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第一章(四の2)


「お前はそれでいいの?」

「何が?」

「司はそれで良かったのか? 秀也にそんな事させといたままでいいのか? あいつはまだ時々その女と会ってるんだぜ」

「知ってるよ、それくらい。 でもオレが一々口出しする事じゃない。決めるのは秀也だ。それに、今はここに居てくれる。それで充分だ」

「そんな事を言ってるんじゃない。お前は今もこれからもずっと秀也に遠慮して付き合っていくのかって訊いてるんだ」

「何言ってんの?」

「お前が秀也に亮さんの面影追ってるって事だよ」

とうとうこらえきれずに口に出してしまった。

「え?」

一瞬の沈黙が司と晃一の間に微妙な影を落とした。

「最初からそうだった。こうなる事は俺だって解ってた。やっぱりお前を秀也に会わせるんじゃなかった」

目の前の灰皿にぎゅっとタバコを押し付けると、晃一は両手で顔を覆った。

「似てたんだよ。最初に秀也見た時からそう思ってた。亮さんが死んでからは尚更だ。俺だってたまに錯覚起こしそうになったくらいだ。 優しいんだよ、秀也は。 だからお前があの時自殺しそうなくらい落ち込んでた時、秀也に会わせたら少しは立ち直ってくれるかって。 ・ ・ ・ 解ってたんだ、お前が秀也に亮さんを重ねる事」

一瞬の沈黙が1時間以上、いやそれ以上に感じる。

 

 司はごくんと生つばを呑み込んだ。

「晃一、何言ってんの?」

震えかけた司の唇が少しずつ渇いて行く。

徐々に蒼褪めていく顔が少しこわばった瞬間、司は晃一から顔を背けると、テーブルの上の灰皿にタバコを落とした。

落としたというよりは、指から滑り落ちてしまったと言った方が合っているかもしれない。

白い煙だけが、クリスタルガラスで出来た灰皿からゆっくりと立ち上って行く。

しばらく二人はゆらゆらと立ち昇って行く白い煙を見ていた。


「司」

「何、言ってんの?」

もう一度煙を見たまま呟くように言うと、部屋の中を彷徨うように視線を動かす。

ふと、サイドボードの上の亮と目が合った。

「秀也に兄ちゃんを重ねてるって?」

そして、晃一に顔を向けると、感情のない笑みを浮かべた。

「何、ばかな事言ってんの?」

無理に笑い飛ばそうとして、頬が引きつるのが分かる。

晃一に心の動揺を見透かされそうな気がして慌てて視線を外すと、立ち上がってサイドボードの前まで歩いた。


 秀也に兄ちゃんを重ねるって?


もう一度、今度は声を出さずに呟いた。


「司」

「 ・・・ってくれないか」

「 え? 」

ふと不安になって司の後を追おうと立ち上がったが、その足が動かなかった。

細く尖った肩が震えているように見えた。

「帰ってくれないか」

司の搾り出すような声がわずかに震えているのが分かる。だらりと下げた両腕に力が入り、拳を握り締めている。

「ごめん、でも」

「帰れっ」

言いかけた晃一に瞬間振り向くと叫んでいた。

思い出してしまった傷ついた深い哀しみをその琥珀色の瞳に見た時、晃一は何も言えなくなってしまった。

 亮が亡くなってから司を初めて見た時、そこには司が居なかった。

司の肉体はそこにあったが、その魂がなかった。

声を掛けた所で、振り向きもしないだろう。まるで司の魂が、いなくなった亮を当てもなく探しに行ってしまったかのようだったのだ。

そして、秀也に出逢った事で、その司の魂が戻って来たのだが、それはまるで、当てもなく彷徨い続けた砂漠の中でようやく見つけた湧き水のほとりに立っているかのようだった。

しかし、司の目に映った秀也は一体誰だったのだろう。

晃一には最初から分かっていた。

だからもうこれ以上は苦しめたくなかった。

その瞳の色に哀しみを見たくはなかった。


「放っておいてくれ。今お前が言った事は全部忘れてやる。だからもう、今日は帰ってくれ」

やり切れなさそうに言う司に思わず歩み寄っていた。

「放っておけるわけないだろ、だって・・・ 」

「それ以上言うなっ。 解ってる、解ってるよ、それくらい。 秀也が兄ちゃんじゃない事くらい。 兄ちゃんは5年前に死んだん・・だから。 会いたくても会えない事くらい・・・解ってる。 だから ・・・っ 」

その瞬間ギュッと唇を噛み締め目を閉じて俯いた司の頭を、晃一は自分の胸に押し当てていた。

小刻みに震える頭が、自分の胸の鼓動に響いていく。

声を押し殺して泣く司を見たのは初めてだ。亮の葬儀でもその姿を見る事はなかった。

「晃一、もう何も言うな、頼むから」

少し涙で曇った声が聴こえた。

「ごめん、ごめんな司。でも俺、お前を放っておく事なんて出来ねぇよ。 秀也と何があったかは知らねぇが、心配なんだ。 少しは俺の事も頼りにさせてくれよ。このままじゃお前に秀也を会わせた事を後悔しちまう。 一人で苦しむな」

思い切って言うと、晃一は一度だけ司を抱き締め、そっと離すと両肩をポンポンと軽く叩いた。

「じゃあ、な」

俯いたまま両手を握り締めて立っている司を見下ろすと背を向けた。

居間を出る時、もう一度司に振り向いた。

「お前を秀也に渡すんじゃなかった」

そう呟くとドアを閉めた。


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