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第一章(三)


「なぁ、司は秀也とこういうとこには来た事ねぇの?」


晃一がよく行くという海岸近くの食堂で昼食を済ませ、店内を見渡しながらタバコを吸っていると、ビールを飲みながら晃一が司に訊いた。

周りのテーブルでは他のスタッフが食事をしていた。

「ないなぁ。 あれ以来海に行った事ないもん、二人で」

ふぅと天井に向かって煙を吐くと興味なさそうに答えた。

「晃一はどうなのよ。彼女とか連れて来んの? あ、ごめっ」

「イヤミかっ」

晃一はフンっと鼻を鳴らすとテーブルの上の箱に手を伸ばし、タバコを一本抜くと司を睨みながら火を点けて、勢いよく煙を吐いた。


「くっくっ・・、お前もアソびすぎだから嫌われるんだよ。節操なし」

「うるへぇー、これでも寄って来る女はいくらでもいんだぜ」

「そりゃ、甘い蜜には誰でも寄りたがるもんさ。その後がいけねぇよ」

「お前に言われたくねぇよ。だいたいお前が悪いんだろが。女たぶらかしてその後始末は誰がやってやったと思ってんだよ。てめェのお陰で俺は生キズが絶えなかったんだ」


チッと舌打ちするとタバコを吸って司目掛けて煙を放った。

「はは、まぁそんな事もあったなぁ。時効時効」

思い出して笑ったが、ふと窓の外に目をやると黙ってしまった。

 サーフボードを抱えた男の傍に、髪の長い女が寄り添うように歩きながら二人共に楽しげに笑っていたのが見えた」。

どこにでもいるカップルだったが、思わず目で追ってしまった。

もう片方の腕が彼女の肩に廻ると、彼女は嬉しそうに両手を後ろに組んだ。

不意に何かに締め付けられるように目をそらすと、タバコを吸って何かを誤魔化すように煙を窓に吹き付けた。

そんな司の目を晃一は横目で見ていた。


「あーあ、眠くなってきちゃった。今日は何時に帰れんのかなぁ」


司はボヤきながら椅子の背にもたれると大きなあくびを一つした。

「本当ならもう帰れる筈なのになぁ ・・・ ん?」

晃一も大きな溜息をついたが、電話が鳴っている事に気付いて、隣の椅子に置いたセカンドバッグから携帯電話を取り出した。

「秀也からだ」

そう言って電話に出たが、「ちょっと待って」と言うと、電話を司の前に差し出す。

「あん?」

「お前にって」

「そ」

何の表情も変えずに電話を受け取ると窓の外に目をやる。

「もしもし ・・・、ああ ごめん。何だか夕方までかかるらしいからムリ。 ・・・ そうだなぁ、多分ダメだなぁ。アレンジもやんなきゃなんないし。 ごめーん、せっかくのオフなのになぁ、 ・・・ 悪いな ・・うん、じゃ」

