転:数字の痩せ方、周波数の上げ方
翌週の朝。
空はうす曇りで、照り返しは前回ほどきつくない。駅前広場のタイルはまだ乾いているが、湿気は濃い。モニュメント時計は「KUMAGAYA/31.4℃ 62%」。今日は保守会社の技術者と市の担当が立ち会うことになっていた。◯◯中の写真部は三人だけ。理科の先生が引率でついてきた。
「おはようございます。表示盤の駆動周波数、今日は段階的に上げてみます」
「ありがとうございます。事前の計画書、受け取りました。観測は五分以内×数回で回します」
桂一は観測記録シート(転版)を配り、子どもたちに担当の欄を割り振った。相沢は名刺サイズのカードを来場者向けに用意し、成瀬はL判プリント用の台紙をベンチに配置する。
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試験タイムライン(A4・当日配布)
9:00 事前計測(現在設定):写真A/動画C
9:20 周波数Step1(約1kHz):A/B/C
9:40 周波数Step2(約3kHz):A/B/C
10:00 周波数Step3(約5kHz):A/B/C
備考:各回5分以内/通行優先/人物は写さない
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「では、事前計測からいきます。今日は**“8が細くなる現象”**も狙って撮る」
「“8が痩せる”やつですね」
部長がうなずく。前回の帰り道、彼らは掲示板でその言い方を流行らせたらしい。
「同じ角度・同じ距離で、1/500 → 1/1000 → 1/2000 → 1/4000と順に落としていこう。Exifは残す。**動画(60fps)**も並行で回す」
ファン、という音。子どもたちが互いに影の位置を調整して、構図を固定する。
カシャン。
1/500では軽い縞、1/1000で上半分が薄い、1/2000で「8が細い」。数字の上下の棒がかすれ、輪郭が頼りない。動画のスローを見ると、各桁が順番に光っているのがよくわかる。
「この桁ごとの交代が“走査”。保持時間が短い機種だと、速いシャッターで“光ってない瞬間”をつかみやすい。だから8みたいに棒が多い数字で痩せが目立つ」
「“棒が多い数字が弱い”って、ちょっと弱点みたいで面白い」
「面白いけど、意地悪をしたいわけじゃない。写せるほうに合わせる手もある」
技術者が頷いた。「現在は約600Hz相当です。ではStep1、約1kHzに上げます」
制御盤の小さなダイヤルが回る。時計の数字は見た目変わらないが、スマホの画面に現れる縞のピッチが少し変わった。
「A(自動)→欠け、B(1/30)→回復、C(動画)→安定。前回と似た傾向。ただ、縞の流れ方がゆっくりになった」
「1kHzだと、被写体側はまだ余裕があるってことね」
相沢が子どもたちのシートにマーカーで印を付けた。
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追加観測欄(A4・桁形状チェック)
対象:数字「8」/シャッター:1/500/1/1000/1/2000/1/4000
観察:棒の欠け/輪郭の細り/上部・下部の偏り
所感:________________________
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「次、**Step2(約3kHz)**に上げます」
ピッ、と電子音。
同じ構図、同じ距離。
1/1000でさっきまでの欠けがぐっと減る。1/2000でも痩せが目立ちにくい。動画のスローでは、縦の帯が細く、流れが滑らかに。
「空振りに当たる確率が下がったのが見て取れる。3kHzだと、多くのスマホでは写真でも復活しやすい」
「“痩せ”の証拠、見比べできるように台紙を作ろう」
成瀬がプリントを二枚並べ、下にExifと周波数を打ち込む。部長は観察コメントを書き添えた。「1/2000でも棒が残る」「縞は弱い」
通りかかった親子が、掲示の草案を指差している。
「ここに1/30って書いてあるから、夜景モードで撮ってみようか」
母親が設定を変えると、数字がふっと現れた。子どもが肩を小さく跳ねさせる。
相沢は名刺カードをそっと手渡した。余計な説明はせず、指さし一つで足りるように。
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一言ガイド(名刺・来場者向け)
・数字が欠けるときは「夜景/ナイト」
・動画30/60fps→静止画切り出し
・人は入れない/通路を空ける
・熱中症に気をつけて、無理しない
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「**Step3(約5kHz)**に上げます」
技術者が最後の調整を終える。
再度、A/B/C。
1/1000で欠けはほぼ目立たず、1/2000でも許容範囲。1/4000では一部の機種で薄さが出るが、動画切り出しならきれいに残る。
「5kHz、かなり良いね。昼の自動で欠けがだいぶ減る」
「バッテリー負荷や発熱との相談になるが、日中プロファイルだけ周波数を上げる運用なら、現実的です」
技術者がメモに書き込み、市の担当が運用試案を確認する。
理科の先生が子どもたちに問いを投げた。「周波数が上がると、なぜ写りやすくなる?」
部長が考えながら答える。「点灯している割合が増えて、カメラの読み取りとズレにくいから」
「正解。言い方をもう一つ。“消えている時間”が短くなるから、空振りに当たりにくい」
桂一はホワイトボードの小型版に三行を書き、写真に収めて記事の図版用にした。
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サマリー(A4・図版ラフ)
