45話 夜は暗い
「……久しぶりに家に人が来たな」
一人で暮らすようになってもう長い。
とっくに擦り切れたと思っていた感情が少し顔を見せていたような気がする。
なんだか寒いな。風呂を沸かすか。いや、
「少し……資料を探しておこうか」
「ただの伝承だと流し読みしなければ良かったな」
「王核持ちとなると、古代魔術の適性も高いのだろうか……今度使わせよう」
我は今まで王核を持っていることを外で話したことがない。まぁ、話すわけがないのだが、それには少し疑念もあったのだ。
我が王核を継承したのはずっと前、我が3歳の頃の話だ。
確かに人より魔力量が多いことは実感していたが、サトウが魔法に強くなかったためか、我の感覚的に、魔力量はずば抜けた化け物と言える程ではなく、せいぜい魔道界でも上位3割程の位置だろう。
王核の伝説性や異常性から見て、これは相応な量ではない。無効化魔法こそあったことで、普通では無いと感じていたが、この世界には時に異質な魔法を扱うものが現れる。
それでも自惚れにもとれるが、そちらの方が我には適切だと考えていたのだ。
「それにしても……妙に寒いな」
先程から体がやけに震える。空調術式が馬鹿になったか?
かなり面倒だが、少し確認しに行くか。駄目になっていたら電気によるエアコンの導入を検討しよう。
我の家は空調術式の位置まで行くためにわざわざ家の外に行かねばならない。
古い時代の家ゆえ仕方ないが、他にも面倒が多いものだ。
勝手口から中庭に出て、蔵の方へと向かう。たどり着くと、壁の一部を開く。術式が刻印された操作盤のようなものが中にあるのだ。
術式を見ると、不自然な点に気づく。
「……なんだ?」
何か引っ掻き回されたような後がある。道具は魔力物質ではなかったようで術式自体に傷は付いていないが、その下の基盤となる部分は普通の物質であったために削れていた。
制御の術式が一部分欠けたことで不具合が発生したようだ。
「どう考えても人為的だな」
明らかに自然につくようなものではない。そもそも閉ざされた空間内に傷がついているのだからおかしい。
侵入者だ。
「なぜ術式が反応しなかった? いや、どこに行った? 何が目的だ?」
単なる強盗がこの家に入ることは出来ない。並の魔道士でも古代魔術に囲まれたこの屋敷を突破することは出来ない。
……古代魔術の書物狙いか。魔道界の魔法至上主義者にはよく困らされるものだ。根本は魔法に近い技術だというのに、魔術の原型と言うだけで奴らはいわれのない批判――罵倒をはじめる。
本家がこんな状態かつ分家の血も薄いようなこの家だから、強気に出てくるのだ。
だが、ここまでの強硬策は初めてだ。それに、そこまでの実力者を遣わす程の秘密など、あるにはあるが、存在を匂わせたこともない。
「なんにせよ、お灸を据えてやらねばな」
よし、場所を割り出そう。昼間用いた過去視の術式、これを応用し物の記憶を割り出す。
我は持ち歩いているメモ帳に術式を刻印し、屋敷に対して発動させる。
紫色に光り出す術式は我の脳にビジョンを投影する……これは!
