38話 動き出す
便利部結成のために必要なのはあと一人、早速探していこうと思った矢先、現れた所長の娘、紫は便利屋の依頼に連れていけと言う。
ただ依頼に興味があるだけのような気もするが、その真意は分からない。
「僕一号、喉乾いた」
「はいはい……ほれ」
現在、依頼前の事務所にてシャスティの準備待ちである。
飲み物を欲しているので、さっとコーヒーを入れて渡す。
「ご苦労……って苦い! コーヒーじゃん!」
「失礼しました。ご主人様! まさか、コーヒーごときお飲みになれないとは考えが至りませんでした……!」
「一号……!」
昨日から今まで、ちょくちょく会話していたが、少し気づいたことがある。この子は純粋だ。チクチクした言葉を吐いているが、おそらく根が優しい。
それに気づくと、ちょっと意地悪したくなってしまう。
「ごめんごめん、ほら、コーラやるから」
「ふん! あとで他にも奢ってもらう!」
「高くない物でな」
口を尖らせながら、コーラを飲む紫を横目に、所長がこんな子をどう育てているのかすごく気になったが、何となく家庭内カーストは分かるので考えないことにした。
「お待たせー、もう出発できるよ!」
シャスティの準備も終わったな。よし、行くか。
「おう、じゃあ紫サマ、行きましょうか」
「うん」
俺たちの今日の依頼はある家の内部の術式の乱れの整頓だ。
家を建てた際の不手際により、複数の術式同士が干渉する形となっているらしい。
壁を壊さずに何とかして欲しいという割と無茶なことを言ってきたが、シャスティならなんとかできるかもしれない、ということでシャステイは担当として決まっていたのだが、今回紫の要望により俺が同行することとなった。
「ねえレイジ、便利屋やってるのに、部活も便利屋と同じようなことするってどうなの? 面白そうだとは思うんだけどさ」
依頼主の家のある町までの道中、シャスティが聞いてきた。
「結局学生っぽいことって言っても思いつかなかったんだよな……それに、便利屋の力になることをしたいとは思ってたから」
「ふーん、あんたって便利屋大好きよね」
「……否定はしない」
人から言われると少し恥ずかしいが、便利屋という居場所は大事だ。便利屋の為になることは色々とやりたいと思う。
「一号……レイジは便利屋好きなんだ」
紫が小さく呟いた。ギリギリ聞こえる程度だったが、ふと口に出たようだ。ひとりごとのようだし、触れないでおこう。
「紫ちゃんは便利屋ってどう思う?」
シャスティがそう聞くと、紫は少し目線を落とした。
「……なんとも」
「そう?」
煮え切らない返事だが、聞いて欲しくないオーラが凄いのでこれ以上シャスティは質問しなかった。
◆
「レイジ……! これで大丈夫そう!?」
「おう、あーっ、右右! 違う左左!」
依頼主の家に到着した俺たちは早速、術式の乱れの修正に取り掛かった。
なんとかほんの少しだけ壁に穴を開けることの了承を経て、その間からシャスティが魔力で魔道具を用いて空中操作、俺がその指揮を執る形となった。
刻印が雑すぎて凄いめんどくさい!
刻印を魔道具で剥がして、綺麗に並べ直す。なんで壁壊しちゃいけねぇんだよ!魔法も魔術も使えるしすぐ直せるだろ!なんてことは口に出さないが、とにかく苦戦していた。俺が目として、シャスティが手として動いているが、簡単にはいかない。
「……ちょっと右にやらないと、術式壊れちゃうよ」
紫がふと口を開いた。どういう事だと思ったが、壁の中を覗き込むと、もう少しで刻印に触れてしまいそうだった。相性が悪い術式同士のため、干渉してしまえばダメになっていただろう。
「よく分かんないけどナイス!」
「左いけばいいんだよね!」
「そこら辺だ! よし、次!」
この後もちょくちょく紫による失敗回避を挟み、何とか依頼は解決した。
帰り道、さっきまでを振り返りながら歩いている。
「紫ちゃん! さっきはありがとう! でも、なんで危ないってわかったの?」
「うちにも、いろいろある」
「そ、そう?」
シャスティが軽く聞いてみるが、答える気はないらしい。
彼女の不思議な力についてはまた所長が何かを隠している可能性が高いので、あとでそちらへと問いただす事にした。
しかし、失敗する方向を指摘してくれたが、秒数など、まるで未来が見えているかのような正確さだった。紫がいなかったら俺たち依頼失敗してたんじゃ……
「まぁ、でもナイス働きってことで、なんか美味いもの買ってくか、紫サマ?」
「おいしいもの? パンがいい! みんなが食べてたってゆらから聞いた!」
妙に食いつきがいいな。それと、月城とは仲がいいらしい。
パンってなると、この前の空猫の依頼の時のパン屋のことか。
「あー! あそこか、塩パン買ってきてたとこ! この前食べたサンドイッチ美味しかったよ!」
「すっかり便利屋御用達だよな」
「うちは塩パンが食べたい……!」
パン屋は、今回の依頼のあった家から電車でそう遠くない位置にあるため、すぐに買いに行けそうだ。俺もあそこのパンはだいぶ気に入った。グラムさんの自家製パンと並んで美味いパンランキング一位タイだな。
「俺はカレーパン食いたいな……さっさと行くか、あの店、穴場だけどちょくちょくパンが売り切れてんだよな」
「! それはゆゆしき事態、一号、二号急ごう」
「ちょっと! 紫ちゃん走ると危ないよ!」
駆け出してしまった紫を追いかけてシャスティも走り出す。なんとも騒がしいな。
そう思いつつ俺も走り出した。
◆
パン屋へ着くと、紫とシャスティが様々なパンを見つめている。どうやら、美味しそうなものを見て欲と戦っているらしい。
「どれも美味しそうだよねー! 気になるのあったら半分こする?」
「うん……! 二号、それはナイスアイデア」
楽しそうでなによりだ。
俺も何か食べようかと吟味していると、ドアが開く音がした。少し振り向くと、どこか見覚えのある人だった。スーツを着た――初めてこのパン屋に来た帰り道に出会った人だ。
「どうも」
「おや、いつぞやの少年じゃないか。ここのパンが気に入ったかい?」
スーツの男はにこりと笑いながら慣れた手つきでパンを取っていく。
「そうですね! どのパンも美味しくて」
「そうだろう。僕は塩パンが好きだとこの前言ったと思うが、実はもうひとつ、お気に入りがあるんだ」
「ここの食パンもとても美味しいんだ。自分でサンドイッチを作ったりするのによく買っていくんだよ」
この人本当にパンが好きなんだな……話を聞いていたら俺も買いたくなる感じだ。営業でもやってんのかな?
