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オルトレイジ  作者: 立木ヌエ
第二章「日常に潜む影」

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60話 変えたい未来

 久我為幸という異常者の人生は、あまりにも普通の幸福な一人の人間のものだった。

 そんな背景を持つにも関わらず、こいつは至って冷静で、穏やかで、社交的な殺人鬼なんだ。


 俺と月城の攻撃も通っていない訳ではないが、すぐに再生し、痛む素振りもないせいで効いている気がしない。


「では、僕の小学校時代について――」

「聞いてないってーの!」


 久我が得意げに自分語りをしようとした瞬間、月城が三日月型の得物を手に大きく振りかぶる。

 そしてその目に魔力を込めている。また何か干渉する系の魔法を使うのか。


 なら、それに合わせて俺も追撃だ……!


 月城が近いから灰を大きくばら撒くことはできないな。……攻撃魔法をまだまともに使えないのが腹立たしいが、代わりになる方法を試していこう。


 息が出来なければさすがに動きが止まるか?

 そう考え水を手元に生成、久我の鼻と口を塞ぐためにマスクのイメージをする。


「イカれちゃえ!」


 月城が魔法を使った。目元から赤い魔力の光が放たれ、久我の目がそれを直視している。さっき使っていた際も一瞬は効いていた。そこが狙い目だ!


 久我はやはり月城の魔法で一瞬動きを止めた。俺がそこへ水のマスクを被せると、ガボガボと空気を取り込もうとする久我の苦しそうな音が聞こえる。


 しかし、それは久我というスピーカーから垂れ流される、ただの環境音だった。


 久我はすぐさま水で覆われていない箇所に穴を開け気道を確保すると、月城を無視して俺の方に飛び跳ねるように近づいた。

 久我はナイフを持った方の手とは逆の手をグッと握りしめ、俺の腹に――


「ぅぐっ!」


 直撃、殴打の痛みと内蔵が押し潰されそうになったことによる圧迫感が即座に体に染み込む。血を吐いた。喉に絡みついた血が気持ち悪い。


 剣を握る力も緩んでしまい、体勢も崩れた。久我はナイフを俺の心臓に向けている。


「心臓……ばっか!」


 灰を生み出す余裕はない。俺は反射的に魔力を岩石に変換させた。

 久我のナイフに魔力はない。そのおかげか、俺が咄嗟に作った脆い石ころを粉砕したものの、体に突き刺さるのは回避した。


 これまでの展開を繰り返すように、月城が後ろから久我に三日月を持って追撃する。

 久我は月城が接近した音に反応し、俺から目線を外すと、その手で三日月を掴み取り、血を流しながらもぐっと振り回して月城を弾き飛ばした。


「ッ!」


 月城は受け身を取りすぐさま立ち上がるが、砂で全身が薄汚れ、少し目が充血していた。


 何回かの攻防、その戦闘のテンポの中で分かったことがある。

 久我は物理的にも、魔力的にも桁違いの防御力を持っている。再生力にばかり目がいっていたが、魔力に振った月城の干渉や俺の炎にも、月城の扱う三日月型の刃物や内田先輩の家で食らっていた術式のうち物理に寄ったものも全てが致命傷に至っていない。


 そして極めつけは今日出会った際の四肢の肥大化だ。

 これらは最初に覚えたマンイーターの異常個体なのではという直感を全力で肯定しているようだ。


 理性的なマンイーター。しかも基礎能力が桁違い。俺と月城二人で抑えこむには戦力が足りない。


 ――イライラする。抑えこんでいた激情がじわじわと心臓の奥底から噴出しそうだ。誰彼構わず、力を振り回せと言われている。


 そうだ。広範囲に灰を撒き散らせば……!


「……一号!」


 目の前が真っ赤に、心臓の音だけが耳に響くなかで、その声はすっと耳に入ってきた。


「紫……!?」

「! 病院にいるんじゃ!」

「おや、女の子……?」


 三人が揃って声の主を見た。紫だ。なんでここに!


「一号――レイジ!」

「力は! 使うもの……!」


 その少女の叫びと同時に飛び出した影があった。


 それはいとも容易く結界を打ち破り、瞬く間に紫の手首を掴み、軽く持ち上げる。


 風があたりの砂埃を舞いあげ、さらさらと音が鳴る。

 久我の張り付いた笑顔が、穏やかで空虚な目が紫を覗き込んだ。


「こんな危ない所に来てはいけないよ。お嬢さん?」


「ひっ……!」


「僕としても不本意だけど、こんな風に利用されてしまうからね」


 久我はゆっくりと、俺たち全員を見渡すと、いつの間にか再生した口で、微塵も悪気のない明るい声音のまま言う。


「では、話し合おうじゃないか」





「紫、絶対安静だ。私が離れても、決して身勝手なことをしない。約束できる?」


 アマクサがうちの手を握って言った。


「……半分くらい」


 ベッドの右側、窓の外を見るため、アマクサから顔を逸らすために顔を振った。眼帯のせいで右目の方が見えづらい。


「……ちゃんと聞いてくれたと信じてるよ」


 うちを無理やり連れてきた時から焦ったみたいな不安を隠しきれてない顔だったから、部屋を出る時までずっと目を逸らした。


 ドアが開いて、閉まった。がらがらと音が部屋に響いて、ひとりしかいない部屋になったことが分かった。


 横にある机の上には、うちがこうなってるのを知らない一号以外の便利屋のみんなが置いてったものがある。アマクサはゼリーとかフルーツ、別に今のうちは目から血が出ただけだし、そういう食べ物は違うでしょ。


