6話 俺のやりたいこと / いーと、いーと、いーと
分かりにくいのですが、前半と後半の構成となっています。「/」は前半と後半のタイトルの区切りです。
俺のやりたいこと
魔法の実践訓練、所長のいうフィフティーバランスを終わらせた後、美玲の言っていた通り、魔道学校について聞いてみた。
「魔道学校に行ってみたい?」
「はい。でも、俺孤児院から出てきてるし、金もないし、難しいかなって思ってたんですけど、美玲が所長に聞いてみろって」
その言葉を聞くと所長はみるみる笑顔になった。
「なるほど! そうかそうか! 昨日の今日来たばかりなのに興味持ってくれたかぁ。嬉しいよ!」
こんな来たばかりの俺が、魔道を学びたいと言ったところで、関係も浅いやつがなにを言っていると、普通は思うんじゃないか。彼は、彼らは、どこがおかしい気がする。善人すぎる。見知らぬ人に食料を分け与え、その後の面倒までみるなんて、お人好しすぎる。
そんな便利屋に、自分が求められた。それだけで、自分の価値を信じることができた。
「私は実は学校のお偉いさんにツテがあってね。君を編入させることはちょちょいのちょいなのさ」
「本当……ですか?」
「ああ。書類もなんとかしよう。学びたい者が学べるようにすることが我々の責務だからね」
あぁ、感謝してもしきれない。恩が積み重なる。自分はここに何を返してあげられるのだろう。
「お金に関してだが、おそらく、いや確実に君は特別生になれる。そうすれば学費免除だ。もしもの場合は私のポケットマネーを出してあげよう」
「いや、そこまでしてもらう訳には」
「いいんだよ。少年。言ってしまえばこれは私の趣味だ。趣味にどう金を使おうと自分の勝手だろう?」
「……! ありがとう、ございます!」
人生で初めて学びたいと思えることができた。それを支えてくれる優しい人もいる。俺は、彼らに恩を返したい。この場所を守りたい。そう思った。
レイジが借りた部屋は事務所の別の階にある。なんでも、全フロア借りているらしい。そのおかげで、共有の食堂などのスペースがある。食堂ではいかにもプロの料理人な風貌をした男が、料理を作っている。聞く限り事務所のメンバーは多くないが、食にこだわる彼の要望でキッチンも完備されたと美玲は言っていた。
「何を食う? 新人」
「じゃあ、カレーで」
「了解」
オーダーを聞くと早速料理に取り掛かるようだ。魔法か魔術か、ある程度の時間を短縮しているのか、恐ろしい早さでカレーができ上がる。さらにはメニューが多い。
「これって、全部一人で作ってるんですか? えーっと」
「グラムだ。どう呼んでもらっても構わない。お前さんはレイジだったか」
「はい! 呼び捨てでいいですよグラムさん」
「そうか。質問の答えだが、その通りだ。俺一人で作っている。ほら、出来たぞ」
この人も相当な人なんじゃないか?一人で和洋中並ぶメニューを作っている。この事務所の謎は増えるばかりだ。
「とりあえず食え。冷めるぞ」
「はい! いただきます!」
食べ始めてひと口、やばいめっちゃ美味い。これだけで店出せるレベルだ。これも三食分は無料で食べていいらしい。所長の懐の広さが伺える。
「レイジ! お前も休み明けから学校くんのか!?」
カレーを食べていると、陽樹が大声を出してやってきた。
「うるせぇぞ陽樹! 今日は何食べんだ!」
「醤油ラーメン! ここ座るぜ! それよりもレイジ本当なんか!?」
「うん、所長が何とかしてくれるらしいから、行ってみようかなって」
それを聞くと陽樹はパーッと明るい笑顔になる。どこか所長に似ている。
「うおぉぉぉぉ! マジか! 同級生少ねぇからマジ嬉しいわ!」
こいつも大概良い奴なんだな。こんな数日前に現れた孤児と同級生になれるかもってだけで、こんな喜ぶなんて。
「わかんねぇ事あったら聞けよ!」
「わかった。ありがとな」
「おうよ!」
最初は変なやつの印象が強かったが、自然と友達と呼べる存在になった気がする。こんなにも早くそう感じるようになったのは、彼自身の人柄からだろう。
「かつきには、俺も世話になってるからな。あいつは信用できるぜ」
「そういや、どういう関係なんだ? 呼びすてだし」
最初からすごいフランクな印象を受ける。例えるなら親戚の兄ちゃんとの間的な。
「あぁ、それな! 実はかつきは俺の叔父なんだよ」
「え、ガチ?」
想像していた通りだった。
「うちは一応魔道に通じた家だったんだけど、親が俺に継がせたくないって言っててな。俺が魔道学校行きたい! ってなった時に猛反対されてたのを、かつきが、「まかせろ。俺が何とかする」って言って説得してくれたんだ。この仕事を手伝わせてみてから考えたらどうかってな。あとさ、かつきって実は結構エリートだったらしいぜ」
色々合点がいった。あの人はやっぱり根っからの善人だった……
「マジで? 所長って案外ピュアなのか」
「そうそう! でさー、前に綺麗な女の人がいたんだけど、そん時かつきがさぁ……」
この後も陽樹と食事しながら会話を楽しんだ。結構気が合う。これからうまくやっていける、そんな予感がした。
いーと、いーと、いーと
深夜、とある路地裏。出歩く人がほとんどない時間帯の不気味な路地裏にいる人間なんて、酔っ払いか不審者である。今回の場合は後者に当てはまる。
顔を覆い隠したフード、すらっとした体格、そして、人ならざる異形の腕。およそ普通の人間からかけ離れたそれは、何かを貪り食らう。もはや原型を留めないその肉塊が、元はどんな生物だったかを知ることはもう出来ない。
「んー? 誰かそこにいんのかー?」
不幸な人間がここに一人、今日に限って普段は行かない飲み会なんかに参加してしまったばかりに、この時間にここを通りかかってしまった。
異形の腕を持つなにかは、声を気にする素振りも見せずに肉塊を貪る。
「おい! 聞いてんのかってーの! 大丈夫か!? お前も酔っ払いかぁ!?」
なお貪る。一心不乱に、他の何も気にとめない。貪り、貪り、貪って、肉塊がなくなる。これはいけない。お腹が空いているようだからね。食べ物と見れば、歯止めは聞かないだろう。
「おい……本当にだいじょ……ぶ……?」
瞬きしてしまえば、ほら、もう男の世界は二つになる。真っ二つに割れた体はもう、生命の維持を放棄せざるを得ない。
何が起きたか、それを理解することはもうできない。
「…………」
また、それは貪り始める。男が帰ってこない。さらに連絡すら取れないことを不審に思った家族は翌日警察に通報する。しかし、路地裏に不自然に残された荷物以外の足取りは掴めない。男は帰らぬ者となった。