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オルトレイジ  作者: 立木ヌエ
第二章「日常に潜む影」

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55話 懺悔

「まず、どこから話すべきかな……長くなっちゃうけど、出会いから話した方が分かりやすい、かな」

「私とティアラが出会ったのはあの子の両親のお葬式だった――」


 先生がその硬い口を開く。


 隠していた秘密をゆっくりと解き明かす。

 その目に移るのがどんな感情か、俺は考えたくなかった。





 たぶん、私がティアラを初めて見たとき、あの子は気づいてなかった。ちゃんと話したのはあの子が家に引きこもってからだったから。


 あの子の両親はそろって魔道研究家でね。由緒ある家とか関係なく、熱心に研究に取り組むすごい人たちだったの。


 私は二人と家で付き合いがあって、よく勉強を教えてもらってた。頭がよくて、すごい上手に勉強を教えてくれたな。

 当時引っ込み思案で、人と話すのが苦手だった私にとって、二人はお兄ちゃんとお姉ちゃんみたいなものだったの。


 ティアラが生まれてからは、私も二人も忙しくて会わなくなっちゃって、最後に会った記憶が薄れたまま、気づいたら二人は殺されて、お葬式に立ってた。


 二人に憧れて教師になったのに、それを話すことなくいなくなっちゃった。


 その時に見たティアラは、泣いてなかった。まわりの酷い言葉にも一切反応してなかった。

 私は悪い人たちの口をふさぐことも、ティアラを地獄から連れ出すことも出来なかった。


 それからたびたび、家の前に行ってみたの。

 もしかしたら、私が昔やってもらったみたいに、魔道を教えてあげて……優しく話しかけられたら、支えになれるんじゃないかって期待してたから。実際に話しかけることができたのは、何日もたってからだけどね。


 それからは、暇なときはティアラの家に泊まりに行ったり、学校にちょっと連れ出したり、遊びに行ったりした。

 最初は心を開いてくれてないなって思ってたけど、すぐに仲良くなれた。


 多分、あの子は本当は人懐っこくて、ころころ笑う子だったのよ。でも、あの家の特異性が、魔道の背景が、それを押し殺した。


 それで、よく話すようになって、あの子の立場、古代魔術の伝わる家としての状況が分かっていった。


 私が二人によく勉強を教えてもらってた時は分からなかったけど、内田家は魔法至上主義とたびたび対立していた。


 古代魔術は現代魔術の原型とも言われるから、標的になることはおかしくない。実際には魔術的だけど魔法に近いっていうのに、あの人たちはそんなの知ったことかって、寄ってたかってたたくのよ。


 おかしいでしょう?ただの女の子が、少し魔道の歴史を持った家に生まれただけで、不幸になっていいの?


 そんなわけないでしょう。


 だから、少しずつ思うようになった。


 古代魔術、その技術さえ普遍化すれば、あの子も解放されるって。





「そこから、あの子の家に行くたび、古代魔術について門外不出なものや、あの子以外扱えないとされるものを頑張ってかみ砕いて、現代の体系に近い形で再構築できないかとか、いろいろと模索したわ」

「でも、古代魔術はそう簡単ではなかった。単純な魔術的システムの違い、魔法的素質の関係を知れば知るほど、なぜ解明されないものが多いのか、どれだけティアラが天才だったのかが分かった」


 机に置かれた先生のこぶしは震え続けている。

 涙をこらえ、必死に崩れてしまいそうな声を上げている。


「私じゃ、凡人じゃ届かないの」


 先生は顔を上げる。諦め、後悔、しかし尽きない愛の執念が感じられる瞳に息をのんだ。


「……研究に行き詰ったとき国の図書館で、あるおじいさんと出会ったの」

「おじいさんは、古代魔術に詳しいみたいで、身分は教えてくれなかったけど、すごいオーラをしてた。多分相当位が高い人ね」


「ティアラ以外、解読できそうになかった魔導文字も、それに伴う構築法も、私が分かるレベルでかみ砕いて説明してくれたわ。それで、これを研究会社に見せれば、古代魔術は社会に有用になるって、理論をそのままくれたの」


 おじいさん、久我の共犯者だ。そうに違いない。

 そいつは先生にあらかじめ接触して、古代魔術の流出を誘導していたんだ。


「それで、それをある会社に流してみた。情報元の秘匿を条件に、理論を提供するって言ってね」


「すると、みるみるいくつかの魔術は解明された。でも、その矢先だった。ティアラが殺された」


「提供した魔術の中で、あの子の屋敷に侵入できるようなものは転移魔術。おじいさんは難しいものだと言っていたけど、できないとは言っていなかった。多分それで屋敷の防衛術式を突破したんでしょう」


 言葉をかけることができない。あふれ出る言葉を聞くたび、果てしない怒りと、焦燥がぶつかり合う。

 俺はこの人を恨んでいるのか?恨むべきなのか?