「ッ!」
咄嗟にメモ帳に元から書いてある別の術式を発動させる。
高度な防御術式はメモ帳から大きく薄い透明な長方形の壁を作り出した。
金属が弾かれるような高い音が静かな夜に響く。
侵入者は大きく弾かれ、蔵から十数メートル離れた塀まで飛ばされる。土が靴で引っかかれた音がする。
このあたりは街灯が少なくて困るな。相手の姿が見えない。
急いで屋敷の警備用の術式に新たな術式を刻印する。古代魔術は急ぎでは使えないため普通の術式になってしまう。
効果は「家の照明の強化」我が家の照明装置は電気製ではなく、魔術製だ。それもこの集合術式の中に制御などが含まれている。中の術式を組み替えれば明るさをかなりあげることが出来る。
「姿を現せ……!」
刻印し直した術式をこの場で発動させる。周りへの迷惑を考える段階ではない。
すると、屋敷内のあらゆる照明が眩い光を放つ。
外にまで溢れたそれはあたりを昼間かのように照らした。
それは襲撃者の姿を明白にする。その姿はどこにでも居そうなスーツ姿の男だった。
「おやおや、眩しいな。あまり強い光を出すのはよくないな。この時間だと赤子が寝ているかもしれない。起こしてしまってはその子にも親にも申し訳ないじゃないか」
「……何を言っているんだ貴様は。一体何者だ。何処の派閥だ」
「すまないが黙秘させてもらおうかな」
動悸がする。こいつを見ていたくない。それはなぜか。
違和感だ。このスーツに身を包んだ男は明らかに異常者であると、本能が告げている。
仕事の営業中かのように張り付いた笑顔に、穏やかで優しさを感じる語り、振る舞いすら、おおらかな大人の男性としての振る舞いをしている。
しかし、手に握られたナイフは、それに不相応であり、誰でもわかる違和感をもたらしている。
魔道士だろうと魔力に頼らない武器を使うことはある。所詮人対人、魔道さえなければ人の体は脆い。
それにもかかわらず、こいつは堂々としすぎている。ナイフという暗器を武具としながら、まるで闇に紛れるつもりが見えない。圧倒的自信か、単に思考する脳を落としてきたのか。これも違和感だ。
だが、そんな外面以上にあの男というものは嘘だ、嘘の存在だと分かる。虚飾の仮面、おそらく幼少から染み付いたであろう癖のようなものだ。
こいつは我と同類だ。嘘で自分を隠している。こいつの場合は、異常者であることを隠し穏便に生きるためだ。
同族嫌悪のようなものか。少し見て、直感したのだ。
この男は何を隠しているのか、我は何を……
「おや、どうしたのかな? 少し苦しそうだ。なに、今楽にしてあげよう。これはWinWinな取引ではないかな? 君は苦しみから解放され、僕は幸福を得る。素晴らしいじゃないか」
「何を言うか異常者め。我のどこが苦しそうだと? 妄言甚だしい」
「うーん、反抗期かな? だが、すまないね。やはり君には死んでもらう」
男が我の直線上に走り込む素振りを見せた。
我は急いで家の中へと飛び込む。対侵入者用の術式が発動しなかった原因は不明だが、防衛用を手動で発動させれば問題ない!
家に入るとすぐに術式を発動させる。我以外の生物に対し魔力の刃によるみじん切りを行うもの、古典的に壁から魔力の矢が飛び出るもの、床に触れたものを瞬時に凍りつかせるものなど、この屋敷の罠は多岐にわたるものだ。
スタスタと、歩く音が聞こえた。あやつめ、まさか呑気に靴を脱いだのか?ますます、気味が悪い。
「うん? おや、これはすごい」
向こうで魔術が発動した瞬間、先程よりも少し高い声が聞こえてくる。
大人が、子供の発明を見た時にまず褒める時のような反射的な言葉だ。
「まさか、刃も矢もあの得物で捌ききったのか……! いや、魔力を帯びたものでは無い……まさか全て避けた、いや、攻撃密度的に不可能だ。では、体で受止めた……!?」
異常でしかない。魔道士同士の戦いにもセオリーというものがある。それを逆手にとった機械兵器、刃物などを使うこともある。
だが、奴はただ反射的に、近くに寄った蚊を追い払うが如く、手で払いのけたのだ。
「おや、足が……」
だが、足が凍りつけばどうしようも無い。今のうちに捕縛の魔道具を……
水音がした。ぐしゃりぐしゃり。物が引き伸ばされた悲鳴の音も聞こえた。ぶちぶちと。
「……は、は、なんなのだ貴様!」
男は自身の足を引きちぎっていた。左足の脛より先からは赤黒い血が滴っている。
「ぅ」
まずい、気持ち悪い。血が……あんなにも溢れ出ているなんて。
「あー、度々すまないね。家を汚すつもりはなかったんだが」
この状況でも仮面が剥がれない。もはや奴に中身などないのかもしれん。
なんとか気を取り直して作戦を変更することにした。
我は音を殺し家から抜け出す。アスファルトは裸足で走るには痛かった。
こいつは我の手に負えん。警察の魔対は……だめだ。先日やっていた交番の惨殺事件。あれも恐らくこやつによるものだ。為す術はないだろう。
リエンドの記憶処理班がやられたと、近衛姉から聞いたから間違いない。
記憶処理班程の精鋭がやられた相手にどうすることが出来るのだ……?
