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オルトレイジ  作者: 立木ヌエ
第二章「日常に潜む影」

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56話 並び立つ

 九月ももう中旬だが、日が出ている間ならまだまだ暖かく、私は少し着込んだことを後悔しながら、便利屋の扉を開く。

 綾崎と名前が貼られたロッカーに鞄を置くと、同じロッカー内に入っていた魔道具を手に取り、無心で撫でていた。


「はぁ……」


 今日もまたため息。それ自体は特に珍しいことでもなかったけれど、私にとって重要なのはその原因だった。


「話すつもりは無さそうね」


 レイジ、最近の彼は明らかにおかしい。時折いや、ほとんどの場合、その目の光が薄れているように感じる。

 受け答えはかろうじていつもの少しツッコミ気質で、たまにふざけて、皮肉の混じるような感じを出している。


 でも、まるで隠せていない痛みが、嘘が溢れ出ている。

 まるで、気づいて欲しい様な、助けを求めるような叫びが聞こえてくるようだった。


 今日だって来夜先生を探していたけれど、課題について聞きたいだとか、そんな平和な様子ではなかった。


「私は、私たちは信頼できなかったのかしら」


 レイジはマンイーターに襲われた後、病院で自分に意味が欲しかったと言っていた。

 私も自分がその時思ったことをぶつけて、それで、仲間としていっそう良くやって行けるようになったと思っていた。


 ゼダとの戦いも、悪魔式が発動した時も、私は彼を信じて託した。


 彼の方は、そうではなかったの?そんなに頼りなかった?

 便利屋は弱々しく見えた?


「……」


 また、これだ。不意に現れる弱い私。

 私は強く在らなければならないのに。


 もっと踏み込むべきなの?レイジの心に踏み込むべきなの?


