46話 衝動
「はぁー、ねっむ」
今朝はものすんごい眠いな。なんだこれ。寝坊はしてないけど、授業中に寝ないように頑張らなきゃな……。
「レイジ! 起きてるか! おい!」
なにやら陽樹が騒がしい。いや、いつも騒がしいか。
どすどすと足音を立て部屋のドアを勢い良く開けると、その顔は引きつっている。
「ニュース! ニュース見ろ!」
「ニュース?」
せかしてくるので、部屋にある小さなテレビをつける。すると陽樹がリモコンを操作してチャンネルを切り替え……
「は?」
「おい! どういうことだよこれ! お前昨日先輩に会ったんだよな!」
『――昨日十時ごろ、○○町の住宅街にて殺人と思われる遺体が発見されました。ナイフにより心臓を――』
『――身元は内田帝亜羅さん16歳のものと思われ、警察は現在調査を――』
テレビの電源を切った。眩暈がする。先輩の死体?何が?嘘?夢?
「ぅ」
吐き気がする。視界がぼやけたままトイレに駆け込み、吐いた。
「大丈夫か!」
「な、なんで、先輩? い、いつ、なんで」
「落ち着け! 頭が動いてねぇぞ! ……俺はかつきに連絡して警察から話を聞けないか聞いてみる」
陽樹の言葉に小さくうなずく。でも視界はまだぼやけている。
死んだ?まだ全然あの人と話してないのに、教えてもらうことだってあったのに、ほんの少し心を開いてくれていたのに。
数日前に知り合っただけとは思えなかったのはこの胸の王核のせいか?先輩が死んだのはこれのせいか?
先輩の言葉を思い出した。
「……殺人犯…………」
『ああ、大丈夫だとは思うが、最近は物騒だ。殺人犯に気をつけろ』
『まあ、王核持ちはそうやすやすと死なぬだろうがな』
頭を先輩の言葉が埋め尽くした。次に別のことを思い出す。
『同じナイフという凶器、死体は全て隠すことなく雑に捨てられている、そしてアタシが手に入れた情報では、死体には拷問されたような跡があったという! これはもう連続殺人でしょ!』
月城が言っていた話だ。先ほどのニュースの細かいところまで聞いていなかったが、拷問があったとは言っていなかったような気がする。でも、心臓がざわつく。根拠などない。ただそうじゃないかと感じた。
とにかく今は何かのせいにしたいのだ。
ここで止まっている訳にはいかない。
俺は事務所を飛び出した。
◆
衝動のままに事務所を飛び出した俺は、急いで先輩の家へと向かおうとした。
しかし、少し走っているうちに少し冷静になる。
「そうか、警察」
そう、家にはおそらく警察がいる。何を探しに行こうとしたのかもわからないが、なんとなく禁書庫げと向かおうとしていた。
そうなると、家に入れないというのは致命的だ。
ふと、立ち止まり、早鐘を打つ心臓に手を当て、カーブミラーに映った自分の様相を見る。
ぼさぼさとした頭に、パジャマとして使っている赤い線が縦に入ったのみの黒ジャージ。
顔つきもひどいもので、目がどこか別の何かを見ているようだ。あきらかにおかしい人だ。
だが、それがどうした。
「軽い騒ぎを起こせば、意識が逸れて禁書庫まで行けたりするか?」
どこかに火をつけてしまおうか。そう考え、先輩の家の周囲に適した広い土地がなかったかを思い出す。
スマホを置いてきたことが手痛い。
その時、うしろからジャージのすそをつかまれる。
「一号、それはだめ。それじゃ、何も解決しない」
「……ゆかり?」
紫だ。紫がそこにいた。
「なんで、ここに、学校は」
「うるさい。いいから今考えてることはやめて」
そのまま有無を言わせぬように、路地まで引っ張られる。
なんだか、俺がちいさい子供のように思える。
「……ほんとに、そっちの未来はダメ」
服を握る力が強くなった。
何を知っているのかは分からないが、大きな心配をかけているようだ。
「紫」
「様はどうしたの一号」
「ごめんな、なんか」
「…………いいよ」
紫はどこか安堵したかのように、手の力をゆるめた。
気づけば、公園に付いていたようだ。美玲と出会った公園、俺の人生が変わった場所だ。
いつのまにか胸の奥から湧き出ていた黒い衝動が収まっている。
先輩が死んだこと、人を失ったことに呼応して、激情を抑えられなかった。それが不思議なくらいに静まり返った。
二人でベンチに座ると、冷静になってくる。紫はあきらかにおかしい。それ以上に、俺がおかしかった。放火することで、警察の気を引いて、家に侵入?ただの犯罪者じゃないか。
「なんで、あんなこと、考えて……いや、それより紫サマ」
「なに」
「何を知っているんです?」
これは、前から少し気になっていたことだ。依頼に連れて行った時のあの正確な指示、秒数指定で俺が確認したところ間違ってもいない指摘だった。どう考えてもなにかの力がある。
「うちは……」
紫は、しきりに辺りを見渡しながら、一言目を言いかけてはその空気を飲み込んでいる。
「頼む。教えてくれ」
紫の目を見る。俺の考えているような幻想が、もしもあっているなら、先輩の死について、何かわかるのかもしれない。
「……みらい」
「みらい?」
「うちは、未来が見えるの」
紫は小さく、そう呟いた。