・周波数↑ → 消灯時間↓ → 空振り確率↓
・写真:遅いシャッターで回避/動画:切り出しが強い
・設備:日中プロファイルで周波数↑/夜間は従来でも可
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十時を回ると、タイルの上にゆらめきが見えてきた。空の白さは変わらないが、地表が熱を吐き始めている。
同じ構図で、人の輪郭がわずかにゆるむ。
部員の一人が自分の指先を画面に重ねてみて、顔を上げた。
「今日はコップ越しは弱いけど、ふちがふにゃってなるのは分かる」
「そう。陽炎は天気と時間帯で顔が違う。
数字の欠けは機械の設定、輪郭のゆるみは空気の層。別の要因だけど、同じ写真に同時に乗ることがある。そこが“心霊”に見えるポイントだ」
「同時、か……」
「だから、一枚だけじゃ判断しない。条件を変えた三枚を並べる。A→B→Cだ」
子どもたちは転用版のシートに、それぞれの三枚を小さく貼った。文字は丁寧。汗で滲まないよう、ペン先を軽くする。
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三枚セット貼付(A4・転版)
A:自動(1/1000周辺)→所見:____
B:1/30〜1/60 → 所見:____
C:動画→静止画 → 所見:____
補足:周波数(600Hz/1kHz/3kHz/5kHz)
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そこへ、スマホを掲げた高校生たちが三人、笑いながら近づいてきた。
「今日バズるって聞いて来た。昼の心霊、ここっしょ」
からかい半分、好奇心半分。
相沢が一歩出て、余計な言葉を挟まずに名刺カードを渡す。高校生は読み、素直に「試してみるわ」と並んだ。
結果は——A:うっすら欠け/B:復活/C:安定。
「ほんとだ、写るじゃん」
「設定次第で変わるのは面白いだろ。もし“変わらない”のがあったら、それはそれで貴重だ。そのときは、また相談して」
彼らは頷き、「文化祭に三枚並べて出す」と言い残して去っていった。言い争いはいらなかった。体験が一番早い。
昼前。
技術者が制御盤の蓋を閉じる。「本日の試験は成功です。3kHz以上での運用を基準に、夏季日中のみ設定を切り替える案を持ち帰ります」
「こちらからも試験ログを送ります。紙と同じ内容をPDFにして」
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周波数変更試験ログ(A4・送付用)
現場:熊谷駅前/天候:薄曇〜晴/気温31→34℃
機材:表示盤○型(管理番号***)
Step0(600Hz):A欠け/B回復/C安定/1/2000で“8細り”顕著
Step1(1kHz):A欠け弱化/縞ピッチ変化
Step2(3kHz):Aほぼ正常/1/2000も良好
Step3(5kHz):A安定傾向/1/4000で一部薄さ/動画は良
添付:三枚セット×8組/桁形状比較×4組
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技術者は深く礼をして、機材箱を抱えて去っていった。市の担当も「掲示の本設、来週に」と約束する。
広場の時計は静かに刻み続ける。
子どもたちは最後の数行をシートに足し、クリップで束ねた。理科の先生が「観察→結論の順番でまとめなさい」と声をかける。部長は「推測は別の欄に」と書き足した。
撤収の前、桂一は短くミニ講義をした。
「心霊写真って言葉は便利で、怖さを一言で運んでくる。けど、その一言の裏には現象→結果の階段がある。仕組みが分かる怖さは、学べる。仕組みが分からない怖さは、残しておいていい。
俺は後者も否定しない。ただ、前者は誰でも試せる手順にしておく。今日みたいに」
「“残しておいていい”って、ちょっと救いですね」
「全部を白黒にはしない。グレーの場所が思考を広げる」
相沢が時計を見た。「限界。昼の暑さが戻ってくる。撤収しよう」
全員で軽くゴミを拾い、掲示の仮留めを外す。ベンチの下の忘れ物も確認して、駅へ向かった。
◇
午後、事務所。
エアコンが効いた部屋で、紙の束は乾き、角がまっすぐに戻る。ホワイトボードには新しい三行。
——600Hz:欠け強/“8痩せ”顕著
——3kHz:写真復活/縞弱
——5kHz:動画最強/写真は1/4000で薄さ
「速報を先に出して、夜に本稿で詳細だね」
相沢が写真の並び順を提案し、成瀬が図版を整理する。
「用語はできるだけ短く。PWM=高速点滅、走査=桁交代、ローリングシャッター=順番読み。比喩はコップ越しだけにする。他は手順で押す」
「了解。紙ツールは三つだけ挿し込む。三枚セット貼付/試験ログ/一言ガイド。掲示は別枠」
本文の最後に、桂一は違う言い方で、一つだけ信条を書いた。
「説明できる怪は、段取りに落とす。説明の外に残る怪は、否定せず棚に置いておく。棚は高く、でも手が届く位置に」
送信。
受信箱が青く光る。市から「本設掲示の校了」、学校から「文化祭の展示許可」、保守会社から「運用切替の試験日程」。
机の上で、L判が乾いていく。数字はしっかり写っている。“8の細り”は比較台紙で見比べに変わった。
外は午後の陽射し。窓辺を、熱の揺らぎがかすかに撫でる。
「次は結。掲示の本設と、文化祭だね」
「それと、夜の撮影で**“何も起きない”の価値**も、もう一度書いておこう」
「“起きない”をちゃんと残すの、好きです」
桂一は笑った。
噂は、もう前ほど尖っていない。尖りの先は、手順と紙で丸くなった。
それでも丸の真ん中は、少しだけ空いている。そこは埋めない。
空きがあるから、人はときどき想像を持ち上げられる。
想像があるから、明日もまた観察ができる。
夏の数字は、今日も刻む。
そして三枚は、明日も、増える。




