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オルトレイジ  作者: 立木ヌエ
第二章「日常に潜む影」

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54話 先生として

 シャスティと深夜に話したあと、俺は部屋に戻ってぐっすり眠ることが出来た。

 深くは聞かないと言ってくれたシャスティのためにも、真相を解き明かして、みんなに話さないと。

 今日は学校で調べなきゃいけないことがある。まずは休み時間にミラ校長の元へと向かった。


 校長は研究室にいた。少し話がしたいというと、すぐに通してくれた。


「古代魔術、か。内田さんに教わろうと思っていたと」

「はい。それで、この本を事前に借りていたんですけど、先生は過去視とか転移とかはできますか?」


 校長に聞きたかったのは古代魔術についてだ。未来視は紫の説明してくれた感じでは、捜査に使えない。

 だが、過去視が使えるとなれば、すべてがうまくいくことに気が付いたのだ。会社潜入よりも前に考えるべきだった。


「うーん、答えは部分的にできうる、かな」

「部分的に?」


 校長は本のページをめくりながら、あっさりと言った。


「私もティアラちゃんとは交流があったし、見せてもらったことがあるけど、過去視に関しては彼女の専売特許みたいなものでね。どれだけ説明されても同じような効力を持たせられなかった。できて数秒前しか見れない。それでも十分すごいけど、彼女のを見ちゃうとね、まだまだだ」


「次に部分的にできうるという点。転移とかはできる人もいるはず、というのがわたしの見解。転移も難しいし、わたしもできないんだけど、たとえば、リエンドってあるよね。あそこの偉い人とかは魔道の腕もけた違いだから使えるでしょう。ほかにも歴史のある魔道機関とか、ルディアに仕える魔道卿だとか、あとは長く生きている個人の魔道士あたりができると思う」


 転移は使うことが可能。先輩の記憶の中で久我が言っていた「おじいさん」とかいう老人ならば可能なのではないか?それに、パン屋で出会ったマンイーター、アルトの話では突如現れたと言っていた。これも転移なのではないか?


 重要な情報を手に入れることができた。


「ありがとうございます。自分でも頑張ってみようと思います」


 校長は俺がそう言うと、少し笑う。しかし、下がった眉はその口元とは対照的だった。


「うん、そうしたらいい。わたしも、彼女のことはまだ信じられていないけど、生きている者が忘れずに前を向かないとね」

「――はい」


 生きている者は前を向かないと、その言葉が鋭い矢のように突き刺さった。





 放課後になると、俺はもうひとつの件について直接聞きに行くことにした。


 来夜先生のもとへと。


 俺は隣にある二組のドアを開く。中を見渡したが、どうやらいないようだ。また学校に来ていないのか?


「あら、レイジ、どうしたの」


 ちょうど帰るつもりだったのか、美玲が鞄を持って近づいてくる。


「ちょっと、来夜先生に用があって、まだ学校には来れなさそうなのか?」

「それなら、今日は来ていたわよ。ただ、帰りのホームルームが終わるとすぐに小走りで職員室に行ってしまったわ」

「小走りで……分かった」


 職員室か。そのまま用事があるとか言ってすぐに帰ったりされてたら困るな……俺も急ぐか。


「レイジ」

「ん?」


 美玲が声を掛けてくるが、俺が振り向くと顔を背けた。


「いや、いいわ。じゃあまた」

「おう」


 このところ、こんな感じが多い。美玲が何か引っかかっているのは明らかだ。でも、毎回踏み込む一歩前で退く。

 罪悪感はあるが、シャスティと約束した。だから、後で必ず訳を話そう。そう考えると、少し気持ちが和らいだ。





 職員室へ着いた俺は、すぐにドアをノックしようとした。

 拳がドアに触れる瞬間、ガラリと勢いよく開き、中から来夜先生が飛び出してきた。


 ぶつかりそうになり、慌てて避けると、先生の方もなんとか急ブレーキで立ち止まれたようだ。


「先生、そんな急いでどうしたんですか」

「あ、天野君、あーごめんね。ちょっと急いでて――」

「なんで急いでるんです?」


 すぐに立ち去ろう先生の言葉を遮り、前に立つ。

 先生はおどおどと目線を合わせようとしない。


「そう、だね。内田さんの件について、私がやらないといけない事があって」

「先輩、親戚いなかったらしいですもんね」

「……なんで知ってるの?」


 先生は足を止め、俺の目を直視する。俺はそのまま続けた。


「先輩に聞きました。両親のことや、魔法至上主義との対立のこと、先生がそんな先輩に寄り添ってくれたこと、それに――」

「――嘘よ」


 先生が急変した。俺の方を普段の穏やかさからは想像もつかない程に睨みつけている。


「あの子が、ティアラがそんなことを、会ったばかりの子に話す訳ないでしょう。誰よりも苦しんでいたあの子が……!」


 しかし、すぐにハッとしたように髪を直すような手つきをすると、表情に穏やかさが戻る。


「ご、ごめんね。ちょっと言い過ぎちゃった……とにかく、私はやらなきゃいけないことがあるから」


 また、離れようとする。


 やっぱり、先輩の死になにか関係があるのではないか?