 美玲はなんか、よく分からない魔道具を渡してきた。何に使うのか分からない球体で、とりあえずぽっけに入れたけど、あんまりいじらないようにしてる。


 陽樹とグラムさんは二人でこっそりスイーツを持ってきてくれた。グラムさん特製のチーズケーキはチーズの香りとか甘さが完璧。


 ゆらもメッセージを送ってくれていた。『元気になったら服を買いにいこー!』って、もう先を見てる。今、大変なのに。


 二号……シャスティも何かしてるみたいだったけど、うちが病院に到着してすぐに大量の漫画が届いた。前にちょっと話した時にうちが読みたいっていったやつだった。


 漫画を読みながら、ゼリーとかを食べる静かな空間。それ自体には何も恐ろしさは感じない。


 けど、病院のベッドの上、久しぶりに見る白い壁や天井、薬剤のにおいが昔を思い出させる。


 座敷牢というにはあまりにこの病院みたいに白くて、嫌な大人がいて、世界のためだとか言って意味の分からないものばっか飲ませられてたあの日々。


 あんな酷い、気持ち悪いとこ、他にない。


 ――いやな思い出だ。いや、思い出なんて言うべきじゃない。


 思い出っていうのは、もっとあったかい……便利屋みたいなとこで楽しかったことにだけ使った方がいい。


 そう、一号とか二号の依頼について行った時とか……


「――」


 目がまだ痛い。未来視とか、名前だけならかっこいいかもだけど、あんまりいいものじゃない。


 うちの未来は見えないし、頑張っても、いつもうち以外の誰かがいないと何も変わらないし、うちに出来るのは声を出すことだけ。

 そんな微妙な力なのに目がズキズキするし、さっきなんか目が勝手に未来を見せてきたのに血が出てきた。


 さっき見た未来……町の方は美玲たちが守ってくれる。陽樹とかグラムおじさんとかもいるし、もしかしたらもっと色んな人が助けてくれるかもしれない。


 ただ、どうしても胸騒ぎがする。


 一号が、レイジが関係する未来を見るとき、うちは普段以上に未来視がしにくい。

 それに、レイジの未来が見えた時は今のところ酷い未来しかない。


 放火犯になったり、関係ない市民を巻き込んで爆発を起こしたり……自分の力に耐えられなくなって――死んじゃったり。


 レイジがうちみたいに特別な力を持ってるのは分かる。けど、それにしてもおかしい。


 まるで、この世界から全部を否定されてるみたいな……


 そんな考えごとを熱と痛みが中断させた。


「痛っ……!」


 未来視の副作用……いや、予兆だ。

 真っ暗な視界右に映し出されたビジョンに映っていたのは、レイジだった。胸のあたりが赤黒い液体で滲んで、窪みがある。

 その近くには同じく赤黒い液体でできた水溜まりにうつ伏せで倒れたゆらがいた。


 二人のすぐ側に、ビリビリに敗れたシャツとズボンの男が立っていた。足元には散乱した鞄、汚れた手には学生証が握られている。


『不思議な魔法を使うのかと思えば、おかしなものだった。罵声のままに話を聞くことすらままならない。まるでモンスタークレーマーだったね』

『しかし、これまた、こんな直近でここまでの幸福を得てもいいのだろうか……! 内田帝亜羅、天野レイジ、月城ゆら。ああ、充実した人生の彩り、幸福……! ありがとう。君たちに深い感謝を――』


「なに、これ」


 最悪も最悪だ。()()()()()()()()()()()()。前のうちが感じた気持ち悪さの正体がこれだったんだ。


 うちがレイジたちの依頼について行ったとき、パン屋である男を見て未来視が発動したらしい。

 今のうちの頭にその記憶はない。けど、記憶処理される前のうちが残したメモにそうあった。


『殺人鬼がいた。気持ち悪い。しかも懐かしい魔力の流れと繋がっていた』


 メモの一部にそうあった。その時のうちが見た未来の詳細までは残ってないせいで、何が起こるのかは分かってなかった。


 ただ、今見た最悪の未来、これは明らかに起こってはいけないものだ。

 でも、未来を変えるにはうち以外の誰かがいないと……


『これも世界のためだ……分かってくれ、紫』

『お前一人で何が出来る! 兼良様の言う通りにしておけ!』


 頭の中に響いてくるのは、窮屈で気持ち悪い所の、偽善的で嘘みたいな言葉。


「……」


 うち一人じゃ何も出来ない。それがずっと当たり前だって、そう思ってた。


 でも、新しい家で、便利屋で、これまでただ守られてきただけのうちでも役に立てたことはあったんだ。


 レイジとシャスティの依頼について行ったとき、二人がナイスって、ありがとうって言ってくれた。

 その前からちょくちょくレイジたち、便利屋の様子は見ていた。


 チーズフォンデュパーティーの日にレイジに会う前から、うちは新人のレイジとかシャスティを見てた。

 ちょっと、羨ましくもあった。ゆらとかはたまに遊んでたけど、うちが入る隙はないと思ってた便利屋に、新しく人が入って楽しそうだったから、ちょっと意地悪しようとしたのに、そんな気持ちが楽しく消されちゃった。


 変わるきっかけは十分、うちに勇気がなかっただけ、優しいところにいたのに昔を引きずってただけ。


 もう、うちはあの里にいた時のうちじゃない。

 うちの言葉で未来を変えられるって、もう知ってるから。


「……ふぅ…………」


 右目はまだ痛い。白い眼帯がさっきの未来視で赤くなって気持ち悪い。

 眼帯を外して、未来を見る。ほんの少し先、うちが意識的に見える限界、それを繰り返して病院から抜け出してやる。


「レイジとゆらを助ける。うちが未来を変える」


 そうしなきゃ、いや、そうしたいんだ。


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