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第五章(四の2)


 どれ位時間が経ったのだろう。

薄暗かった通路に微かな明りが射し込んで来た。

夜が明けたのだろうか。

次第に病院の中は、天窓から入って来る夏の朝陽に包まれて来ていた。

集中治療室の前の通路にも陽が射していた。

 静かに優しい光が、扉の前にあるソファで座っている司と晃一を包み始めた。

少し離れたソファには十人程のスタッフが目を閉じてうつらうつらしている。

司は自分の膝に両肘を置いてずっと自分の足元を見ていた。晃一はそんな司を壁に頭をつけて見ていた。


 昨夜の出来事は単なる悪夢であって欲しい。

晃一はそう思っていた。

秀也やナオ、紀伊也が倒れた事にはやはりショックを隠し切れない。しかしそれ以上に、あれだけ取り乱した司を見た時のショックの方がはるかに大きい。

司の兄の亮が死んだ時にも恐らく狂ったように取り乱したかもしれない。

葬儀の後、その斎場から聴こえた絶叫も司のものだと判ったが、実際にそれを目にした事はない。

その後の放心状態の司は何度か目の当たりにしたが、それももう5年も前の事だ。

それも当時の晃一には、その時の司の状態には理解出来るものもあった。 しかし、今の司の状態にはどこか理解し得るものがあった。

何故かは解らない。

それは晃一にとって司は、いつも冷静でいて欲しいという理想があったのかもしれない。

これが悪夢なら、目が覚めた時にはいつもの司に戻っているだろう、そう思っていた。


 ヴィーン


突然、静けさを破る音に皆一斉に顔を上げる。

集中治療室の自動ドアが開き、白衣をまとった若い医師が一人、髪をかき上げながら出て来た。

全員が注目する中、すぐに司を見つけると、一人だけ俯いたまま座っている司の前に立つと、軽く息を吐いた。

「何とか落ち着いたぞ。後は秀也の体力次第だ」

「良かったな、司」

医師の雅の言葉に晃一は、顔も上げずにいまだ俯いたままの司の肩に、安心したように手を置いた。

「解っているだろうが」

「今日がヤマか」

雅の言葉をさえぎると、司はようやく顔を上げた。

表情のない司の顔と雅を交互に見た晃一は、司の肩から手を離してしまった。

「まだ、間に合う?」

司の問いかけに雅は黙って首を横に振ると、司は両手を膝の間で組み、唇を噛み締めると目を閉じて上を見上げた。

固くつむったその両目尻からは一筋の涙が頬を伝っていた。


「来るか?」

雅が白衣のポケットに片手を入れて言うと、司は一旦顔を伏せ、目を開けると立ち上がった。

 雅の後について行くと、ガラス窓の向方に、体中にいくつもの管でつながれた秀也がベッドに横たわり、その周りでは医師や看護士達が神経を尖らせていた。

「お前が直接出来れば何とかなるが、あれだけ居ればムリだ。諦めろ」

耳元で雅に小声で言われ、ガラス窓に当てていた右手を思わず下ろしてしまった。

「先生、秀也大丈夫だよな。 助かるよな? 死ぬなんて事ねぇよな」

両手をガラス窓について晃一は言った。

再び司と目があった。

が、司はすぐにそらせると、ガラス窓の向方の秀也に視線を移した。

「信じるんだろ?」

「え?」

「秀也が死なないって、信じるんだろ?」

「司?」

「オレは秀也を信じる。・・・ 生きたいって、あいつが言ったから・・・、オレは秀也を信じる」

最後に司は唇をギュッと噛み締めると溢れて来る涙を必死に堪えながら、目を閉じて横たわる秀也をじっと見つめた。

ライブが始まる前に、楽屋を出た時の秀也の言葉が甦る。


『俺は心中はしたくないな。それならどっか誰も俺達の事知らない所に行って、司と二人で生きたいよ』


あの時耳元で言われた言葉が、今にも目の前の秀也から聴こえて来そうだ。

秀也を見つめる今の司は、完全に無防備で隙だらけだった。

「司、着替えて出直して来い。 お前らしくない」

少し苛立ったような雅の声に、瞬間現実へと引き戻され、茫然と雅を見つめた。

だが、その後方には、光月家の執事をしている上杉の冷たい視線があった。



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