一つ溜息をついて電話を切ると晃一に返した。

「デートの約束?」

「あー? ああ、ゆうメシ一緒に食べよーって、言ってたんだけど、遅くなりそうだから」

「何でぇ、遅くなったっていいだろ、別に」

「可哀相だよ。今だってアイツ、友達と海行ってんだから。 それに、ホントは今日、大学ん時の連れの同窓会なんだって言ってた」

「いいの? お前」

「いいよ、オレは別に。それに、オレだってやる事あるし。 とにかくコレさっさと終わらせてーよ」

うんざりして店内のスタッフを顎で指す。

「だな」

晃一もいささかうんざりすると、無言で電話をバッグにしまった。


「次、何時からぁ?」

やる気のない司の声にチャーリーは苦笑するが仕方がない。他のスタッフに訊くと、「3時から」と答えた。

「あと2時間半、 ・・・、 寝るか」

司と晃一は顔を見合わせると、とある建物を見上げた。

「チャーリー、2時間経ったら晃一んとこ電話して」

言いながら助手席のドアを開けると、既に晃一はドアを閉めてキーを差し込み、エンジンを掛けていた。

「何処行くの?」

「あそこで寝てくる」

顎で車の後方の建物を指してドアを閉めると、車が走り出した。

チャーリーは呆然と建物の看板と、走り去って行く車を見つめたままその場に立ち尽くしてしまった。

「あれ? あの二人、どこ行ったんすか?」

宮内がチャーリーに走り寄ると、「あそこ」と、建物を指し、宮内がそれを辿って行くと、すっとんきょうな声を出した。

「ラブホっ!?」


 ******


「おい、起きろ、時間だ」


 う~ん・・・


肩を揺さぶられ、重たい瞼を無理矢理こじ開けると、目をこすって伸びをする。

「もう時間~?」

大きなあくびを一つすると、司は起き上がる事が出来ず体を反転させると、起き上がって髪をくしゃくしゃとむしっている晃一を見上げた。

「ああっ、くそっ、かったりィなぁ」

晃一は大きなあくびをすると、ベッド脇に置いてあったタバコに手を伸ばして一本抜くと火を点けた。

「こらっ、寝るなっ」

足で司の脇腹を突っつく。

「ふわぁ、しゃーねー、起きるか」

仕方なく体を起こすが、異常に頭が重く体がだるい。もう一眠りしたらきっと朝まで起きそうにない。

髪を掻き毟ったがどうしようもなく、頭を左右に振った。


 お?


思わず視線が止まると、目をこらした。

「シャワー、浴びようっと」

寝起きの目覚ましはシャワーに限る。

それに、髪は砂だらけで先程の汗も流していない。おまけに潮風で肌はベトベトだ。


 え?


スタスタとシャワールーム目指して歩いて行く司に、晃一はタバコを銜えたまま釘付けになった。

見れば、そのバスルームはガラス張りだ。

シャツのボタンを外し、脱ぎ捨てた司に思わず背を向けた。

「 ったく、ばかが。 何考えてんだよっ」

司の裸を見るのは何も今日が初めてではない。狭いライブハウスの楽屋では当り前のようにごく普通に着替えていた。しかも興奮した後ではそのまま司が抱きついて来たりもした。互いの裸は見慣れている筈だった。

 が、シャワーから勢いよく出る音、司の体に跳ね返り床に落ちる音、これらが妙に自分の中で浮いているような気がして振り向く事が出来なかった。


 キュっ キュっ


5分ほどでその音も止んだが、その5分が異常な時の流れのように感じていた。

「あー、さっぱりした。晃一も浴びてくれば?」

「ん・・、 あ、ああ」

曖昧な返事をすると、2本目のタバコの灰を落す。


 カチっ


背後でライターの音がし、違う煙の匂いがする。

安心したように振り向くと、ジーンズをはき、上半身裸のままバスタオルだけを肩にかけた司が、タバコを口に銜えたままタオルの端で髪を拭きながら立っていた。

髪を左右に振って手櫛でかす。


 ん?


晃一の視線に気が付いてタバコを口から外すと煙を吐いた。

「何でもね。 俺も浴びてくるわ」

煙を吐きながら晃一はタバコを灰皿に押し付けると、妙な意識をしていた自分に苦笑して立ち上がった。


 ザー・・・


顔面にシャワーを思い切り浴びせると、頭の上からも浴びて全身の潮を洗い流す。

ふと気になって振り向くと、ガラス越しに、ベッドでうつ伏せに寝転がりながら足をぶらつかせている司と目が合った。


 あ・・・


別に驚いた様子もなく表情一つ変えずに軽く手を振られ、どうしたもんかとそのまま無視してシャワーを浴び続けた。


「晃一ってさ、意外と足長いんだな」

「あん? ・・、意外とは余計だろ。 っつうか見んなよ」

「何で?」

「何でって、・・・あのな」

呆れて返す言葉もない。

バサっと司の頭の上にバスタオルを落すと部屋を見渡した。

薄暗い部屋の中は妙に冷めた空気を感じる。ラブホテル独特の匂いを嗅いだ気がして思わずチッと舌打ちした。

「行くぞ」

司に声を掛けると、サンダルを履いた。

扉を開け、外に出る時、もう一度部屋を見渡した。

何か自分を嘲笑うような冷めた空気を感じて後ろ手に扉を閉めた。



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