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第三章(三)

 

 先程から5人を取巻く空気が神妙に張り詰めている。

それも息をする事さえもはばかられる程だ。

司が左手の指先に神経を集中させ、慎重に一本の木片を挟み、そっと引き抜く。


 っくしゅんっっ!!


「 わっっ!! 」


その静けさと緊張に耐え切れなくなって思わず晃一がくしゃみをすると、ビクッと司は驚いてしまった。瞬間、ガラガラと積み上げられていた木片が音を立てて崩れた。

一瞬、呆気に取られた5人だったが、次の瞬間、司と晃一を除く3人は腹を抱えて笑い転げた。

司はしばらく呆然と、しかし、睨むように木片を指に挟んだまま晃一を見ていたが、晃一の今にも笑い出しそうになっているその我慢した表情に気付いた瞬間、手にしていた木片を晃一目掛けて投げ付けた。

「てめェっ、何しやがるっっ!!」

「ごめんごめん ・・・、 はっはっは・・・・、 悪かった悪かった」

司の怒りの爆発と共に堪え切れず笑い出した晃一は両手を合わせて司に謝ったが、そのまま引っくり返って笑い転げてしまった。

「晃一、お前 すげぇタイミングだったな ハハハ・・・ 」

ナオが涙を拭きながら晃一に感心する。

「アハハ・・・、 司、お前もおもしろすぎ。 はい、買出しお願いね」

秀也が司の肩を叩きながら言うと、

「お前ら笑いすぎっ。 ったく 晃一、てめェはオレに何の恨みがあんだよっ」

そう腹立たしげに司は言うと、組んでいた足をほどいてすっと立ち上がった。

「 ったく、何でオレが買いに行かなきゃなんねぇんだよ。紀伊也、付き合えっ」

「やだよ。負けたの司だろ。んな蒸し暑いのに外なんか行きたくないよ」

紀伊也が口を尖らせると、司は「ったく」と吐き捨て、紀伊也の足を蹴飛ばし、忌々しそうに髪をかき毟ると、部屋を出て行った。


 しばらく4人は笑っていたが、紀伊也がタバコに火をつけた時には既に一息ついていた。

「で、仲直りはしたの?」

ナオがタバコに火をつけながら秀也の顔を覗き込むと、秀也は黙って頷き、同じようにタバコに火をつけた。

それに安心したように、ナオと紀伊也は目を合わせると、同時に天井に向かって煙を吐いた。



 ったく・・・


 両手をポケットに入れて、ふて腐れながらマンションの外に出ると、じわっと生温かい湿気が全身を襲う。

「気持ち悪ィなぁ」

溜息をついてタバコを出して火をつけると、煙を吐きながら歩き出した。

 先日の昼間、仲たがいの為に出来なかった打ち合わせを司の部屋に集まってしていた。

ちょうどビールも切れて来た頃、誰かが買いに行かなければならなかった。 今夜は風もなく、妙に蒸し暑さが増していた。誰も冷房の効いたこの居心地の良い部屋からは出たくない。無言の内にゲームが始まっていたのだ。

 タバコを吸っていた司の目が幾分鋭くなった。

が、気にする事なく歩き続けた。

そして、一つ目の角を曲がった所で、諦めたように立ち止まると、手にしていたタバコを投げ捨てた。

目の前に司の倍以上はあろうと思われる体格のいい男が二人立ちはだかっていたのだ。

そして、もう一人同じような男が背後から近づいて来る。

しかし、司はその三人には目をくれず、その先で塀に寄りかかって立っている男の方に視線をやった。「ご苦労だな。わざわざオレが出て来るのを待っていたのか」

呆れたように言うと、目の前の大男の間を通り抜け、その先の男に近づいた。

「いや、君が外に出やすいように取り計らってあげたまでだ」

サングラスの奥から表情のない冷たい視線を感じた。

一瞬考えた司だったが、あの時の晃一のくしゃみを思い出して苦笑してしまった。

「で、用件は?」

「前にも伝えた筈だ。 君のお父上の力を借りたいのだよ」

「そりゃ無理だ。オレから言うよりお前が直接言ってくれた方が効果があると思うけどな」

うんざりすると、シャツの胸ポケットからタバコを出した。

一本銜えた時、目の前の男がライターの火をつけ、それを差し出して来た。一瞬その火を見つめた司だったが、素直に受け取るとタバコに火をつけて一服吸って、空に向かって煙を吐いた。

「お父上がダメなら・・・、 君でもいいんだよ」

男はライターをズボンのポケットにしまいながら言った。

「我々には切り札がある。君が断れば・・・」

「三鷹か?」

男の悠長な話し方が気に食わない。 タバコを口に銜えたまま遮った。

「ああ、彼か。彼はよく働いてくれる。彼が普通の人間であった事が少々残念だったよ」

男はそう言うと首をすくめた。 その言葉に何かを感じたのか、一瞬司の手が止まった。

「今ちょっと忙しいんだ。少し考えさせてくれ」

そう言うと、止めていた手を再び動かし、タバコを吸って煙を吐きながらそれを投げ捨てるとそのまま歩き出した。

男は黙って司の後姿を見送っていたが、角を曲がり完全にその姿が見えなくなると、不敵な笑みを浮かべた。

「タバコの投げ捨てはマナーに反する」

冷ややかなロシア語が煙の立ち昇る吸いかけのタバコに流れた。

男はそれを拾いながら呟いた。

「タバコの吸いすぎは命取りになる」


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