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オルトレイジ  作者: 立木ヌエ
第二章「日常に潜む影」

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47話 未来視

「未来が、見える?」


 そんなことが可能なのか。いや、これまで魔道に触れてきて、想像もつかないようなことは何度も経験してきた。できてもおかしくない。


「うん。うちは、未来のひとつのルートが分かる。遠い未来だと、タイミングは選べないけど、短い先なら頑張って見ることが出来る。動画みたいに、右目にその映像が流れる」

「今日、学校に行くとき、いきなり一号が放火するのが見えた。それはおかしいくらいに燃えて、この辺り全部を燃やし尽くしてた」


 俺は、そんな取り返しのつかないことをするところだったのか。

 紫がいなければ……殺人鬼に……


「それと、もうひとつ未来が見えた。これはまた別の未来」

「別の?」

「10分後、レイジがいこうとしてる家の裏ががら空きになる」

「え」

「あの家で、何かを見つけることは、レイジにとって……ううん、他の人にとっても大事なことになる。家で手がかりを見つけたら……大体8分後にここの路地に行って」


 紫はそう言って、俺のスマホを取り出した。タイマーがついている。マップアプリにはなんにもない通りが映っていた。


「部屋に入って拝借した」

「不法侵入だけど……そんなことは今どうでもいいな。ありがとう。紫」

「様をつけろ一号」


 顔を逸らした紫に、俺は頭を下げる。

 そして、タイマーを見て立ち上がる。


「俺、先輩について、絶対に真相を突き止める」

「うん。うちは今日は遅刻確定だから休む」

「学校には行きなさい」

「一号もでしょ」


 たしかに、そう言って二人で笑った。


「じゃあ、行ってくる」

「うん」


 俺は公園から駆け出した。





 先輩の家に着いた。表はよくみる黄色いテープが張られている。

 スマホで調べたら、先輩が亡くなっていたのは住宅街の道の中、詳しく見た訳では無いが、紫がマップに指し示した場所の当たりだったはずだ。


 スマホのタイマーが残り10秒を指している。


「まずは家だ」


 そう言ってタイマーがなる前に止め、タイミングを合わせ、塀をよじ登った。

 本当にすんなりと侵入できたな……


 表には人の気配が多くある。


「でも、なんでまだ中に捜査が入ってないんだ……?」


 勝手口が空いているのを確認し、中へ侵入すると、不思議な程に誰もいない。

 紫は未来を見ただけであって、警察を動かした訳ではないはずだ。


「魔道がなんか関係あるのか?」


 例えば対侵入用の魔術があるから対応できる人がいないと何も出来ないとか。

 いや、その考察は後だ。


「……これは」


 禁書庫は先輩がいなければ開かない。なにかあるはずと思って飛び出し、紫によってそれは確信となったが、具体的なものについては全く分かっていなかった。


 だが、机の上に一切れの紙が貼られた積み重なった本の束があった。


『天野に試す用の古代魔術基礎――過去視は特に最優先!』

『七人の伝承について、まだどこかにあるが、ひとまずこれ』


「は……」


 あの人はこんなものを用意していた。まだ出会って間もないのに、俺のためにあんな大きな禁書庫から資料を小さな背で集めていたのか。


「絶対に犯人を捕まえる」


 こんな人を殺したようなゴミはこの世にいらない。()()()()だ。


「紫が言ってたのはこれだよな」


 俺は先輩の集めた資料を手に、次に紫が指し示した地点へと向かった。





「これ、は」


 紫の示した場所、それは先輩の死体が発見された場所から少し離れた場所だった。遠くないところで警察が鑑識を行っているようだ。


「術式……」


 そこには術式があった。震えた字で刻まれており、このままでは発動できないだろう。

 そのうえ、巧妙に魔力で隠蔽されている。美玲と訓練してなかったら分からなかった。