スーツの男と話していると、パンを選び終わったらしい二人がやってきた。
「レイジー、選んだー? 一緒にお会計しちゃおー」
「一号、うちをあまり待たせる、なよ……」
紫はだんだんと言葉を失っていく。スーツの男を見つめた目には動揺が見える。手も震えているようだ。人見知り……?なんか変だな。
「おや、可愛いお嬢さんだね」
「話しかけないで」
「紫ちゃん!?」
紫は、スーツの男に食い気味になっている。相当気が難しいのか。
「すいません! ちょっと人見知りで」
「……大丈夫さ、僕はよく、笑顔が笑っているように見えないと言われるんだ。これくらい大したことないさ」
慌てて謝ると、笑って答えてくれた。良かった。
紫はというと、シャスティの後ろについて離れない。
「じゃあ俺たちもパン買ったら帰るんで……」
「ああ、すまないね引き止めてしまったかな」
「いえいえ!」
そう言って適当なパンを選んでシャスティに会計してもらう。あとでお金を返さなきゃ。
そうして、シャスティがレジへ向かった瞬間だった。
「――――――」
音がした。それが生物から発せられたものかどうか分からない。ひたすらに、高い音だった。そして、周囲が熱を帯びていく。
「なんだ!?」
俺はすぐに警戒態勢に入った。しかし、戦闘になる可能性が頭をよぎる。最近は攻撃魔法以外ならばある程度使えるようになった。自衛ならばなんとかなる。
シャスティも違和感に反応して戦闘態勢に入っている。
「お兄さん、後ろへ!」
「わ、わかった」
シャスティがスーツの男を後ろへとやる。すると外にそれが見えた。
「あれは……マンイーター?」
「うそでしょ! なんで!」
それは、足が異常に発達している。そして頭部は歪み、バラバラな方向に剥き出しとなった歯が飛び出している。
あの音はあれが発したものだった。そして、この嫌な感覚はゼダの作り出したマンイーターそのものだった。
しかし、あれはゼダがしばらく現れないから作られることはないんじゃ……
「レイジ、魔道具セット持ってるよね」
「しっかりあるぞ。でも近くに戦えそうなところあるか……?」
「結界は念の為で使う。レイジはあいつ上にぶっ飛ばせる?」
上にぶっ飛ばす……上昇気流でも作ればやれるか。
「やれる」
「おっけー、じゃあ怯ませるから、その隙に真上に飛ばして、そしたら私がぶっ飛ばす!」
「了解」
店の外を見渡す。幸い通行人はいないようだ。
確認してすぐに結界を展開させる。おそらくシャスティは魔力を砲撃として使う。そのため、魔力の割合多めの設定だ。
そして、シャスティが店の外にいるマンイーター目掛けて魔力の矢を放つ。光を放つその矢はマンイーターの足に直撃する。
体制の崩れたマンイーターを見ると、俺は魔法を発動、風を起こしてマンイーターを取り囲むと、そのまま地面の熱を大幅に上昇させる。自分で操る風と上昇気流によってマンイーターをなんとか上へと持ち上げた。
「シャスティ!」
「まかせて!」
シャスティは魔力を物質化させ、砲身を作り出す。そして、魔力エネルギーを凝縮させ、一気に解き放った。
魔力の砲弾は音を立てながらマンイーターへと真っ直ぐに飛んでいく。
着弾すると同時に爆発し、マンイーターは動かなくなった。空中だったのと結界によって防がれたことで、まわりへの被害は出ていない。
しかし、体にほとんど破損が見られない。俺は魔道具の四番――縄を取りだし、慎重にそれを拘束した。
「よし、シャスティ、俺は所長に連絡するから、これ見張っててくれ」
「わかった」
一体なぜ、今になってマンイーターが……電話すると、すぐに所長と繋がった。
事情を説明すると、迎えに来てくれるらしい。
とりあえず、紫やスーツの男に声をかけよう。
「大丈夫でしたか? なんか怪我とか」
「僕は大丈夫、この子も後ろで隠れていたようだから平気だ。しかし、あれは一体……」
「すいません、事情は話せないんですけど、危ないヤツで……」
この後、リエンドの記憶処理班も来るだろうが、一般人に話すことは出来ない。
紫の方を見ると微かに震えていた。
「とりあえず大丈夫だぞ。ごめんな、怖いもん見せて」
「大丈夫……それより一号も二号も怪我してない?」
「ん、大丈夫、俺はともかく、シャスティはめっちゃ強いからな」
紫はそれを聞くと、少しホッとしたように息をついた。俺たちを心配してくれていたようだ。
「とにかく、また色々と動きだしたみたいだな……」
存在しないはずのマンイーター、それが何を意味するのか、俺はまだ知らない。
でも、これ以上の被害を出さないためにも、便利屋として何とかしたい。そう思った。




