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オルトレイジ  作者: 立木ヌエ
第二章「日常に潜む影」

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58話 話せばわかる

 久我為幸、内田先輩の仇、殺すべき敵、存在価値の無いクズ。

 それが今俺の目の前にいる。こんなの、もう殺すしかない。


 今なら不思議と感覚が分かる。俺の力の使い方が、この心臓に宿る魔法がどうなっているのかが手に取るようだ。


 カバンを投げ捨て、熱い身体を勢いのままに走らせる。段々暗くなってきた町の中で、街灯の明かりが久我を照らしている。こいつをやれとスポットライトを当てているようだ。


 ほんの少しの小麦の香りがする程に接近すると、俺は脳裏に浮かんだ言葉を口ずさむ。


「『灰よ、導け(エンデロス)』」


 俺の手のひらから灰が溢れ出し、その手の中からどんどんと伸び重なる。

 あっという間に剣の形になったそれは、灰色の刀身に黒いオーラを宿していた。


 その剣を思い切り縦に振り下ろす。灰を元にしているからか、見た目に反して軽い剣はさっと軽い音を出して久我に襲いかかった。


 久我は後ろに飛び退くと、パンの袋を道路脇に置き頭をかいた。


「危ない……! そんなものを振り回してはいけない!」

「てめぇ何言ってんだ! 何人も殺してんだろ!」


 あいつはどこまでとぼけるつもりなんだ? 先輩の死に際ですらただの会社員ですみたいな顔してた癖に、何が危ない?


 ふざけてやがる。


「レイちゃんしゃがんで!」


 後ろから切羽詰まったような声がして、咄嗟に身をかがめた。

 すると、頭を下げた瞬間にその上を三日月型の何かが高速で飛んで行った。

 髪を少し切ったそれは、久我が防御のために構えた腕に突き刺さると、肉を抉るような鈍い音を立てて消えていった。


 休憩の隙を与えぬように、俺はそれに合わせて灰の剣を振るう。

 すると、灰の斬撃が空中を勢いのままに裂いていく。久我はそれも腕で防御すると、触れた箇所がボロボロと崩れていく。


「これは……」


 そして、灰の性質を理解したのか、灰に触れた部分を切り落とした。

 チャンスにも見えるが、その判断の早さと変わらない余裕の笑みから攻撃に踏み込めなかった。


 俺は月城があまりに容赦なく攻撃をしたのを見た事で、少し冷静になっていた。


「月城! お前遠距離系だったのか!」

「んなこたー、今はいいでしょ! 今は治ってるみたいだけど、もっと冷静に!」

「とりあえずヤバそうだから攻撃しただけだし、前見る!」


 俺が一歩退くと、月城は至って普通の形状に見える丸メガネを掛け、ローファーを履いたままの状態で横に並んだ。メガネ掛けてるとこ見た事ないけど、何かの意味があるんだろう。


 ……ここまで来たら話すべきだ。目の前に脅威があるのだから、隠している余裕もない。


「あれは……詳しく言えないけど、あれは殺人鬼なんだ」

「俺、実は正体を……」


 俺が話そうとすると、月城は口に人差し指をあてて、いたずらっぽく笑った。


「今じゃなくていーよ。それに、その話はみれにすべき」

「……分かった!」


 話している間に久我の腕がほとんど再生仕切っている。そして、破れたスーツを見て何か悲しそうな目でブツブツと呟いている。

 月城は久我から目を逸らさずに会話を続けた。


「レイちゃんもよくわかんないけど、その力は使えるってことでいーの?」

「ああ、今ならなんとなく、分かる」


 俺は手元の剣を握る力を強めた。どこか懐かしく、初めて握るとは思えない。剣術をやっていた訳でもないのに、これを使った戦闘が体に染み付いているようだった。


「おっけー、とりあえずアタシはレイちゃんの後ろから攻撃しつつ、隙があったら接近する。アタシが前でたら下がってね」

「結界は出せるけど、こんな住宅街で戦う訳にいかない。近くに河川敷があるから、思いっきりそっちに押し込んでいけるか試そう」

「了解」


 月城は、手元に魔力を込め、投げ道具を強化しているようだ。河川敷はたしか北の方角……このまま久我のいる方に真っ直ぐ行ったところにある。


 久我を移動させるべく、姿勢を低くして接近の準備をした時、スーツを脱いだ久我が手を挙げ、大きな声を出した。


「すまない! なぜ攻撃されるのかは、おそらく僕のこの体の変異のせいだと予想するが、ここで争いたくはない!」


「話し合おう! 僕らは人間だ!」

 

 ……絶句した。こいつには倫理観が存在しないのか。普通の人間としての機能が欠けている。

 先輩以外にもたくさんの命を奪ってきたその手を挙げ、降参するかのように見せている。


 まるで、自分は被害者とでも言おうとしている。


「こいつ……!」


 激情が溢れ出る。だが、落ち着かないと、こんなところで戦うわけにはいかない……!


