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オルトレイジ  作者: 立木ヌエ
第二章「日常に潜む影」

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53話 俺の思い

 会社の潜入調査も終え、家に帰るとすぐにベッドに横になった。なぜか恐ろしいほどに体が疲れたからだ。

 ジェームズによる封印解除の影響とかか?結局、漠然と力について理解はしたが、それもひどくあいまいなものだった。


 まず、存在否定……これはたぶんあってる。灰化の能力もこれの派生だと思う。そして問題は存在否定という根源、それを他にどう活用できるかだ。

 ジェームズは代償が存在すると言っていた。使ってみようといって簡単に練習できるような代物でもない。それに、激情の封印もいつまでもつかわからない。冷静に、確実に久我を倒すには時間も足りない。


「ひとまずは明日……」


 会社員の言っていたことから気になることがある。

 今考えていることが真実なら……真実であってほしくはないが、かなり重要な手がかりになるかもしれない。それを知るためにも、普段通りでいるためにも学校に行かなきゃいけない。


 眠ろうとしたとき、脳裏に映像が流れた。


『レイジ君、気持ちは分かるが、リエンドが動いている以上、個人で関与することは不可能だ』

『ならいいんだ。私にもう少し力があれば、君たちの願いを叶えられたろうに、申し訳ないな……』


 所長は自分たちが動けないことを特に強調していたように思える。魔法至上主義との対立があった所長にとって、今回の事件がその思想に関係あるかは知りたい可能性がある。でも、身勝手に動けないことを受け入れようとしていた。


 俺はそんなあの人の、大人としての判断を裏切っている。


『レイジ! メシ食おうぜ!』

『天野、まだ気持ちに整理がついていないかもしれないが、こいつみたいにとまではいかん。もう少し元気を出せ』


 陽樹とガレスはいつも通りでいるために、変わらないいつもを過ごしていた。ガレスも内田先輩と面識があるわけではないが、気を使っていたように見えた。そんな二人のやさしさはあたたかい。


 俺はそんな前を向くやさしさを裏切っている。


『……レイジ、あなた、大丈夫なんでしょうね』

『なにがって……まぁいいわ。悩みがあるなら話しなさい』


 美玲は、俺のおかしさに気づいていたようだった。会社へ向かう前に便利屋に戻った時、俺を見て声をかけたあの目には何か探るようなものも見えた。俺が何かしようとしていることに気づいているかもしれない。それでも、問い詰めずに俺から話すことを待ってくれたのかもしれない。


 俺はそんな俺個人への尊重を裏切っている。


 月城にいたっては、完全に利用している。俺はこいつが苦手だが、仲間だということに変わりはない。事件について質問した時は少し間を感じたが、調査に協力してくれている。さらに俺が暴走しかけたとき、全力で止めてくれた。


