第五章(二)
はぁっ はぁっ はぁっ・・・
全てが終わり、興奮冷めやらぬままステージを後にした司と晃一は、今日のステージの余韻に浸りながら通路を楽屋に向かって歩いていた。
「ちょい、司っ」
隣を歩いていた晃一が驚いたように小声で司を呼ぶ。
「ん?」
額の汗を肩に掛けたタオルで拭っていた司は、晃一の指す方に視線を送った。
「あれ、ジャックだよな。 ホラ、この前の三人の」
何処かで見覚えのある顔だ。名前など一々覚えていない。というよりは、覚える気が毛頭ない。
だが、先日深夜、晃一とビリヤードで遊んだ帰り道、路地裏で会った三人の内の二人だという事だけは思い出した。
あの時一緒に居た男性は、確かに三鷹だった。
一瞬にして、再び司に全てのしがらみが纏わりつく。
数十メートル先に居た二人の男と目が合った瞬間、司と晃一は走り出していた。
あっという間に二人を捕らえ、その腕を掴み上げた。
「お前ら今度は何しに来やがったっ!?」
初めに晃一が言った。
二人の表情からして既に何か終えた後だという事が手に取るように分かる。
「爆竹かっ!?、花火かっ!? オイルかっ!? ったく、毎度毎度くだらねぇアソビ仕掛けて来やがってっ、今度は何だっ!?」
晃一はスティックで一人の男の首を締め上げた。
「でもなさそうだな。 晃一やめろ、皆が見てるぞ」
スタッフの驚いた視線を一斉に浴びて、晃一もスティックを下ろした。
「さっさと吐いちまった方が身の為だぞ。オレはこいつ程乱暴はしないが、優しくはない」
静かに、だが威圧的に言うと、掴み上げた腕を静かに捻って行く。
じわりじわりと締め付けられていくが、悲鳴を上げる程に圧力が掛からない。しかし、それも徐々にきしみ折れそうになっていく。
司に掴まれた男の額に汗が滲み出て来る。
「あの男に何を頼まれた?」
男が司の目を一瞬見た。
その瞬間、背筋が凍る程の恐怖に襲われた。
この上なく冷酷な冷めた瞳、その色はまるで一瞬にしてこの世界を、恐怖という渦に呑み込んでしまうような色をしていた。
ゴクリと生ツバを呑み込むと、その恐怖に耐え切れなくなっていた。
「お、お前達のファンから頼まれて、さ、差し入れを持って来ただけだ」
ようやく呟くように口に出す事が出来た。
「差し入れ?」
司は手を緩めた。
「何処に持って行ったんだよ」
ドンっと晃一は自分の目の前の男を壁に打ち付けた。
「楽屋だよ。 秀也に渡したよっ」
「何!?」
その瞬間、殺気を感じてハッと楽屋の方に振り向いた。
『紀伊也っ 気をつけろっ、箱を開けるなっっ!!』
『司っ!?』
テレパシーを送ったとたん、紀伊也が悲鳴に近い叫びを送って来た。
同時に司は男を思い切り突き飛ばすと楽屋に向かって走り出していた。
何を頼まれたっ!? 秀也に何を渡したっ!?
三鷹は何を渡したんだっ!? 騎士は三鷹に何をしたっ!?
走りながらいくつもの疑問が浮かぶ。
ヤツの目的は何だっ!?