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第二章(四)


 玄関のチャイムを鳴らし、ドアを開けると一瞬立ち止まって靴を確認した。

見覚えのある靴が二足だけある事にホッとすると、靴を脱いだ。

「ねぇっ 秀也ぁ、大丈夫なのぉ?」

リビングのドアを開けながら言ったところで、思わず息を呑んで立ち止まってしまった。

今にも秀也に掴みかからんとする晃一とが睨み合っているのだ。

「 ・・・、 どうしたの?」

全く状況が掴めず、それだけなんとか言うと、司は恐る恐る二人に近づいた。

「何でもない」

腹立たしげに秀也は言うと、ちらっと司に視線を送って司に近づこうとした。が、瞬間晃一に肩を掴まれた。

「何でもなくはねぇだろっ、何とか言えよ。 ちょうどいいっ、司の前ではっきりさせろっ」

「司には関係ないだろ」


 バキっ


面倒臭さそうに言い放った秀也の左頬に晃一の拳が叩き込まれ、勢い余って秀也はソファに倒れ込んでしまった。

「ちょっ、やめろってっ!」

二人の剣幕に慌てた司は殴りかかろうとする秀也を何とか押さえ込む。

「晃一っ、何してんだよっ」

訳も分からず、秀也に殴りかかった晃一を不安気に見上げた。

「どけよ、司」

「秀也もやめろって、何なんだよ二人共!?」

交互に不安な琥珀色の瞳を動かせた時、秀也に突き放されて床に転がってしまった。

「晃一、お前に言われたくはねぇんだよっ」

今度は晃一が秀也に殴り飛ばされて背後にあったテレビに体を打ち付け、顔をしかめる。が、すぐさま起き上がると秀也に掴みかかった。

「わっ、ばかっ やめろって ・・・ っ!?」


 ドカっ

 ガタっ ガターンっ


掴みかかろうとした晃一にケリを喰らわせた瞬間、間に飛び込んだ司の脇腹にそれが入り、司は晃一と共にテレビとステレオに体を打ち付けた。

ビデオやCDが散乱する。


 っつぅーー・・・


司は脇腹を押さえながら晃一から体を起こすと、二人を交互に睨み付けた。

「何なんだよ一体っ、 二人共いい加減にしねーかっ! ・・・ ったく、 ・・・ 大丈夫か、晃一」

一度自分の脇腹をさすると、右手で倒れた晃一の腕を掴んで起き上がらせる。が、二人のその姿を見た秀也は思わずカっとなって、司の肩をガッと掴んで突き放すと、晃一はその勢いで再びステレオの角に体をぶつけた。


 ガンッ


今度はテーブルの角に体を打ち付けられた司は、瞬間傍にあったクッションを掴むと思い切り秀也と晃一の間に投げ付けた。

「いい加減にしろっ! ったく何やってんだよっ」

困惑しきった琥珀色の目が今にも泣き出しそうだ。

秀也はチッと舌打ちすると、またがりかけた晃一の体から離れ、テーブルの角に手を掛けて何とか立ち上がろうとしている司の側に歩み寄った。

「ごめん司、大丈夫か?」

「大丈夫じゃねーよっ、何してんだよっ お前らっ!?」

差し出された秀也の手を払い除けると立ち上がるのを諦め、ソファに倒れるように座った。

「喧嘩の原因は何だっ!?」

司に睨まれた二人はゆっくりと顔を見合わせる。が、晃一はすぐに目をそらせると、寝室へと続く入口を嫌悪を持った目で睨み付けた。

「お前もお人好し過ぎんだよ」

半ば呆れたようにボソッと呟くと司を見つめた。


 え?


少し哀れむように見つめられて司は戸惑うと秀也に視線を送ったが、すぐに顔を背けられてしまった。

「会ったんだろ? 秀也の女に・・・ 今朝」

晃一は顎で秀也を指しながら司を見上げると、再び寝室へと続く扉を見つめた。


 女?


不意に司は思い出したかのように晃一と同じ所を見つめた。

顔こそよく覚えてはいないが、確かに青白い顔をした髪の長い女性が一人、覚束ない足取りでドアに寄り掛かりながら出て来たのを思い出す。

秀也の学生時代の写真は何度か見た事はあったが、特別、秀也の友人になど興味はない。一々彼等の顔など覚えてはいなかった。

「お前がヘンな事言うから気になって来てみればこれだ。 男は秀也一人しかいなかった」

溜息を付くように言った晃一と目が合った。 『その先は言わなくても解るだろう』という目に一瞬息を呑んだ。

しかし、

「だから・・・? それがどうした」

反射的に応えていた。

取り乱そうとする自分が許せないのか、平静を装ってはみても、その頬は引きつるばかりだ。

「それがどうした?」

今度は晃一の頬が引きつる。

「 ・・・、お前らおかしいよ。 どうかしてる。 秀也が他の女と寝てたんだぞ。司、ホントに秀也が何もしてないって信じてんのかよ」

晃一は立ち上がりながら二人を交互に見たが、司が信じられない。

「ガキじゃないんだ。秀也のする事に一々口出しなんかする義務はオレにはない。 秀也のする事は秀也自身が決める事だ。 ・・・ 秀也が何しようとオレには関係ない」

誰にも視線を送らず、まるで自分自身に言い聞かせるように司は言った。

そんな言葉に今度は秀也が司を見つめた。

驚いたような諦めたような、そんな複雑な表情に、晃一はそれ以上秀也を責める気にはなれなくなっていた。むしろ、秀也に一種の同情さえ覚えたくらいだ。

「関係ないって ・・・、 司、お前、秀也の事何とも思ってないの?」


 え?


晃一の思わぬ問いかけに秀也と目が合った。

簡単な質問だった。

が、外そうにも外せない視線がすぐに答えを出すのをためらっているようだ。

 留学先のイギリスから戻って来てから、秀也は秀也でしかないと実感してしまった時に、自分自身に問いかけた言葉だ。

あれから1年以上経つのに、未だにはっきりした答えが出ていない。

「縛る事は出来ない。 ただ、それだけだ」

解っているのはそれだけだった。それだけははっきりしていた。

その瞬間、司と秀也は同時に目をそらせた。

「司?」

「ごめん」

晃一に呟くように言うと、司はそのまま逃げるように部屋を出て行ってしまった。


 バタン


扉の閉まる音に秀也は溜息をつくと、さっきまで司が座っていたソファに腰掛けた。

何をしていいか分からず、とりあえずテーブルにあったタバコの箱に手を伸ばす。が、一本抜いたところで、タバコをトントンと箱に当てているだけで、ライターに手をつけようともしない。


 カチっ


目の前に火を見せられ、顔を上げると晃一が立っている。

何の表情も表さず、タバコを口に銜えると、黙ってその火に近づけた。


 ふぅー 


ゆっくり煙を吐くと、ソファの背に体を倒し、天井を見上げた。

「秀也」

「気にするな。 司はいつもああなんだ」

「いつも?」

「 っていうか、ここ最近か。 ・・・ フッ あれだって普通に考えればただの浮気だ。なのにあれは浮気なんかじゃないって。 オレが別にいいと言ったんだから、ごく普通の恋愛だから関係ないって。秀也は秀也のやりたいようにやればいいって。 あいつの事、よくわかんねぇよ。 俺には司が何考えてるかよく分かんない」

「司の事、どう思ってんの?」

晃一のその問いかけにちらっと横目で見ると、

「よく分かんなくなって来た」

そう言って、少し淋しそうに笑うとタバコを吸った。




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