「あの子を殺したのは私も同然よ。おじいさんが何者だとか、そんなのは直接の原因じゃない。私が愚かだったの。全部、全部!」


「先生……」


 先生のリークが手段になったことは確かだ。

 でも、先輩を殺したのは久我で、その準備をしたのはおじいさんとやらだ。


 先生は久我とおじいさんのつながりを知らない。あの会社で聞いた内容的にも、おそらく魔法至上主義者とやらは表向きにばれないためのダミーだ。

 俺が見ただけでも、久我は周りを利用して狡猾な罠を仕掛けるような奴ではない。


 となると、「おじいさん」こそ、すべての元凶なんじゃないか。久我を捕まえることは前提だが、おじいさんの方にも何か目的がある気がする。

 先輩の王核を持ち去るために久我を利用した、とか。


「私はどうしたら、この罪を償えるの」


 先生が俯きつぶやく。俺に向けたものじゃない。自問自答の言葉のようだ。

 でも、俺はそれに応える。


「……先生がどう罪を償うかは、自分で考えてください」

「転移の古代魔術が使われたのはほとんど確定でしょう。あなたの行動が、先輩を死にいたらしめた」


「俺はたぶん、許すことができない」


 先生はうつむいたまま、頷いた。


「俺は、あなたのためじゃなく、先輩のために、俺のために犯人を捕まえます」

「だから、その罪を話してくれたことに感謝します」


 先生が俺を見た。そして、自分のすべてを託すように一つの紙を取り出し机に置いた。


「これは、私がもらった理論の一部。あと、ひとつだけ」


「おじいさんは、過去視に関してだけ言葉を濁したの。これは再現しようがない、する必要すらないって。それで『未来が保証されていれば、過去への後悔なぞ起こりようがない』って言っていたわ。完全に憶測だけど、過去視が関係ある人なのかも。魔道に詳しい上層で過去視に関係がある人……私には分からないけど、少しでも手がかりになるのなら」


「私の贖罪として、受け取って」


 その紙には転移の古代魔術についての理論と思われるものが書かれている。


「わかりました」


 それだけ言って、俺は先に部屋を出た。

 すると、アルトがドアの横に寄りかかっていた。


「……用事があった訳ではないんですか」

「後で確認するとは言ったけど、別に何かするとも言ってないよぉ、ちょっと今聞きたくなってねぇ?」


 アルトは耳につけたイヤホンをこんこんと指で弾くと、それを外した。


「それよりも、彼女、危なかったねぇ」


 危なかった?どういうことだ。


「もし、彼女が黒幕と契約でもしていたら、情報が手に入らない。もしくは話した瞬間に死んでたんじゃないかな?」

「……!」


 そうだ。これだけ周到な計画を立てるような奴が契約という手段を用いない訳が無い。


「でも今なんともないってことは、契約はない?」

「そうだねぇ、何故かっていうのは分からないけど、まぁあえてこじつけるなら、契約をしたら魔道の縁が出来てしまって足がつくから、とかかなぁ」


「それか――あえて契約をするほどにこちらを警戒していないか」


 俺たちも、リエンドも、敵じゃないと考えている?なんて傲慢な奴だ。

 そう考えた時、一人の人間が頭に浮かんだ。


 余裕な態度で、全てを見透かしたように、計画のうちだと笑ってみせる男。


「まさか、ゼダ?」

「どこかに絡んでる可能性はあるねぇ。おじいさんとやらも、もしかしたらゼダの人形かもしれない」

「となるとぉ、ボクも本腰入れて調査しないとねぇ?」


 アルトはそのニヤケた顔をさらに強調するかのように高揚した声で言った。


「だからぁ、これからはボクからの協力依頼ということで、ゼダに関する可能性のある情報の共有を約束しよう」

「契約は必要ない。ボクたちの目的が同じだろうし、ボクとレイジ君の仲だからねぇ」


 何を考えているかはまたさっぱり分からない。でも、この人たち特務第一はゼダを追うことが目的だ。その可能性のあるものにならリエンドの統制関係なく動けるということなのか。


「じゃあ、遠慮なく利用していいんですか」

「それはお互い様だねぇ」


 俺はアルトと握手した。そして、すぐさま月城に電話をかける。


「……月城、ある情報を手に入れた」


 久我を捕まえる。その時が近づいているんだ。

 この胸の衝動を、ぶつける時が。





「餌がかかったな」


 畳が敷かれ、障子から日差しが差し込んでいる。

 壁にかかる水墨画は素人目で見ても高い価値を感じるほどに厳かである。


 髪のない老人はシワの多い顔を更にグニャリとゆがめ、とっくりをかたむけた。


「あの異常個体は本当に役に立つ。まさか王核が手に入るとは」

「それに……レイジ、奴があそこまで食いつくとは。これならついでに排除することが出来るやもしれん」


 すると、近くに置かれていた大きな盃の水面が揺れた。

 水面には白と黒の頭をした男が写る。まるでタイミングを見計らっていたようだ。


「随分と楽しそうだな?」

「何の用だ人形遣い。まだ現界出来んのだろう。話すことは無い。去ね」

「まぁまぁ、いいじゃないか。せっかく私のマンイーターが役に立っているんだ。そう邪険にするな」


 白黒男は、そう言うと何やら手を動かす。すると人形が赤い液体の入ったワイングラスを持ってきた。


「まずは王核を手に入れたことを祝おうと思ってな。長殿?」

「……ふん、いいだろう。事実マンイーターは役に立った。ほとんどがワシの策あってこそだがな」


 眉間に皺を寄せ、老人はとっくりを掲げた。


「それで構わん。こちらは上質な人形さえ手に入ればいいからな」


 白黒男もグラスを傾け、匂いを楽しんでいるようだ。


「人形狂いめ」

「なんとでも言え」


 二人はそのまま険悪な雰囲気のままで乾杯する。

 おぞましく、重い空気をものともしない。


 そこに常人はいなかった。

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