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プロローグ

 扉の先へ足を踏み入れた途端、教室内がざわめき始める。




「いつ見ても美人すぎん?芸術品?」


「もう、The・美少年だよね〜。クールだけど儚げっていうか」


「俺、いまだに女子に見えるときあるんだけど……」


「わかるわー……。脳がバグる」




 昨日も似たようなコソコソ話をしていて飽きないのだろうか。


 そんなことを思いつつ席に着いた直後、教室の扉が開く音と先ほどより増えた声が聞こえた。


 特に気にせず朝読書用の小説を開き一行読んだところで、人の気配。


 視線を上げると女子生徒が二人、席の前に立っている。




「おはようっ、若宮くん」




 ふっくらとして(つや)のある唇を開き、ひとりが話しかけてくる。


 左側で小さく団子状に結んだふわふわと波打つ髪は、背中の真ん中あたりまで淡い金色、そこから腰まで伸びた毛先はピンクと少々派手だ。学校指定のベージュ色のカーディガンから押し出んばかりの膨らみに対し、服の上からでもわかるほど腰はしっかり締まっている。


 どうりで男子の視線を感じるわけだ。




 首を少し傾け、声同様に砂糖菓子のような甘い香りを放つ彼女は梅園恋々菜(うめぞのここな)


 先日の入学式で、式典後のLHRに自己紹介の時間があったので記憶している。




「おはよう。若宮くんっていうのか。一目見て気になっていたんだよ、君のこと」




 もうひとりが腰に手を当て、キリッとした顔立ちに笑みを浮かべる。


 隣の彼女より10cm以上はあろう高身長に、後ろを刈り上げ前髪を分けたヘアスタイルという出で立ちはとても爽やかな印象だ。紺ブレザーのボタンは全て外し青ネクタイも緩めとだらしなく見えるはずの着こなしも、彼女だと完璧に見える。


 切れ長の瞳も涼しげで、下に履いているのがスカートではなくズボンであれば、高確率で男子に間違われるにちがいない。




 どこを切り取ってもイケメンにしか見えない彼女とは別クラスなので、名前は知らなかった。




「改めて自己紹介したほうがいいよね?梅園恋々菜って言いまーす。よろしくねっ」


「私は和泉昊良(いずみそら)。二人とも、よろしく」


「和泉さんっていうんだ〜。見た目も名前もすっごくかっこいい!」


「ありがとう。梅園さんこそ、見た目だけじゃなく名前も可愛らしいんだね」




 お互いのことを褒め合う梅園と、和泉というイケメン女子。


 キラキラと(まばゆ)いオーラを放つ二人は、揃って僕のほうを向いた。


 何かを待っている様子に、こちらも流れに乗るべきだと判断する。




「僕は若宮杜馬(わかみやとうま)。よろしく」


「ね、杜馬くんって呼んでもいい?そのほうが早く仲良くなれるかなって」


「私もそうさせてもらいたいな。君さえよければ」


「ああ、構わない」




 頷きながら心の中でため息をひとつ。


 本当はあの人から一番に下の名前で呼ばれたかった。


 だが断ってしまっては、初めての会話にも関わらず親しげに接してくれた二人に悪い。仏頂面にしか見えない僕の顔に真正面から向き合い、それでもなおにこやかな表情を変えないのだから。




「やった!じゃあわたしのことも好きに呼んで?和泉さんも」


「私も好きに呼んでくれて構わないよ、恋々菜」


「うんっ、昊良ちゃん!」




 花のように笑う梅園と、ほのかに口角を上げる和泉。


 笑い方が異なる二人が放つ輝きは凄まじく、ここだけが別空間のようだ。




「あそこだけめっちゃ光ってない?目ぇチカチカする……」


「美の暴力じゃん……やば、こっちが消されそう」


「三人ともレベルたっか」




 聞こえた「三人」という言葉に周囲にさっと視線を巡らせれば、ほとんどのクラスメイトがこちらを見ている。


 その中でひとり、目が合った女子は一瞬で顔を赤くし、横の友人らしき女子に小さい声で何やら伝えていた。


 入学式当日も同じような反応を示した女子がいたな。




 中学の頃はある理由から目立たないようにと、目につくくらい前髪を伸ばし伊達眼鏡をかけていた。いろいろと悩んだ結果その姿にしていたのだが、悩みがすぐに消えてくれるわけでもなく。


 高校入学を機にイメチェン、などという気合の入ったことをする気もなかった。




 あの人への気持ちを自覚するまで。




「おはよう〜」


「おはよー琴心」




 聞きなじみのある声が親しいらしい生徒と挨拶を交わす声が聞こえ、そちらを向く。


 廊下側の一列目、前から三番目の席に彼女が座るのを見て腰を上げた。




「杜馬くん?」


「まだ話の途中だけど、どこへ?」


「すまない。話はまた」




 今まで話していた梅園と和泉に断りを入れ、真っ直ぐにその席へ向かう。僕の席は窓側の一列目、彼女の席は廊下側の一列目なので距離がある。


 黒髪を下でひとつに結んだ彼女は鞄から教科書やノートなどを取り出していた。席の前に立つと、眼鏡の奥の瞳がこちらを向く。


 そばかすのある薄めの顔立ちに柔らかい笑みが浮かんだ。




「おはよう、若宮くん」


「おはよう、今田さん」




 ––––好きだ。




 向かい合っただけで気持ちが口をついて出そうになり、閉じた唇に力を入れる。


 感情が顔に出にくいほうであったことに心から安堵した。




 話すたびに僕がこうなってしまう彼女は今田琴心(いまだことみ)。僕と同じ中学出身で、中学二年のときに同じクラスになり今では良き友人だ。


 いや、()()と言うべきか。




「若宮くん、さっそくすごい人たちに声かけられてたね」


「梅園さんと和泉さんのことか。すごい、とは」


「可愛いとかっこいいのちがうタイプの美少女だから。どっちもラブコメに出てきそうだし」


「ラブコメ……。ああ、最近ハマってると言っていたジャンルか」


「そうそう。ほら、これとか」




 机に出していた一冊の本をこちらに向けてくる今田さん。


 その表紙にはこちらを上目遣いに見る可愛らしい少女二人の絵が描かれている。


 タイトルは『幼なじみに振られた俺、美少女双子に急接近される』……本屋のライトノベルコーナーに行くとこういった長いものが並んでいるから、一瞬どれも同じ本に見えるんだよな。




「最近買ったんだけど、すごく面白いんだよね〜。序盤は主人公が幼なじみにわりとひどい経緯で振られちゃうんだけど、タイプのちがう可愛い双子からアプローチされまくってて……」




 ––––可愛い。




 楽しそうに好きな本のことを話す今田さんを見ているだけで、気持ちが溢れ出そうになる。


 再び彼女と同じ学校、同じクラスになれた喜びを改めて噛み締めるのだった。

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