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オルトレイジ  作者: 立木ヌエ
第二章「日常に潜む影」

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2XXX年XX月XX日

 なんてことだ。ここまでの俺の人生は一体なんだった。あいつのために、みんなのためにと思ってここまで頑張ってきたというのに、あんな、あんな一人のニンゲンがその全てをなかったことにしてしまうというのか。


 周囲は焦げ臭く、夜だというのに明るい。さらには、熱が肌をジリジリと焼く。

 俺にとってはこの熱さはなんとでもなるが、彼女はそうはいかないだろう。


 急いで彼女の家へと走る。魔法によって強化された足は、瓦礫の山をたやすく越えていく。





 家に着いた……はずだが、これは…………

 家と言えるものは既になく、瓦礫のみが残されている。


「……まだ大丈夫なはずだ!」

「絶対、絶対に……!」


 必死に彼女を探す。しかしどこにもいない。


「一体どこに…………」


 そこである場所を思い出す。彼女がよく遊んでいた、この町を見渡すことが出来る場所があった。


「丘の上か!」


 また、走り出す。これまでは何ともなかった体がついに軋み始めたのを感じる。長く生きすぎた弊害がここで来るなんて!


「まだ、この世界は終わらせない……!」





 丘に着くと、予想通り、彼女がいた。そして、その横には……


「レイジ……」


 彼がいる。彼に非はないと分かっていても、怒りでどうにかなってしまいそうだ。

 その姿かたちを見るだけで、自然と拳に力が入る。


 彼の意識はもう絶え絶えで、今にも消え入ってしまいそうな程に細い命だった。それを見た瞬間、拳の力は抜けていった。

 そうだ、彼は普通の子供だ。大人が子供を見棄てていい訳が無い。


「――ちゃん」

「あ、オルトさん、来ちゃったんだ。……もうこの町はダメだよ。私ももう眠くなってきちゃったんだけど、レイジだけでも静かなとこにつれてきたくて……」


 相変わらず子供とは思えない程の達観した、美しい瞳だ。俺の幼なじみの少女とはまた別の凄みがある。


 しかし、彼女も無理をしているようで、動いていないというのに肩で息をしながらレイジの側に座っている。


「……すまない」

「なんでオルトさんが謝るの? これは仕方の無いことでしょう? 私のこの心臓も、レイジのことも、私たちができることはなかったわ」

「だが、元を正せば全て俺が悪いんだ。すまない、すまない……」


 無理だ、耐えられない。地面に崩れ落ちた。

 俺があの時、全てを終わらせていれば、こうはならなかったんだ。俺のせいで、ようやく見つけたのに、またもや失ってしまう。


「……いいのよ、オルトさん、頑張ったんでしょう? 私の心臓だって分かっているわ。何年も何年も、黒い世界の時代から生きているのだものね」

「……! なぜ、それを?」

「実は、夢の中で彼女とたまにお喋りしていたのよ、私」

「そんなことが……」

「だからいいの、彼女から言いたいことも、全部あの時に言ったって」


 敵わないな……あいつには。

 いい加減俺も決心する時が来た。長く生きすぎた者の務め、そして、未来への継承の時が来たのだろう。


「俺の核を使う。レイジには日常こそ必要だ、君は既に王核を持っているから、助けることは出来ない。こんなことは言いたくないが……分かってくれ」

「とっくにわかっているわ、私も力を貸してあげる」

「ありがとう……」


 覚悟は決めた。俺はやれる。

 心臓に手を伸ばし、魔力核を一気に引き抜く。心臓に密接なこの器官の喪失は死を意味する。


「…………!」


 痛み、それには慣れたものだが、死の近づく感覚は久しぶりだ。

 レイジの心臓付近を魔力で作りだした刃で慎重に切り、魔力核を埋め込む。俺だけではここまでが限界だ。


「あとは私がやるわ……『――――』」


 彼女が小さく呪文を唱えると、レイジの胸のあたりはみるみる元の形にふさがっていく。


「これで、一時的な再生反応が起こるだろう。レイジの命はひとまず助かる」

「ええ…………あ、オルトさん、体が」


 言われて自分を見てみると、体の至る所から崩壊が始まっている。ポロポロと、砂のように、削れて落ちていく。


「長く生きた体だからな、とっくにガタがきてたんだよ」

「……ありがとう、レイジを助けてくれて」

「いいんだよ、これも運命(さだめ)だ」


 レイジの意識は朦朧としているが、ひとまず成功したようだ。


「オ、ルト?」


 レイジの意識はハッキリしていない。そのうえまた倒れ込んでしまいそうだ。その前に、言っておかねばならない。


「レイジ……これからお前は必ず、奴の引き起こす事態に巻き込まれるだろうが、それまでの日常、それを大切にするんだ」


「俺みたいになるなよ」





 闇夜が戻る気配はまだなく、ここでおわる物語を語る者はもうなく、はじまる物語を知る者はまだいない。

 ただ、誰に知られずとも、歯車は廻る。

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