪を敷く者…」
なんとか両足で踏ん張って今にも倒れそうな身体を支える。体力のなさから、触媒となる剣を召喚陣に翳す手がプルプルと震えてくる。
「な、汝三大の言霊を纏う、七天…抑止の輪より来たれ…」
次が、最後のフレーズだ。大きく息を吸って気合を入れる。瞳はこれからの孤独を埋める者への期待によって大きく見開き、手は疲れと新たに興奮とが入り混じって震える。
「天秤の護り手よッ!!」
刹那、目が眩むほどの光。こんなうろ覚えの詠唱によって、まさか本当にサーヴァントが召喚に応じてくれたのだろうか?等それどころではない考えを思考に巡らせ、眩んでいて前があまり見えなかった視界が段々ぼんやりと開けてくる。眼の前に居たのは―――。
「フン、随分と雑な召喚陣だな、これは」
急に背後から若干馬鹿にしたような声が聞こえる。
「…はっ!?」
疲労で反応が遅れ、慌てて振り返る。
夢に見た、ゆらゆらと揺れる赤の外套。夢で確かに聴いた声。間違いなく、あの人だった。褐色の肌に綺麗な白髪を持つその男は、なぜか目の前の召喚陣に召喚されず、私の後ろに立っていた。
この短時間で鮮烈な程の印象を残す堂々とした、それでいて強者感を漂わせる佇まい。初めて、目が合う。それだけで私の心臓はドキンと跳ね上がり、冷静では居られなかった。この感情は何と言ったか。
マスターとなった私はどうするのが正解なのか?ひとまず、自分のサーヴァントの名前くらいは把握しておきたい。
「ねえ、貴方の名前は?」
ニコニコとフレンドリーに問いかける。正直既に彼に対する警戒なんて解いてしまっていた。
「名前…か?ふむ、見たところ君は随分未熟なマスターのようだ。ここで私の真名を明かしてしまうと先が思いやられる。」
赤い外套の男は私を冷淡に、品定めでもするかのように見つめながら続ける。
真名とは、剣使い、槍使い、弓使い、騎乗兵、暗殺者、魔法使い、狂戦士の7つのクラスに振り分けられたサーヴァントの真の名前である。通常、サーヴァントは真名が敵に伝わり、自身の英霊になる以前の、生前の死因などがバレて不利になることを防ぐためにクラス名で呼ぶマスターとサーヴァントが多い。実際私もクラス名で呼ぶ事になりそうだ。
「サーヴァントというのは先ず初めに真名を自身のマスターに明かすものだな。…しかし、私は生憎そんな礼儀なんて持ち合わせて居ない。」
聞いたところこの赤いサーヴァントは、私が弱いから何かの気遣いをしてくれたのだろう。だけどそんなに小馬鹿にしたような顔で言われたらちょっと複雑な気分だ。
「じゃあなんて呼べばいいの?」
「私のクラス名…アーチャー、と呼べば良いさ。」
…アーチャー…。成程。彼は弓兵のクラスなのだ。
「さて、名乗られたからには名乗り返すのが礼儀ではないかな。小さなマスター?」
彼は相変わらず私を完全にナメている表情で私の名乗りを要求してくる。別にイラッと来たわけではない…と思う。少し複雑なだけ。
「あ…えと…ベリル。私の名前。」
緊張か何かで言葉に詰まってしまったが名乗る。アーチャーはまた眉を顰める。
「"ベリル"だけか?もっとこう、苗字等は…」
苗字は…ある。けれど、響きが気に入らないという理由から滅多に名乗らない。自分でも名乗っていない理由がつまらなすぎるってことくらいは自覚している。
「ベリル…シルフ。ねえ、シルフ呼びは辞めてよね。響き好きじゃないの」
「そうか…ではベリル、と。」
アーチャーは頷いた。私も続いて頷く。私は思い出した。この感覚はきっと一目惚れだ。私は今召喚した見ず知らずの男に一目惚れをしてしまった。等と考えていたら視界が廻る。長らく魔力を使用する行動なんてしてこなかったが故に、急な魔力の消耗に身体が耐えられていないのだと思う。足がふらつく。時期に立てなくなってしまいそうだ。
「あ、アーチャー……」
少し驚いたような顔を浮かべたあと、また私に何度も見せてきたような顰めっ面に戻る。
「まあ、サーヴァントを召喚した魔術師は余程優秀でない限りきっとほとんどがそうなるだろう。あまり慌てるな。」
アーチャーが手を伸ばしてくる。私の意識は限界に達し、ついにそこで途切れた。
そうして、私の初めての聖杯戦争は何だか慌ただしく幕を上げた。




