表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/36

第一章(五)

 

 バタンとドアの閉まる音と同時に、ずるずるとサイドボードに寄り掛かりながら崩れると、時が止まってしまったかのように晃一の出て行ったドアを見つめた。

「晃一・・・ 」

呟くと同時に喉の渇きを覚えた。唇もすっかり渇ききっていた。

それに、自分の息遣いさえ聴こえてこない。

 確かに晃一の言うように、秀也に亮の面影を追っていたのは事実だったかもしれない。

亮が亡くなって半年も経たない内に、まるで生まれ変わりのように出逢ってしまった秀也に、司は自分の「生」を感じ求めたのだ。

亮ではないと解っていても、時折見せる仕草、表情、司に対する応え、それらにどこかしら亮の影を感じていた。

 しかし、亮と過ごしたイギリスへ行く事により、秀也は秀也でしかないという事に気付いてしまったのだ。

 実際にイギリスでは、亮が過ごしていたアパートの部屋で過ごし、亮の通っていた道を歩き、同じキャンパスで学び、同じ目的を達成した。そこで司は常に亮を想っていたし、感じてもいた。それが、日本に戻って再び秀也と再会した時、やはりそこに亮はいなかったという事を実感してしまったのだ。抱き締められた時、秀也は秀也でしかなかった。亮はどこにもいなかった。

 それ故、秀也に亮を重ねていた事に戸惑い、自分のおろかさを思い知ると、何となく秀也に引け目を感じてしまったのかもしれない。どうしようもなく自分自身が情けなくなってしまった。それが、もしかしたら他のメンバーへの態度にも表れていたのかもしれなかった。

 ジュリエットというバンドを作り、サポートしてくれていたのは亮だった。だからか、そのバンドにも亮を求めていたのかもしれない。

デビューしてしばらく経ち、ふと立ち止まった時、やはりそこにも亮はいなかった。

あれから5年経つというのに、今もなお、亮を求め続けている自分がそこに居る事に気付いてしまったのだ。

それはまるで、呪縛のように司にし掛かって来ていた。

晃一に言われた時、氷のやいばを当てられたようにズキっと胸が痛んだ。



 しばらく、放心状態のまま座り込んでいた司の前に突然、人影が現れた。

「司?」

ハッと気が付くと、心配そうにメンバーの一条紀伊也が司を覗き込んでいる。

「どうした?」

「何でもない」

顔を背け、立ち上がろうとして両手を床に付いた瞬間、心臓に違和感を覚えた。


 ドクっ ドクっ ・ ・ ・


波打つ音がいつもより大きい。

「何か用?」

鼓動が早くなって行くのを抑えるように訊く。

「Rが交渉している件で、上杉さんから連絡あって」

少し垂れた切れ長の目の奥に鋭い光りを放っていたが、司から漏れる息遣いに再び心配そうな視線を向けた。

「大丈夫か?」

「続けろ」

紀伊也の心配をよそに、顔をそむけたまま言い放ったが、突然胸が締め付けられるように痛み出す。


 っくーっ ・・・


とうとう堪えきれずに胸を鷲掴みにすると、奥歯を噛み締めながらその痛みをこらえた。

「発作・・・? 司、胸が痛むのかっ!?」

紀伊也は目を見張ると司の両肩を掴んだ。

日本を離れてから2年程、久しく起きていなかった持病の発作が起きていた。


 はぁっ はぁっ ・・・ っくーーっ ・・・


締め付けられる胸にとうとう崩れるように倒れてしまった。体をくの字に曲げ、苦痛に歪む顔に紀伊也は慌てて上着の内ポケットから電話を取り出した。


 !?


しかし、瞬間その電話は弾き飛ばされた。

「司っ!?」

「言うなっ。 ・・自分で何とかするっ」

僅かに開いた目で紀伊也を睨み付けた。

「でも」

「いいから放っといてくれっ、 はぁっ はぁっ ・・・ 」

司に命令されて圧倒された紀伊也は仕方なく一つ溜息をつくと、左胸を鷲掴みにしている司の右手に自分の右手を重ねた。

 しばらく気を送っていた紀伊也は、司の息遣いが静かに治まったのを確認すると、立ち上がって台所へ行き、水を一杯持って戻って来た。

倒れていた司の体をゆっくり起こすとそれを飲ませた。

「ふぅー ・・・ 悪かったな」

生き返ったように安堵の息を吐くと、目を開けて苦笑したように紀伊也を見上げた。

「大丈夫か?」

紀伊也は半分苦笑するように微笑むと、グラスを司に渡し、落ちていた携帯電話を拾った。

司は受け取った残りの水を一気に飲み干すと天井を見上げ、一つ溜息をつくように大きな息を吐いた。

「司、上杉さんが」

「ごめん、明日にしてくれないか。今日はもう指令の事は考えたくない。疲れた」

再び言いかけた紀伊也を遮ると、司にしては珍しく申し訳なさそうな視線を床に落とした。

「わかった。話は明日にする。けど、気をつけてくれ」

一瞬考えた紀伊也だったが、司のその瞳に何も言えなくなると、そう言い残して部屋を出て行った。



第一章(終)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