52話 一人目の越えし者
アルトから得た情報をもとに怪しい会社へと侵入した俺と月城だったが、社員から聞こえた真実に怒りで我を忘れ、襲い掛かろうとしてしまった。
そこに颯爽と現れたのは英国紳士風だが青スーツという謎の男だった。
俺を冷静にし、さらには周りの思考能力を封印したという男は、俺に契約を持ち掛けてきたのだった。
「は? 契約? あんたが何者かもわからないのにか?」
正直、勝てるような雰囲気もなく、月城を人質に取られているような状況でどうすればいいかわからない。けど、すぐに、はいというわけにもいかない。
幸いというべきか、この男によって冷静になった思考を巡らせつつ、ズボンの後ろポケットから、持ってきた魔道具の一つ、魔石を用いた煙幕を取り出す準備をした。
「ああ、確かに、失礼した。気が逸ってしまった」
男は姿勢を正すと、シルクハットを手に取り、お辞儀した。
「自分はジェームズ・ペンドラゴン。普段はスーツ専門店を営んでいる」
「そうそう、リエンドの言うところの第一の界域者だ。宜しく頼む」
「…………え?」
第一の界域者!?
ゼダと同じ、外界にわたる事が出来るとかいう!
「少年に関しては自己紹介不要だ。名はレイジ、王核を持つもの。起源不明の出自については、自分も少年も語ることはできない」
「便利屋に拾われ、自身の居場所を手に入れるも、どこか大きな事件に巻きこまれている。難儀だね」
なんなんだこの人は、俺の何を知っているんだ。恐ろしい。背筋がひやりと空気に撫でられる。
「ああ、安心したまえ。自分はどこにも属していない。ただ、こちらの目的のために動いているだけだ」
「目的?」
ジェームズは俺が言葉をそのまま返すと、カツンと靴を鳴らしこちらにずいっと顔を近づける。
「ああ、そうだ。自分は未熟な人間の観察……ああ、大体の人間がそうか、をするのが趣味でね。今の観察対象が少年なんだ」
「そして、それはまず第一に世界、人間が必要だ。自分は世界の危機につながりかねない問題を解決はしないが放置する気もない」
ジェームズの青い目が俺の目を覗く。その思惑の交じり合う暗い瞳から目を離すことができない。
「だから、少年に干渉することにした。具体的には、軌道修正。王核よりあふれる衝動を自分が封印する。そして逆に封じられた力の一端を開放する。衝動の封印は不完全だが先程行ったものだ。自分の力でも抑えきれなかったのでね。やがて効力が切れてしまう」
「力を開放って、本当にそんなことができるのか? それよりも、世界の危機につながりかねない問題ってなんだよ!」
俺はジェームズの目をにらみ返し、距離をとる。
すると、ジェームズは申し訳なさそうに苦笑いすると、また背筋をのばした。
「ああ、その問題については今、少年が聞く必要はない。なので、力の開放についてのみ話そう」
「まず、少年の王核にかかった封印を一段階解く。使い方は自然と分かるはずだ。そのための契約内容は……今は、少年の追っている事件の解決で構わない」
「……久我を捕まえろってことか?」
なんでそんなことが条件なんだ?
「その認識で構わない」
怪しい。怪しすぎる。けど、力が手に入れば、俺が久我を倒せるかもしれない。王核についても知っていることから、界域者だというのも本当かもしれない。
リスクはある。けど、少しでも可能性があるなら……
「……わかった。やる」
俺はその手をつかむだけだ。
「よろしい。では、世界契約を行う。術式は組んである。少年はただ、自分の言うことに同意すると言えばいい」
ジェームズがスーツの胸ポケットから紙を取り出した。するとそれが宙に浮き、紫色に光りだす。
「では、『レイジ、少年は契約により、世界に自らを縛りつけることに同意するか』」
「『同意する』」
俺がそういうと契約書は端から燃えてなくなった。え、アルトとした契約と全然違ったが、大丈夫なのか。
「契約が妙な方式だと疑っているような顔だね。問題ない。これは古い物なんだ」
あまり詳細な答えではなかったが、ひとまず納得したことにしよう。
「では、契約に従い君の力を開放するが、その前に二つだけ」
「なんですか」
ジェームズはこれまでの得体の知れなさとは違い、どこか憂いているように静かに呼吸し、自身の指を交差させている。
「少年の力……王核の力は代償を伴う。今回開放する力も、一端ではあるが、代償はある。くれぐれも使いすぎてはいけない」
「代償……わかりました」
代償について、これ以上語る気がなさそうだったので深くは聞かなかった。だが、なんとなく、俺の記憶につながる何かだと思う。
「そしてもう一つ、これはあくまで力を抑える枷を外すだけ、それをうまく扱えるかは少年次第だ」
「俺次第、わかりました」
「よし、ではいこう」
ジェームズは俺に手を向けた。そのてのひらからは、青い光があふれだした。
「『――解放せよ』」
その瞬間、心臓がどくどくと鼓動する。頭の中に王核の持つ魔法のことが流れ込んでくる。そして、一つの単語が脳裏に焼き付く。
「オルト……」
これはオルトの王核なのだ。その感覚がある。内田先輩の言っていたような、彼の色に該当するとか、魔法が伝承ではどうとかは関係ない。俺はそれで正しいのだと不思議なくらいに確信した。
「いやはや、よかった。封印がうまくいった。事前にかけた二つも上手くいった」
「……二つ?」
月城たちのやつと俺にかけたやつか?
「ああ、もう契約は果たしたから話すが、少年の『警戒心』を程よく封印していた。もう解いたから安心したまえ」
「え?」
「すまないね。契約を滞りなく済ませるためだ。ああ、あと、激情の封印は一時的なものだ。最後は少年自身で乗り越えるんだぞ。それでは」
こいつ!詐欺師みたいなことしてたのか!うわ、よく考えたらなんで契約したんだ俺!めっちゃ怪しいだろ!
あたりからあたたかな風が吹き、一瞬にしてジェームズの姿が消える。逃げた!
すると、声だけがその場に響く。
「少年の仲間や会社員の封印はあと一分ほどすれば解ける! また会おう!」
「おい! 待て! 要するに精神操作して契約させたってことだろ! ふざけんな!」
もう気配はなく、俺の抗議に意味はない。
思考を誘導されたことは許せないが……俺はそれがなくても契約していただろう。
先輩のためにも、便利屋のためにも、まだ解決していないゼダの件のためにも、あの一本の糸をつかみとっていた。
ひとまず聞いた内容だけでも収穫はでかい。月城が戻ったらここを出よう。
「――レイちゃんだめだっ……て、あれ?」
「帰るぞ月城、聞こえた内容はある程度メモしといた」
「え? さっきレイちゃん、あれ?」
月城は混乱して俺の頬をむにむにと触ってくる。
このまま、何もなかったことにしておこう。
「どうしたんだよ」
「……まー、情報は手に入ったしねー。帰るかー」
月城はそういってきた道を引き返していく。
「……ごめんな。さっきは危なかった」
聞こえないように小さくつぶやいた。




