61話 俺がやらなくちゃ
「――では、話し合おうじゃないか」
紫の手首を掴み持ち上げたまま、久我は笑顔でそう言った。
俺はどうすればいい。
美玲の真似をしたって、どうにもならなかった。冷静に物事を判断出来たつもりになっていたんだ。
美玲だったら、この状況だって何とかするだろう。俺は、力も頭も足りない。
「レイ……ジ、ゆ……ら」
紫の顔が青ざめている。助けなきゃ。それなのに、どうしたら……
「レイちゃん、もう少し時間、稼ぐよ。10分くらい」
「……月城?」
「黙って言うこと聞く」
月城はスマホを見るとボロボロの体のまま、両手を高く上げた。
「はーい、降参……っていうか、そっちの言う通り、話し合いしよー」
「だからその子離して」
久我はそれを見ると、笑顔のままうんうんと頷いた。
「そうそう、話し合いだ。僕たちは誤解しているだけなんだ」
「そーそー、誤解してたー。だからさー、小学校時代? の話聞かせてよー」
「ああ、そうだね。まずは――」
久我は月城の言葉に満足したのか、またもや朗読を始めた。
しかし、紫の手を放そうとはしない。
時間を稼いで何とかなるのか?なんの秘策がある?
「へー、すごいじゃーん――」
久我の話が耳に入らない。でも、月城がなんとか話をつなげている事だけが分かる。
立ったままで、足も震えている。誰が見てもボロボロ。
月城がそんな状態なのに、俺は何をしている?
俺に、俺だけにできる事はないのか?
『――あるよ』
「……ぁ?」
声だ。声が聞こえた。そして周りを見渡す前、瞬きの瞬間、俺は真っ白な空間に立っていた。
なにもない。ただ白い。
いや、正確には何かが目の前にいた。
白くて、ぼやけた輪郭、声からは性別が判断できない。
だが、前にも会ったことがある。
「ふふ、久しぶり。夏祭りぶりかな?」
「あの、声!」
夏祭りの時に聞いた謎の声の主が、この奇妙な空間にいた。
◆
「わー、覚えててくれた! さっすがー! ちょっかいかけたかいがある!」
白い影が手を叩き飛び跳ねる。声以外の音がなく不思議な感覚で、どうもまだ実感がない。
というか、夢なのか?
「あ、きみぃ、もしかしてこれが夢なんじゃないかって思ってるでしょ」
「まぁ、そうだな」
「やっぱり! でも残念不正解! ここは現実……というには少し難しいけど、夢ではありません!」
さっぱり分からない。てか、こいつは敵か?
……いや、それは違うな。なんとなく懐かしいし、忠告はしてくれてたし。
「ここはー、んー、それは今はいいや。ともかく、現実時間とは離れた場所ってこと」
「わからん」
「あはー、だよね!」
白い影は両手の人差し指をこちらに向け、とぼけたようにぷすぷすとつついてくる。
しかし、それは俺の体をすり抜け、感触はなかった。
「体を……!」
「あー、まあ触れないよねー、知ってたけどー」
白い影はすっと後ろに下がった。顔は見えないが、声が少し低く寂しそうだ。
「いいよーだ。どうせきみはここでのこと、忘れちゃうし、わたしだけ覚えててもつまんないもん」
「は? もうなにからなにまでわからな――」
「はーい、ストップ。ここは現実じゃないけど、きみの魂がどこまで耐えられるかわからないし、本題いこうね」
白い影は白い地面に座り込み、こっちにも座るよう手を振って促してきた。
仕方なく座ると、影は語り始めた。
「じゃ、結論から言うと、きみがこのあと現実に戻ったらあの英国紳士の能力の封印は解けます。心が限界だったからね!」
「というか、ここにいるきみはその封印が解けたきみなので、これから代償タイム! というわけです」
封印が解けてる……それにジェームズが言ってた代償、それを支払う時が来たってことか。
「……代償ってなんなんだ?」
「えー、ここで話しても忘れちゃうって言ったでしょ? それでも知りたいの?」
「頼む」
覚悟はしていた。この胸に宿る王核の力、それが普通ではないことなんてとっくに理解してた。
ただ便利な力じゃないことは、分かってたんだ。
でも、俺は逃げちゃいけない。なんでそんなものを持ってるのか。なんで俺の記憶が欠けてるのか。
それを知って、改めて便利屋の天野レイジを名乗りたいんだ。
「……あっそ、いいよ。じゃあ、簡単なことだけ」
「ありがとう」
「感謝はいらなーい」
白い影はすねたようにその頭を横に逸らしたようだった。
「はー、ざっくり言えばきみと、きみの心臓の「記憶」がなくなっていきます」
「きみは覚えていないだろうけど、ここ最近、すでに失った記憶が複数あります」
「きみは力を使う度、自分の存在を否定していくってこと」
…………………………
「……そっか。じゃあ、俺の過去の記憶がないのも……」
最悪な気分だ。全部王核が関係してるんだな。なのに分かることは少ないし、ここでの記憶は残らない?なんなんだよ。おかしいだろ。理不尽だ。
なんで俺なんだ。
「そう。きみは、きみがきみを、忘れていく。皮肉だねー、オルトとは向きが違うけど」
「オルト……! オルトはいったいなんなんだ! 向きって……!」
俺の過去の記憶は失われた。じゃあ、もしかしたら内田先輩みたいに継承はあったんじゃないのか。
オルトは俺の……!