「古代魔術……?」


 見覚えのある術式だった。そう、古代魔術だ。昨日、学校で先輩が見せてくれた過去視の術式。


「再現、できるか」


 俺は手に持っていた本を開く。先輩の残したもののひとつ、古代魔術についてのった本。

 過去視についてのページを開き、ひとつひとつ、先輩の残した術式を綺麗に刻印しなおす。刻印液も何も無いので自分の血で代用した。


 本を見ながら神経を張りつめて、術式を完成させた。

 こんな道端でヤバいやつに見えるだろうが、術式が少し一通りの少ないところにあって助かった。


「頼む……」


 そして、術式に魔力を流し込む。その際に、先輩が残したであろう不完全な術式も同時に触る。触媒として使うのだ。

 次第に紫の光と黒の光が混じり合いながら発された。


「できた……!」


 そして、前と同じく、俺の意識は沈んでいった。





「これは……」


 俺が帰った後だった。そして、俺に渡す用の本を探し、空調の異変に気づいた。

 侵入者に気づい、て……


「は?」


 パン屋にいた……スーツのお兄さん?この人が、殺人鬼?


 衝撃は収まらなかった。だが、それ以上にその後は見ていたくなかった。

 先輩は弱かった訳じゃない。ただ、あの久我為幸という異常者が、その理性の核をぼろぼろに崩してしまったのだ。


「先輩……」


 何度も怒りに狂いそうになりながら、その幕が降りるのを追体験した。久我の言ったおじいさんとは、なぜ先輩を狙ったのかは分からない。

 それを考えていると、すぐに意識がまた別の所へと飛ばされた。


「――!?」


 景色が変わった。先輩の家の中だ。親のような男女がいた。

 二人に愛され愛していた様子がハッキリと分かった。


 葬式の場面に飛ばされた。これは先輩の両親のものだった。


『また、過激な魔法至上主義の人が――』

『名家だったというのに、あっさりと負けたのか――』

『一人になるなんて可哀想に――』


 心無い言葉だ。先輩はそれを一身に浴びている。俺も心が痛い。同調しているのか、同情しているのかわからない。

 だが、許せないという気持ちは確かだ。


 それから先輩は古代魔術について一心不乱に勉強していた。友達もつくらず、家に籠っていた。

 来夜先生とはこの頃出会ったようだ。

 彼女に連れられ、魔道学校の一室を借りて勉強していた。


 気づくと先輩の口調が変わっていた。はじめは自分のことをわたしと呼んでたのに、あれは鎧だったのか。自分の弱さを隠すための、強い自分になるための鎧。


 最後に、俺たちが映っていた。美玲の熱狂的な輝く瞳、陽樹の人を問わない爽やかな笑顔、先生の困ったような眉の動き、そして……


 俺の心臓あたり、そこに黒いなにかが見えた。


 そこで、記憶の断片が無くなった。意識が現在に戻された。


「先輩……!」


 地面に拳を叩きつけた。あの人の弱さも強さも、俺は見た。久我為幸、あいつを許さないのには十分すぎる。法がなければ殺してやるのに。


「調査も必要ない。あいつの行動はなんとなく分かる」


 久我はあのパン屋に現れると、ほとんど確信していた。

 あの人間の皮を被った化け物は、常に普通の人間のような立ち振る舞いをしているようだ。

 パン屋の常連であることは言動、行動からも分かりきっている。


 あとは、あいつを捕まえるための力が必要だ。


「みんなに、力を借りられるか……」


 便利屋の面々に、これを王核について隠しつつ、素直に話して理解されるか?何故か古代魔術がすごい力を発揮して犯人が見えたって?


「そうだ。月城」


 月城が追っていた事件は先輩の記憶の中での考察から久我のものだとわかっている。月城を上手く誘導して犯人を突き止めれば、やれるのではないか。


「――やろう」


 便利屋に嘘を……つくことになる。でも、それでもこの衝動は、俺の怒りは、久我を捕まえなきゃいけないと叫んでいる。


「待ってろよ、久我為幸」


 俺は血で滲んだ拳をさらに握りしめた。

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