 俺はそんな無条件の信用を裏切っている。


「……」


 だめだ。眠れない。どうしようもなく、心がざわつく。

 何か食べるか。音楽を聴こうか。羊でも数えるか。そんなのは気休めにもならない。


 根本の悩みを解決するためにみんなに真実を話すか?そうすれば、気が晴れる。解放されて眠れるかもしれない。


 ――いや、この事件の裏に王核やジェームズのいう大きな事件が潜んでいたら、みんなを危険にさらしてしまうかもしれない。

 では、事件を追わないのか?そんな選択肢もない。先輩のためにも、遠い先の自分自身について知るためにも、魔道の正しい使われ方のためにも、俺はこのまま進む。


「歩くか」


 悩んだ末に少し散歩することにした。九月も半ば、ある程度涼しいし、いい感じに歩けば眠れるかもしれない。


 俺はそう考えると、学校のジャージに着替え、部屋を出る。少し水を飲んでから出ようと思い、階段を降り、事務所の共有スペースにある冷蔵庫に向かった。


 ……なにやら明かりが見える。


「あれ? レイジ?」


 そこにはソファの上で膝を抱えてテレビアニメを見ているシャスティがいた。





「なにしてんだ?」

「何してるって、アニメみてんの! 毎週リアタイしてて……それより、そっちこそ何してんの?」


 共有スペースに繋がってない外の階段から帰ったからこいつに気づかなかったのか。それにしても、人に会いたくないタイミングで現れたな。


「……寝れないから散歩行こうとしてたんだよ」


 嘘ではない。でも、根本に嘘がある。こいつにはまだ個人的に嘘をついてはいないが、便利屋全体を利用しようとした俺にとって、心のもやの対象になる。


「ふーん。夜更かしはよくないよ」

「美玲みたいなこと言うなよ。ってかお前もだろ」

「えへ、たしかに」


 シャスティは膝に頬をのせて笑った。


「ともかく、俺は散歩してくる。ここには水飲みに来ただけ。じゃあな」

「……待って」


 気まずくて急いで水を飲んで出ようとした俺を、シャスティの手が引いた。


「なんだ……?」

「あの、さ」


 俺は振り返らずに出ようとしたが、強く手を握られてしまう。


「嘘、ついてるでしょ。みんなに」

「……!」


 こいつ、何言って。


「わかるよ。なんか様子が変だし……私も嘘ついてたもん。罪悪感でどうしようもなくて、でも話して楽になることができなくて」

「目的のためだって思ってても、どうしようもないよね」

「今日聞いた亡くなった先輩って、便利部に入る予定だったんでしょ? おととい、陽樹が、レイジと先輩が使った魔法が変だったって言ってたよ? それで何か知ってるみたいだったから、二人で家に行っちゃったって」


 だんだんと握る力が強くなる。手があたたかい。


「なにか、あるんでしょ? でも、考えがあって、話せないんでしょ? だから……何かあったら、共犯者になってあげるから、抱え込まないで」


「な、なんで」

「なんとなく、私とレイジは似てる気がするから」


 そんな、ふわふわした理由で?理解できない。


「でも、ひとつだけ質問」

「私たちに嘘をついてるのも、それは目的のためで、必要がなければ正体を隠すこともないよね?」


 そんなの……


「――当たり前だ。俺は、みんなに嘘をつきたくはない。でも、だめなんだよ。結果的にみんなに何を言われても、やんなきゃいけないって、どうしようもないほどに心が叫んでるんだよ」


 これは本心だ。みんなに打ち明けたい。王核だとか、そんなものを持っていたくない。みんなと学校にいって、依頼うけて、ただ毎日楽しく暮らしたい。でも、もし、俺がこれを引き起こしてたら、どうしたらいいんだ。もうなにもわかんないんだよ。


 シャスティはもう片方の手で俺の手を握った。


「じゃあいいでしょ、何気にしてんの? 私はなーんも気にしてないし、みんなもレイジが悪い気持ちで嘘をつくなんて思ってないよ。私の顔、見てみなよ」


 俺はおそるおそる、ゆっくりと、下を向いて後ろを振り向いた。目線を上げるとそこにはシャスティが微笑んでいる。俺の目を見て、それでいて手を変わらず強く握っている。テレビの明かりが後ろから照らしていた。


「……俺、やんなきゃいけないことがあるんだ。それで、みんなを利用しようとしたんだよ。そんなやつがこんな優しい場所にいてもいいのかとも思って」


「いいんだよ。マンガとか、アニメで見るでしょ。人のために動くんだけど、それが絶対に正しいわけじゃない。私、そういうキャラ好きなんだよね」

「あ、レイジが好きとかじゃないよ! 私自分の恋愛とかわかんないし!」


 シャスティはあたふたとあっちこっちを見ながら手をぶんぶん振り回してくる。


 ああ、なんか、心が落ち着いた気がする。


「ありがとう……シャスティ。本当のことは、絶対に後で話す。核心が分かったら絶対だ」

「約束ね」


 シャスティは手を離すと、俺の額に人差し指を立て、3回円を描いた。


「これは私の国のおまじない。指された方は、約束を破ると指した方のいいなりになるんだよ」

「なんだよそれ」

「あははっ! いいでしょ!」


 シャスティがデコピンしてくる。その笑顔はいつもより輝いて見えた。

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