「……じゃーさ、河川敷に行かない?」


 月城が手に持った得物で久我の後ろを指すと、久我はにこりと微笑んだ。


「ああ、いいとも、いやぁこのパン屋に何かあったら困るからね。僕としては、日常の楽しみが一つ消えることは避けたい」


 白々しい。だが、完全に嘘をついているようにも見えない歪さが気持ち悪い。

 久我は路肩に置いていたパンの袋を手に取り砂埃を払うと、破れたスーツも折りたたみ、その腕に抱えた。

 大きく膨張した腕はパンの袋が小粒に見えるほどで、余計振る舞いの異常さが目立つ。


 ……あいつは何故あんなことになっている?


「では、行こうか」

 

 優しく、丁寧に、ゆっくりと久我が言った。久我の異常な四肢に関して、ひとつの予想と、そうとは思えない理由が頭を巡る。


 あの腕はマンイーターのそれと似ている。だが、久我は異常者とはいえ、理性を持ち、社会に溶け込んでいる。

 マンイーターの異常個体とかなのか?なんで今あんな事になっている?


「ほらレイちゃん、行こう」


 月城が静かに囁いた。俺は頷くと、歩き出した久我が周りに被害を出さないよう、自分が反応できる限界距離を保ちつつ歩き出した。

 すでに日が落ちた町、静かな道を三人は歩く。


 ピンと貼られた緊張の糸が震え、いつ切れるのかと落ち着かなかった。





 町を歩く間、久我は不自然なほどに落ち着きを保っている。

 それどころか、日常会話をこちらに振ってくきていた。


「いやぁ、よかったよかった。さっきは殺されてしまうかと思ったよ。なんとなくだが、君たちはこの僕の腕について何か知っているんだろう?」

「実は先ほどパン屋から出た時突然このようになってしまったんだ。なにか未知の病気とかだと困る……あ、感染するようなものなら君達も危ないのか!」


 後ろからでも分かるほどの愛想のよさ、その笑みに吐き気がする。

 月城もその歪さにひりついた空気をまとっている。


「あのさー……あんた状況わかってそれ、やってんの?」


 しびれを切らしたように月城が詰める。

 手に握られた三日月を今にも投擲して、久我の首を刈り取りそうだ。


 久我は歩きながら月城の言葉にうーんと唸る。そして異形と化した手の人差し指を立てると、それを自身に向けた。


「それは、僕が明らかにおかしい。そう言いたいのかい?」


 久我はそう言いながら振り返る。相変わらず張り付いた笑顔、しかし、これまでとは何か違う。


 まるで地雷を踏みぬいたような……俺はその違和感に体を締め付けられるような冷たい空気が当たったような気がした。

 剣先を久我に向け、戦闘に入っても大丈夫なように注視した。


「心外、だなあ」


 久我が続けて放った言葉はこれだ。おまけにやけに悲しそうに目を伏せている。

 だめだ。こいつの一挙手一投足に意味を求めるな。異常者の振る舞いに揺さぶられてはいけない。


「僕はただ幸福を享受したいんだ。普通でいたいんだ。それを普通じゃないだなんて……」

「そんなの、悲しいじゃないか」


 そう言うと、久我はまた前を向き、歩き始めた。しゅんと肩を丸め、まるで本当に悲しんでいるかのように。


 ここで俺が何か口にすれば、歯止めがきかなくなる……抑えろ。もう少しで河川敷だ。結界さえ張れば、周りを気にしなくていい。


「あくまで自分は一般人だって言いたいんだ」

「……ふざけんな」


 月城が呟く。それと同時に目の前に土手が見えた。あれを越えれば、決戦の場に到着する。


「おや、もうすぐ着くね。どうだい? 川辺に座ってパンでも食べながらお話しないかい?」

「……言い訳は聞いてやる。でも、なれ合う事はない!」


 久我の妄言にそう答えると、土の壁に敷かれた石の階段を上る。俺達はついに河川敷へとたどり着いたのだった。


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