 俺は、ほとんど確信していた。


「先生、俺、聞きたいことがあって職員室に来たんです」

「私に? 少しなら聞いてあげられるかもだけど、急いでるから……」


 なおも何かを隠した様子の先生に、俺は静かに、低く問いかける。

 こっそりと、ほかに聞かれないように小さく、しかし確実に聞こえるように。


「先生が古代魔術を外に流したんですか?」


 空気が固まる。俺と先生以外の時間が止まったようで、耳鳴りがする。

 先生の顔は青ざめ、全身が震えている。呼吸が荒くなり、ふらふらとその場にへたり込んでしまった。


「な、なに言って、何を、なんで知っているの」

「本当だったんですね。とりあえずここで話すわけにもいかないので、ついてきてくれますか?」


 俺は激情を持ちつつ、嘘のように冷静だった。すらすら出てくる言葉が先生を傷つけるかもとか、そういうことも気にせずただ、真実を求めていた。

 燻る感情が消えたわけではない。ただ、その出力の方向が違うみたいだ。


「……」


 先生は俯きながらも頷く。俺は先生の手をとると、立ち上がらせた。まだ体は震えている。


「知り合いにいい隠れ家を持っている人がいるんです」


 こんなにも早くまた頼ることになるとは思わなかったが、使えるものは使う。

 そう決意したのだ。


 俺がスマホで連絡すると、すぐに返事が来た。昨日交換しておいたアルトの連絡先だ。

 根拠はないが、あの人はまだ俺を監視している気がする。ゼダが俺の排除命令を契約で請け負っていたことや、俺が王核持ちであることから、放っておくことはないはずだ。だからこの反応の早さなんだろう。


 問いただしたいこともあるが、今は都合がいい。


 アルトは初めて出会ったアパートにいるというので、先生を半ば引きずる形でアルトの元へと連れて行った。





「おやぁ、レイジ君、最近よく会うねぇ。今度は大人の女性かい?」


 アパートの前につくと、壁にもたれかかったアルトがいた。俺と先生を見るなり軽口を開くが、俺はそれを無視した。

 先生は生気を抜かれたかのように立ち尽くしている。何とか一人で立っているが、その目はうつろだった。


「アルトさん、隠れ家貸してください」

「また無視とは困ったなぁ。それに、ボクは直接手を貸さないって言ったはずだけど」

「どうせ、何か目的があって動いてるんでしょう? 俺のことだって監視しているはずだ」


 勘でしかない。駆け引きでも何でもない一言だった。

 アルトがそれを見透かしているかはわからないが、いつものように怪しく余裕を感じる笑みを浮かべると、親指でアパートの一室を指した。


「このアパート、実は全部うちのなんだよね。防音もばっちりだし、使うといいよ」

「会話内容は聞かせてもらうけど、便利屋には漏らさない。契約してもいい。それでいいなら、貸してあげよう」


 アルトはズボンの後ろポケットから部屋の鍵の束をとりだすと、くるくると回す。


「わかりました。アルトさんなら契約をすぐにできますよね」

「もちろんさぁ。じゃあこれ」


 アルトの手には以前にも見た契約書がひらひらと揺れている。

 やっぱり、事前に用意してたみたいだ。

 先生にばれないように万一何かあったら、戦力として協力してほしいというと、アルトはそれなら君はもう大丈夫だと言った。


 俺は契約を交わすと、先生を連れ部屋のドアを開いた。アルトはあとで内容確認すると言って、どこかへ行ってしまった。


 入ってすぐにキッチン、横手には風呂場と洗面所、トイレなどがあり、奥の部屋の中は畳が敷かれ、机が部屋の中央にあるだけの簡素なものだった。


 俺が机の片側に座ると、先生も机を介した反対に静かに座った。


「色々と急ですけど、さっきの人が言っていたように防音です。それに、このことは俺とあの人以外には漏れません」


 先生はまだ俯いている。俺はそんな先生を見つめながら続ける。


「話してください、先生」

「……俺はただ、先輩を殺したやつを捕まえたいんです」


 先生がゆっくりと、顔を上げ、俺の目を見た。その目はまだ揺れている。

 まるで縋るように、それをためらうように、そんな風に口をぱくぱくと開けては閉じる。


 しばらく繰り返した後、深呼吸をすると、乾いた音で喉を鳴らした。


「なんで、わかったの」


 絞りだした声は、俺の想像とはまるで違った。泣き出しそうで、上ずった、そんな小さな声だ。


 ――この人は先輩の敵じゃないのか?


「先輩の古代魔術です。もう使えないけど、先輩の最後の術式を俺がなんとか使いました」


 古代魔術は扱える魔道士も少ない。そのうえ、過去視はとくに難しいようで、先輩が残してくれた本だけではその構築を解読できそうになかった。

 前に先輩が残した本を読み、即興で発動させることができたのは、先輩がその原型を薄く残してくれたからだろう。


「そう、あの子の。詳しくは聞かないけど、信じる……私が古代魔術を流したのか。だったよね」


 すぐに納得してくれた。いや、違う。


「そう。私が古代魔術に関してあの子の家から技術を持ち出したの」


「だって、古代魔術がありふれたものになれば、あの子は普通になれるでしょう?」


 この人は抑えきれなかったんだ。だれかに打ち明けたかったんだ。

 先生は、先輩の敵じゃなかったんだ。

 俺は、勘違いしていたのか。


 先生はスマホを取り出した。壁紙には少しむくれた様子の先輩と、満面の笑みを浮かべた先生が二人並んでいた。


 真相を知ることが一層つらくなるのが、わかってしまった。


 先生は、順を追って話し始めた。

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