「便利屋なら……」
便利屋について先程天野から軽く話を聞いたのだ。便利部を作ろうとしたきっかけ、魔道専門で日常の依頼を解決する。護衛依頼のように戦闘もできる凄い魔道士が集まったところだと言っていた。
実に……実に嬉しそうに、誇りのように、かけがえのないもののように……。
「だめだ」
尚更だめだ。仮に便利屋がリエンドの上澄みに匹敵、あるいは超える力を持っていたとて、奴らの平穏を壊すわけにはいかぬ。
レイジが王核を持つ異質な存在だろうと、それを壊されるいわれはないのだ。
「……どう、すれば」
街灯が少なく、暗い道を走る。先が見えず、行き先も定かではない。
「全く、あのおじいさんはかなり難しい話を持ちかけてきたんだね」
「ぁ……」
息が止まる。走る先、暗闇に奴がいる。しかも、真っ直ぐに立っているのだ。
「なぜ、なぜ足が生えている! おかしいだろう!」
「うーん、これは少し巻き込まれたときの後遺症のようなものでね。おかげで料理中の切り傷がすぐに治ってくれてありがたいんだが、再生時の痛みだけがネックなんだよ」
「は?」
どこまでいっても話が通じない。嫌だ。死にたくないのに。
まだ、天野の知りたいことを教えなくてはいけないのに、久しぶりに楽しみができたのに。
「動け! 動けぇ!」
足が動かない。普段運動しなかったからだ。裸足のまま長距離を歩くには我は貧弱すぎた。
手が動かない。恐怖で震えているのだ。正確さが大切な術式の刻印が出来ないことは我が無力であることを表す。
「君は……これまでで一番の幸福になる。神よありがとう。契約とやらのためとはいえ、こんな奇跡に巡り会うなんて、あぁ、今日は幸福な日だ……」
「貴様は……人を殺すことが幸福だというのか」
男は少し上を向き、うーんと唸った。
「そうだね。幸福の定義となると人によって違うものだが、僕の場合はこれがそういうことになる」
「……は」
もう、何も言わない。この人の言語を話すだけのなにかに構うこともない。
いや、ひとつだけ、これは少しの足掻き、タダで死んでやるものか。
「我が貴様の一番になると言うのなら、名前くらいは教えて欲しいものだな。知っているのだろうが、我は内田帝亜羅という」
「……そうだね。本来僕は絶対に名前なんて名乗らないが……君には名乗る程の価値と感謝がある」
そう言って男は我の前にかがみ、名刺を見せてくる。
「――僕は久我為幸ほら、僕の下の名前は幸せの為と書くんだ。いい名前だろう?」
「名刺を渡したくはあるが、これは証拠になってしまうからね。すまないが、名前だけにしてもらうよ」
「では、死んでくれ」
◇
――ああ、死んだ。心臓を、王核をくり抜かれたようだ。
死後というのはこうなっておるのか。我の体と魂は離れ離れになっているが、その状況はなんとなく感じられる。
後悔の多い生涯だった。だが、それを振り返る時間は残されていないようだ。
光が我を――わたしをむかえてくれる。おかあさんも、おとうさんも、このさきにいるのかな……。




