41話 五人目
午後の授業が終わり放課後になった校内で、俺と陽樹、そして話を聞いた美玲は職員室へと向かっていた。
「顧問についてすっかり忘れてたわ……私の失態ね」
美玲は顧問という存在を忘れていたことにショックを受けている。所長に対してだったら多分開き直ってるだろう。
美玲ははぁ、とため息をついた。
「まぁ、俺も陽樹もなんも考えてなかったし、悪いってことでもないだろ」
そんな気にすることでもないし、失態ってほどの事じゃないし、重く考えすぎだと思う。
「そうね、それなからよかったわ。それで、来夜先生の言う五人目、その名前は聞き忘れたのよね」
「そうなんだよな! 名前だけでも聞いときゃ良かったぜ!」
問題児だという情報しかない五人目候補、男か女かということすら分からないというブラックボックス。
美玲は『そんな問題児いたかしら』と首を傾げ考え続けていたが、答えは出なかった。本当に五人目は存在するのだろうか?
「やばい。不安になってきた」
「大丈夫だぞレイジ! きっといいやつだ!」
陽樹が根拠の無い自信を主張しながら肩を組んでくる。
美玲はまだ五人目の正体を考えているようで、こちらの話は耳に入っていないようだ。
やがて職員室に到着した。そして、まだ頭をひねる美玲に声をかける。
「美玲、もう着いたぞ」
「……えぇ、考えたけど結局分からなかったわ。けれど、実際に見ればわかる事よね……」
「だな! まぁなんとかなる!」
そう言って陽樹は職員室のドアを勢いよく開けた。
「ごめんください!」
「お前もっと静かに開けろよ!」
「ごめんくださいもおかしいでしょう」
職員室内をちらりと見ると、陽樹の声を聞いた来夜先生がギリギリ走った判定にならないように早歩きしてやってきた。
「稲垣くん、大声を出さない」
「はい」
「来てくれてありがとうね。悪いんだけど、五人目の子が別の教室にいるからそっちでも構わないかな?」
来夜先生が申し訳なさそうに手を合わせる。俺たちは全く問題ないと言って、教室を移動することとなった。
◆
来夜先生の案内した先は使われていない準備室だった。
中がカーテンで隠れて見えない。どうやら個人で勝手に付け足したようだ。
「ここなんだけど、とにかく最初は話を聞いて貰えるように頑張ってね。私以外初対面だから」
「人見知りってことですか?」
「まぁ……そうなんだけど……」
歯切れが悪いな。度を越した人見知りということだろうか。確かに手強そうだが、こっちにはコミュニケーションお化けの陽樹がいる。なんとかなるだろう。
「うし! じゃあお邪魔しま――」
一番に入ろうとした陽樹は、ドアの取っ手に触れた瞬間バチッという音と光を手元に受け、後ろに飛び退いた。
「いったぁー!?」
「あああ! またあの子はこんな術式を!」
「……発動直前まで術式の刻印が見えなかった……発動後の魔力もほとんど見えないほどに隠蔽されている。どんな魔術の腕をもっているの……?」
先生はなにやら頭を抱えている。美玲は取っ手部分を、注意深く観察していた。
「陽樹、大丈夫か? 吹っ飛ぶほどの電撃だったんか?」
「レイジ……! ありゃやばいぜ! 静電気なんか比じゃねぇ……」
未だに陽樹は手をおさえている。音凄かったしな。怪我してる訳ではなさそうでよかった。
「ごめんね稲垣君! もう、内田さん! 教室を改造しないでって言ったでしょう!」
先生がそう言うと、教室の中からガタガタと音がする。やがてドアが少し開いた。
「すでにかなり強敵に見えるんですけど、大丈夫ですかね先生」
「ごめんねぇ、悪い子じゃないのよぉ」
「俺も話す前に攻撃されたのは初めてだぜ!」
教室を魔改造してドアにトラップを仕掛けるなんて、確かに問題児ではあるが、こんなことをしているのに、美玲が考えても思いつかないくらいに目立たないことがあるのだろうか。
気になって美玲の方を見ると、口をあけ、目元に手をやっていた。
「内田先輩……そういうことね、確かにうちの生徒だけど、私が思いつかないわけね」
なにやら意味深なことを言っているが、先生を先頭に陽樹が中へ入っていったので、俺も美玲を呼んで後に続いた。
中は窓がすべてカーテンで閉め切られており、暗くてよく見えなかった。
かろうじて部屋の隅に何かいるのを見つける。会議机の後ろに隠れたそれに、先生は近づく。
「うーちーだーさーん! 隠れてないで出てきな……さい!」
「ゎ、ままままて、我はそなたの提案を承諾した覚えはないぞ!」
抵抗しながらもずるずると引きずられて来たのは、背の小さな女の子だった。灰色の長い前髪は小さく口を開いたほかの情報を遮断するバリアのようだった。
来夜先生は内田と呼んだ女の子を椅子に座らせる。そして電気をつけると、先ほどよりもはっきりとその姿が見えた。
「ほら、内田さん! 自己紹介して!」
「ぅぅ、どうして我がこんなことに……」
「出席が足りない代わりに部活動をやりなさいって言ったでしょう!」
そんな事情だったのか、美玲が術式に関心していたから魔術の才能はあるようだが、授業にはろくに出ないタイプの人らしい。
「仕方ない……我の名前は内田帝亜羅二年だ。よろしく頼む…………」
「てぃあら先輩だな! よろしく頼むぜ!」
「よろしくお願いします先輩」
陽樹に続いて俺が挨拶すると、少し目を逸らしながらも頷いた。
「内田先輩よろしくお願いします。一つ質問してもいいでしょうか?」
「な、なんだ?」
「あの魔術は一体何なのでしょうか?」
ずっと気になっていたのだろう。だいぶ早口だった。勢いに押され先輩が仰け反る。
「あ、あれか、あれは我が家に伝わる古代魔術のひとつだ」
「古代魔術! ルーツとかって秘匿されてるんでしょうか!?」
「あぅぅ、真相は定かでないが機械王サトウなのではないかと聞いておる……」
「始まりの七人! 凄いじゃないですか……!」
勢い止まぬ美玲に質問攻めにされ、先輩は憔悴していくのだった。




