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必要なものは

 希望という名の光が差し込んだ今、世界が一層輝いて見える。


 足取り軽く帰宅してからも自然と鼻歌を歌いながら、宿題の数学のワークに取り組む。


 表情をほとんど変えることなく鼻歌を歌う図は傍から見れば少し不気味にちがいないが、そう思われても全く問題はない。




 宿題に出された範囲を終えても鼻歌を続けていると、ノックもなしに自室の扉が開かれた。


 部屋着に着替えた汐璃が中に入るなり「もうすぐ夕飯できるから、ってお母さんが」と用件を告げる。




「わかった。それと、ドアはノックしろ」


「鼻歌歌ってた奴に注意されたくないわね。この前もそうだったけど、最近良いことが続いているのかしら」


「まあ、そんなところかな」


「好きな子に関することだったりして」


「……」




 気にしていないフリをして自室を出る。


 僕の後に続いた汐璃が移動しながら訊ねてきた。




「何も言わないってことは合ってるのね?どんなことか教えなさい」


「汐璃には関係ない」


「あら、つれないわね。可愛い弟の恋を応援している姉に聞かせてくれないの?」


「こういうときだけ弟思いの姉になるな」




 リビングの前に着いてから後ろを向けば、わくわくした様子の汐璃がこちらを見ている。


 誰もが認める大人びた美少女に成長を遂げた汐璃だが、恋愛への興味が強いあたりを見るとしっかりお年頃な少女だ。


 姉を知る人間がこの一面を覗けばギャップがあって良いと思うのだろうが、弟の僕からすれば大変迷惑でしかない。しつこく聞いてくるだけでも疲れるというのに、ほんの些細なことでも弟を(いじ)れる部分を見つけては揶揄ってくるのだ。




「二人とも〜、ご飯できたよー」




 リビングから母さんが僕たちを呼ぶ。


 ナイスタイミングだ。これで汐璃の質問から逃げられる。




「これで終わったと思わないことね」




 つまらなさそうに言った汐璃が黒髪を払い、先にリビングへと入っていく。


 去り際に負け惜しみを残す敵役か、お前は。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





 今田さんに意中の相手がいないと判明し、「友人」から異性として見てもらうべく邁進する決意がより一層強まった。


 一方で考えていたのが、今田さんに対してどうアプローチしていくかということ。


 見た目を今田さんの推し系統に寄せるという作戦は弱かったことがわかった。


 そうなると他で意識してもらえるようにしなくてはいけない。




 授業もそっちのけで考えていたが、これがなかなか難しい。


 正直自分のアピールポイントが顔以外に思いつかないのだ。


 得意分野と呼べるものもあるにはあるが、ここでは絶対に活かせない。長所から探ろうにもこれといったものは見当たらず。


 今田さんへアプローチするために活かせるものがゼロに等しいという、いきなり危機に瀕することになってしまった。




 三限の授業を終えたあとも頭を働かせていると名前を呼ばれた。




「とーうまくんっ」




 淡い金とピンクのグラデーションの髪を揺らし、梅園が僕の席にやって来る。


 彼女は少し腰を曲げ、僕の顔を覗き込むように見つめてきた。スイーツのような甘い香りがふわりと流れる。


 無意識なのかどうなのか、近い。


 


「……何だ?」


「うーん、なんだか杜馬くんが元気なさそうに見えたから。机の上ばっかり見てるし、落ち込んでるのかなあって」




 梅園はきっと善意で言ってくれているのだろう。


 だがこの顔を見て元気がなさそうだと思うものなのか。自分でも表情筋が働かないにも程がある自覚はあるので、少し怪しい。


 それと、いつまで顔を近づけたままでいるんだろう。




「梅園。少し離れてくれないか?」


「……あっ、ごめんねー」




 一瞬驚いたように目をぱちりと瞬かせ、梅園が元の距離に戻る。




「気遣ってくれてありがとう。さっきは少し考えごとをしていただけだから、落ち込んではいない」


「そう?何かあったならいつでも言ってね。もう友達なんだし」


「そうなのか?」


「えっ」




 今度ははっきりと驚いたように目を見開く梅園。


 彼女の中で自分が友達になっていたことが意外なあまり声に出していた。




「……昊良ちゃんと三人で初めて喋ったとき仲良くしたいって言ったと思うんだけど、そっか。友達って思われてなかったんだぁ……」




 梅園の目線が下がっていく。


 ……傷つけてしまったのか?




「すまない梅園。見ての通り僕は無愛想だから、そういう意味で仲良くしたいと思ってもらえるとは思わなかったんだ」




 この顔のせいで思っていることとは別のほうに捉えられたり、初めから決めつけられたりといったことは少なくなかった。


 すかしていて気に食わない。生きている人形みたいで気味が悪い。中学の頃、面と向かってそう言われたこともあったな。


 


 梅園に友達だと思われていたことを素直に信じられなかったのも、あの頃の記憶が及ぼす影響なのだろう。




「梅園にそう思ってもらえていたと知ることができて嬉しい。ありがとう」




 紛れもない本心を口にすると、梅園はパッと顔を上げた。


 そこには先ほどと変わらない笑みが浮かんでいる。




「––––そうなんだ、びっくりした〜。自分で言うのもなんだけど、わりと誰とでも仲良くなれるほうだと思ってたから」


「怒ってはいないのか?」


「そんなことで怒らないよ!っていうか、わたしのこそごめんね?気にしてたこと言わせちゃって」




 梅園の懐の広さに感嘆するとともに、誤解を与えたままにならず済んだことにホッと胸を撫で下ろす。


 表情が動かない分、言葉で考えや感情を伝えることを増やしたほうがいいかもしれない。




 そこで唐突に閃くものがあった。


 今田さんへのアプローチで活かせそうなもの。僕自身に足りないものを補うためにも必要であること。




 ––––自分に活かせる箇所がなければ、作ればいいんだ。




「じゃあさ!これからは友達だってわかりやすくするために、連絡先––––」




 思考中に梅園が何か言いかけるのが聞こえたときにチャイムが鳴る。それぞれの席へ戻ろうとしているクラスメイトに混じって、梅園も小さく手を振り離れていった。


 授業が始まってからも先ほど思いついたアプローチ案の中身を詰めることで忙しく、教師の板書スピードに遅れをとりそうになる。


 焦りは微塵も感じていなかった。






 若宮杜馬は気がつかなかった。

 彼女に見つめられた誰もが虜になるであろう瞳が、星のない夜のごとき静けさと微かな冷気を孕み、先ほど会話を交わした自分をひっそりと見つめていることに。

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