第七章(一)
どれ程の時が経っただろうか。
バタバタっと辺りが騒がしくなり、数人の足音が響き、慌てたような人の声が飛び交っていた。
肩に手を掛けようとした時、「もう少し寝かせてやれ。ここのところ眠っていないんだろう」と、雅に言われ、晃一は手を元に戻すと、ソファで眠ってしまっている司を見下ろした。
「でも、秀也が」
「彼ならもう大丈夫だ。気が付いたからにはもう一度眠ったって、いつでも目を覚ますさ」
秀也の腕を取り、脈を計りながら雅は司に視線を送ると微笑んだ。
そして秀也に向き直ると、「お前も罪な男だな」と、笑った。
秀也は雅に笑みで返すと、雅の向方でソファに座ったまま目を閉じている司に視線を動かして、安心したような息を吐いた。
「秀也、もしお前がこのまま目、覚まさないで死んでたら司も死んでたよ」
ベッドの傍らの椅子に腰を掛けながら晃一は振り向いて司を見つめた。
「 ったく、心配かけやがって」
再び秀也に向き直ると、ホッとしたように呟いた。
「何かあったら呼んでくれ。紀伊也を見てまたすぐ来る」
と雅は言って部屋を出て行った。
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夢を見ていた
真っ白な壁に囲まれた部屋の中央に置かれたピアノを優しく奏でていた司が顔を上げ、こちらを見て微笑んだ。
窓から入って来る潮風がふわりと白いレースのカーテンを捲り上げる。
司から目をそらし、窓の方を向いたとたん、バタンっと扉の閉まる音がし、ふと気付くとピアノの音が消え、視線を元に戻した時には司は何処にもいなく、部屋の中央に置かれてあった筈の白いピアノも消え、秀也は一人、がらんとした何もない真っ白な部屋に立ち尽くしていた。
『司!?』
叫んだ時、目の前が一瞬真っ暗になったが、徐々に光が射し始めた。
初め、眩しさに耐えかねて目を細めたが、それも慣れて来ると、今度ははっきりとした意識が戻っていた。
目が覚めたのだと思った。
しかし、自分の置かれているこの状況を上手く把握する事が難しかった。
まず、口に違和感を覚えた。呼吸器がつけられていた。
少し頭を動かすと体全体に気だるさを覚え、視界を動かすと四方をビニルで囲まれていた。
そして、ピッ ピッ ・・・ という規則正しい機会音が耳に障った。
病院に居るのだと悟ったが、他に誰か居ないのだろうかと、探すように視線を動かすと、遠くの方に人影を見つけた。
遠くで誰かが座っているようだった。
そして、バタンという扉の音がして、もう一人の人影がそれに近づいたかと思うと、すぐにこちらに近づいて来る。
じっと、それを目で追っていた。
ふと目が合った。
「秀也?」
晃一は自分の目を疑った。
そして、瞬間的に後ろを振り返り、ソファで眠っている司に目を向けたがすぐに向き直った。
「気が付いたのか!?」
微かに頷いた秀也に晃一は息が詰まりそうになった。
すぐ後ろに立っていた看護士が慌てて雅を呼びに走ったが、晃一は秀也に対して何も言う事が出来ずに、秀也を見つめたままその場に立ち尽くしてしまった。
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「晃一、心配かけたな」
雅が出て行った後、かすれた小さな声で秀也は言ったが、その視線は晃一の後方で眠っている司に向いたままだった。
「ああ。 ・・・、 もし、このまま目、覚めなかったら、俺、お前の事許さなかった」
晃一は秀也の視線を辿りながら振り向いた。
疲れ切ったように眠る司が哀れでならなかった。
早く起こして秀也に会わせようかとも思ったが、秀也に再会した時の司がどんな表情をするのか想像した時、それを見たくないとも思った。
何かが晃一を躊躇わせていた。
「俺、ナオのとこ行って来る」
晃一は立ち上がると、出て行った。
秀也は晃一には視線を送る事なく、ソファで眠る司をじっと見つめていた。