「はーい、三度目、ここで聞いても意味ないでーす。忘れるしー。あとー、オルトときみがどうだったとか、話すつもりはないよ」
「それは自分で見つけたら? きみの正体とかね」
「待ってくれ――」
白が視界の端から消え、無になっていく。
作り変えられて、一つの記憶の形になっていく。
ああ、今回失う記憶か。
「いや……だ」
意識は重なり、だんだんとハッキリした思考へと変化していく。
これはオルトの記憶、過去だ。俺の記憶と共に失われる、心臓の――
◇
――履歴再生――
目を覚ます。ベッドの上に外着のまま、寝転んでいる?……久しぶりに飲んだせいか、昨日のことが全然思い出せない。
でも、なんとかホテルにはありついたのか。良くやった。酔っ払った俺。
時計を見ると午前九時を指している。昼前に起きるなんて、かなりいいんじゃないか。
だが、どうも体が重い……日光を浴びたいな。せめて気持ちをリセットさせたい。
カーテンを開くと外にあったのはビル。目の前にビルだと?景観もクソもないじゃないか。
口に出さない愚痴を零しつつ、俺はルーティンをこなす。
「俺は……そう、オルトだ。ホフ村のオルト……お前は忘れるな。絶対だ。いいな」
大丈夫、俺は俺を覚えている。俺はオルト……叛逆者だ。
気持ちが落ち着くと背を伸ばし、洗面台に行って顔を洗い、歯を磨く。
片手に収まる程度の荷物を持ち、部屋のキーを閉める。
エレベーターでフロントに降り、キーをカウンターに置くと、外に出る。
「朝飯はどこで食うか……」
朝食付きじゃなかったからな……昨日の俺は朝飯の事を考えて部屋を取っておけ。
どうするか迷ってホテルの自動ドア横で悩んでいると、急に横腹に衝撃を受けた。
「うお、なんだ。――ちゃんか」
「オルトさんこんにちはーって、また驚かなかったね。つまんない」
「あ、昨日はお父さんがごめんね。あんまりお酒強い友達がいないからって」
俺に可愛い攻撃を仕掛けたのは真っ白な髪をした少女だった。この街で出会った……友達?みたいなもので、ある事がきっかけで妙に懐かれてしまった。
「いいんだよ。それよりごめんな。お望み通りの反応が出来なくて」
「それはいい。もう期待してない」
「酷いこと言うなぁ」
――ちゃんは口を尖らせながらそっぽを向いてしまった。
こういう所は子供っぽいんだよな。
しかし、すぐにコロッと表情を変え、うずうずし始めた。
「どうした? 何か楽しいことでもあったのか?」
「あ、分かっちゃう? さすがオルトさんって褒めてあげる!」
「ありがとう。嬉しいな」
少女は照れくさそうに笑うと、俺の手を引いた。
「早速なんだけど! 新しい友達が出来たから、オルトさんも一緒に遊ぼ! 朝ごはんまだなら一緒に食べよ!」
「ああ、ちょうどいい。朝をどうしようか悩んでたんだ」
俺はそのまま手を引かれ、明るい街を歩き出した。
◇
「とうちゃーく! ちょっとまってて! ごはんもだけど、連れてくるから!」
「いいけど、連れてくる……?」
家の庭に着くなり、少女はそう言って家のドアを勢いよく開いた。そしてだっだっと、音を立てて廊下を駆け抜けていった。
「猫でも拾ったのか? 懐かしいな。カナタもあの時……」
ふと笑みがこぼれる。しかし、すぐにその記憶は輝かしくも苦しいものだ。忘れたくはないが、引き出しの奥にしまっておこう。
少し痛む胸に手を当てると、深呼吸をする。何度も。
「お待たせ致しましたー! ほら、この人がオルトさんだよ――」
少女の声で現実に戻され、その顔を見る。
横には少女と同じくらいの少年が……
「――ほら、レイジ! ごはん食べたら皆で遊ぼ!」
「……は?」
「……えっと、レイジです。おはようございます。オルトさん」
そこに居た少年、レイジと呼ばれた少年は俺にとって、何よりも踏み込まれてはならない地雷だった。
――再生終了・削除開始――
◆
……なんだ。何が起こった。一瞬意識が飛んだのか?