 ……しっかりしろ。このままじゃ、何も変わらない。

 ひとまず今日の仕事に向けて切り替えるべきだ。


「――美玲」


 後ろから小さな声が聞こえた。


「紫?」


 紫の声だ。便利屋の方に来ているのは珍しいが、ここ最近はよく顔を出していた。

 何か依頼の話をしてもらおうとしているのかしら。


「どうしたの? 何か――」


 振り向いて、その右目を見ると言葉を失った。

 ――目元から血が出ている。明らかにおかしい量だ。


「紫!? どうしたの? ひとまず止血、でも目元からとなると塞ぎづらいわね。いや、眼帯になるようなものがあれば……とにかく病院に」


「これは大丈夫。副作用」

「副作用……?」


 紫は目元を服の裾で拭うと、もう片方の手で私の手を握る。

 体温が高い。


「詳しく説明するには時間が惜しい。うちは、無理やり未来を見た」

「それで、また一号……レイジが、町が危ないって」


 未来を?また?突然の事で少し混乱したけれど、その必死の目を見れば嘘でないことは分かる。

 今重要なのは、レイジと町が危ないということ。


「私はどうすればいいのかしら」


 行動あるのみだ。身を削って訴える人を疑うことはない。

 私は紫を信じる。


「レイジが危ないのはそうなんだけど、でも、他にも危ないことが起こっちゃう。だから、美玲はレイジが出来ないことをして」

「……それは」


 レイジが出来ないこと。逆に言えば、レイジがやらなければならないことがあるということ。

 私はスマホのメッセージ履歴を見る。


 相手はゆら。ゆらからはレイジの様子がおかしいこと、そして執拗に殺人事件を追っていることを聞いていた。

 ゆら自身も調べてたもののようで、ある会社の魔術の罠がないなどかを調べて欲しいと言われた時は、また危ない橋を渡っていると思ったけれど、必死に頼み込まれて協力した。


 いや、レイジが調べていること、隠していることを私も調べたかったという方が正しいかもしれない。


 そして、ゆらの話を聞く限りで私は一つの可能性にたどり着いていた。


 レイジは内田先輩の事件を追っている。


「痛ッ!」


 突然、紫は右目を押さえ込み、うずくまってしまった。


「大丈夫!? 話は気になるけれど、やっぱり病院に行くべきよ。話なら連れていくまでに聞かせてくれればいいわ」

「だめ! 今からなんとかしないと、町が……!」

「町が、どうなるの」


 紫は呼吸を整えると、私の手をより強く握りしめた。


「町が、あの、化け物だらけになっちゃう……!」


「化け物……マンイーターのこと?」


 なぜマンイーターのことを知っているのか。レイジとシャスティの依頼について行った時の記憶は書き換えられたのではなかったのかしら。


「それは、予言のようなもの?」

「うん、未来が見えた」


 私は救急箱を持ってきて、紫の目元にガーゼを当てながら、どうするべきか、選択を間違えないように考える。

 今知るべきはそのタイミングね。


「それはいつの話なの」

「明日の18時くらい。もうなにかの魔法か魔術で準備されてる」

「もう一日しかないじゃない……!」


 時計を見ると針は、16時半を指している。時間がない。紫自身もその準備がなんなのか分かっている訳ではなさそう……そうすると、どんな方法でそのマンイーター大量発生が行われるのかを検討する時間も必要になる。


 それに、私を頼ってきたことにも理由があるはず。


「警察だけじゃ対処しきれないということ?」

「数が多すぎる。少しでも出てくる量を減らさないと……」


 紫はまだ目の痛みが消えないようで、全身から汗が溢れ出ている。

 これ以上無茶させられない。


「魔法だった場合、使い手本人を叩かないといけない……けれど、そもそもそこまでの広範囲で魔法を使えるものは少ない。これまでに仕掛けてこなかった……準備が必要な時点で何か術式的な、儀式的なものが必要になる。――おそらく魔術ね」


「それでも高度なものになる……マンイーターが現れるというのも一体どういう……」


 そこまで考えた時に一つ思い出した。


「アルトは突如現れたと言っていたわね……それと同じロジックかもしれない……!」


 その魔術がなんであれ、痕跡があれば解析して止めることが出来る!


 私が魔術で遅れをとることは無い。私が止める!


 その時、ロッカールームの扉がまた開いた。勢いよく開いた先には、見慣れた奴の顔が見えた。


「おう! 何か手が必要そうだな! 俺の手はいつでも空いてるぜ! レイジはなんかやってんだろ? 俺達は別働隊ってことだな!」

「私もなんだか暇でね。少し任せてくれるかな」

「陽樹! 所長!」


 陽樹は腕をブンブンと振り回しながら入ってくる。

 所長は紫を見ると、どこか悲しそうな目をしながら、優しく背負う。


 いつから話を聞いていたのかしら。でも、今はどうでもいいわね。


「私はまず紫を病院に連れていく。二人とも事務所の使えるものはなんでも使うといい」

「わかりました」


 所長が部屋を出ると同時にちょうどスマホが光る。ゆらがメッセージをくれた。なにか魔術理論が記されている紙の画像だ。

 これは古代魔術……転移、なるほど。レイジが見つけたのね。


「陽樹、急ぎよ。これに似た物が町に刻印されているはず、私の魔道具を貸すから出来る限り発動しないように削ってきて」

「どこに刻印されているか分からないけれど、周りごと壊れないようになっているはず……隠しやすい場所、軽く叩いておかしいと思った所を疑いなさい」

「任せろ! 俺は勘がいいんだ!」


 陽樹は画像を見るとすぐさま飛び出していった。あいつのスマホにも画像を共有すると、さらに人がやってきた。


「綾崎、それは俺にも出来ることか」

「グラムさん! そうね、グラムさんって結構魔法出来るんですよね。これに似た術式を無効化できますか」


「ほう、任せろ。術式ならば刻印液を炙り出してやる。俺は火加減の調節が得意だからな」

「レイジの野郎、この前俺の料理を食ったってのに笑ってなかったんだ。無理やりにでも食わせて美味いって言わせてやる」


 それだけ言って、グラムさんもすぐに出ていった。


 おそらくレイジの方は今も事件の黒幕を追っている。ゆらは多分そっちにいるはず。

 私はシャスティにも急いで連絡を入れると、魔道具箱を手に取る。


「全部終わらせてからレイジに反省会を開かせてやるんだから」


 レイジに便利屋を頼れって、私たちはこんなに凄いって再教育してやるわ!

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