何も起こってない……?でも、胸のあたり、いや、魂に穴が空いたみたいだ。こんな状況で?
――待て、何か感覚がある。今なら王核を上手く扱えると、胸の奥から叫んでいるような、元々知っていたかのような、力の感覚だ。
胸は熱く、手は冷たい。チグハグだ。
少し前と違って思考がクリアだ。この力を使えば、あいつの隙をつける!
「――そんな感じでね。林間学校の時にみんなで怒られたという記憶が強く残っているんだ」
「なるほどー」
まだ月城は久我と話している。美玲と違って会話をリードするのではなく、リードを握らせているようで絶対揺らがない。そんなイメージが浮かぶ。そのおかげで確実にやれると思えた。
月城は10分くらいと言っていた。残り数分いやちょうどいいくらいか、今なら紫に手を出させず、何とかできる。
やってやる……!
「『俺はお前を否定する』!」
「おや……?」
「レイちゃん……!」
今回俺の作り出した灰は他の魔法と違って、物に触れようがそれを消滅させることが無かった。
それを察知したのか、久我は腕でそれを受け止めた。やはり崩壊はしなかった。
その代わりに、久我の腕にヒビが入った。すぐにでも壊れてしまいそうだ。
「全く、話の最中に邪魔してはいけないよ」
そう言って久我は腕を噛みちぎる。狙い通り紫を殺すよりも灰に対処する事を優先したみたいだ。
紫が目をつぶる。久我の切断された腕はすぐに再生した。
その腕にはヒビがはいっていた。
そして、腕に気を取られた久我の後ろに、紫色の光と共に人影が現れた。同時に紫のポケットから煙幕が吹き出た。
影はそのまま久我に突撃し、紫を抱き抱えると俺たちのいる方へと走り抜ける。
その髪は銀色に輝き、少女は声を盛大に響かせた。
「紫ちゃん……!」
「二ご……シャスティ! うわぁぁん!」
シャスティだ……!月城の時間稼ぎってこれのことか!
「時間稼ぎ成功ー! ナイスレイちゃん! シャスたん! それにあとひとりー!」
「ゆらもナイス! なんだか美玲みたいだった!」
「そんなことないよシャスたん。けっこーギリギリだったし!」
月城は上げていた腕を下ろし、その手に三日月型の得物を生成した。
「良かった、成功、した……!」
後ろから声がする。これも聞き覚えがあった。
振り向くと、手に術式を刻印した本を持ち、鼻から血を出した来夜先生がいた。
「先生……!」
「天野くん、私もサポートさせて。罪を償いたいの」
「……はい! 一緒に……!」
そうか、仲間が多いだけで、こんなにも状況が変わるのか。
独りでやる必要はなかったのか。
仲間が多いだけで、こんなにも嬉しくて、頼もしい。
「……なんとも、その人数比では話をするにも意見が極端に分かれてしまうよ。誰か、僕側につかないかな?」
「誰がつくかよ!」
俺は結局助けられてばっかだ。でも、今はあいつを倒す。それが必要なことだ。
あいつの存在を否定してやる!




