3話 とりあえず見てきな
「本当は他のメンバーも紹介したいんだが、今出払っていてね。どうしようかなと考えたんだが……とりあえず今手頃な依頼あるから綾崎に着いていってみなよ。調査系じゃないし『便利屋』のスタンダードとして分かりやすいと思う」
「魔法とか魔道具の使い方だとかもおいおい説明していくから安心しな。探偵業務もある程度になったら手伝ってもらおうかな」
便利屋に入ることが確定してすぐ、美玲の依頼についていくことになった。
とりあえず実際の現場を見てイメージするのはいい事だと思う。あと単純に気になる。そんなことを考えながら、美玲とともに依頼人の家へ向かった。
「ここが依頼してきたお客様の家ね。さっきも言ったけれど、今回はドアまわりの整備を頼みたいらしいわ」
「なんでも、侵入者避けの術式が古くて今の規格と違うせいで危なくってしょうがないらしいわ」
「……危ない?」
「まぁ、端的に言えば侵入者絶対殺すマシーンがゆるゆるの条件で発動しちゃうから危ないってこと」
なんて家だ!魔法とかを使う人の家のテンプレートなんで知ったこっちゃないが、規格が古いとか言っていたし現代でも普通の方ではないのだろう。
「侵入者殺しの術式自体はおかしくもないんだけれど、今と比べると昔の方がやっぱり単純で発動条件がゆるゆるだったりするのよね。そうすると誤作動とか起こりやすいのよ。」
「……思ったんだけど、自分らを危険に晒すような罠を作っといてそれに対処出来ないってどうなの?」
「いい質問ね。これには撃退術式の汎用化という要因があるわ」
「汎用化?」
美玲いわく、昔はそれぞれの家で守りを固める必要があったため、一定の知識が前提としてあった。しかし、そういった術式が発展するにつれて、テンプレートと化し、代を重ねる毎に詳しい原典を知るものが居なくなったのだという。
「仮にも魔術なら専門のひとつっぽいのに、起源に詳しいわけじゃないんだな」
「まぁ、現代では魔道士は戦う必要なんてほとんどないし、大体が外の機関で研究できるもの。自分の拠点に研究設備が整っているような大きな家は別だけれど」
レイジが想像していたような、魔法や魔術がバチバチ殴りあってるなんてことはないらしい。
「で、魔道の家を継いでる人のなかには、今回の依頼みたいに自分じゃ分からない術式に困ってる人もいるわけね」
「じゃあ、前置きはこれくらいにして依頼にとりかかるわよ」
家の中に特に変わったところはなく、普通の人が住んでいても何もおかしくないありふれた様子だった。
「今回はどうもありがとうございます。いや、どうも三百年程前の術式らしくてですね。このころどこかの術式の不具合か、まれに玄関のドアを開けると雷撃が発動してしまって困ってるんです」
それで窓から案内されたのか。だが、それよりも
「三百年……」
この家はそれほど昔から存在するということか。現代的で、とてもそうは見えない。すると玄関周辺を調べていた美玲が家主に問いかけた。
「三百年とおっしゃいましたが、家自体はいつからあるのでしょうか」
「ええと家も術式と同じくらいだと思います。なんでも、家を建てた際に備え付けた術式だそうで」
それを聞くと美玲は少し考え込んで家の外装と内装を見直した。
「……つかぬ事を伺いますが、家の内装も当時から変わらないのでしょうか」
内装?なんでそんなことを聞くのだろう。確かに現代的ではあるが……
「あぁ、父の代でリフォームしたと聞いています。私が生まれる前なので五十年ほど前でしょうか」
「ではおそらくそのリフォームはお父様自身で行ったのでしょう。他の術師に依頼してはお金がかかりますからね。術式代を浮かすために自分で工事してしまう人は多いんです」
「なんと、いや、たしかに父はやりそうですね」
魔法とかを使えてもお金は惜しいということか。たぶん研究費用とかで飛んでくんだろう。
「リフォームをご自身で行った結果、追加した何らかの術式と、建造当初からあった術式が干渉した。もしくは、術式の刻字から少しずつ魔力が漏れ出て不具合が起こった、というような要因が考えられます」
「あとひとつ、可能性はとても低いのですが、元々の術式に不備があり、何とか正常に発動していたところにリフォームでトドメを刺したということもあります。一旦調べてみなければ断言はできないですが」
「なるほど……とりあえず必要があれば存分に調べていただいて結構ですので、よろしくお願いします」
「なんで内装がリフォームされてるって分かったんだ?」
「あぁ、内装が古くからある家の割にあまりに現代的で外装とちぐはぐなことと、術式のまわりの魔力の流れが複雑すぎることからね。内装の拡張術式が新しいってこともあるわ。それに伴って術式が混線してる」
「なるほど」
家に到着するまでの間、軽く説明を受けた通りに魔力を見ようと試みる。目元に少し流してもらった魔力を頼りに感覚を掴む。一度体が魔力を認識すれば見るのは簡単だった。しかし、見えたはいいものの普通の状態が分からない。ぼんやりと線のようなものが見える気もするが、これはこんがらがってるのか。まだ経験が必要そうだ。
「罠の術式に不備はない。古いだけか。玄関の時点で拡張を刻んである……あぁ、ここが干渉しあってる。二つが重ならないように組み換えれば良さそう」
美玲は術式を見ながら小さくつぶやいている。
やがて俺の方に振り向いた。
「よし、魔道具箱から三番とって」
「わかった」
美玲が持ってきた箱の中から、言われたとおりに三番と書かれた蓋を開ける。すると中からピンセットのようなものがでてきた。
「三番は術式を切り取って貼り付けることが出来るピンセットみたいなものね。使うこと自体は簡単だけど、単純に器用じゃないと変なとこに術式が貼り付けられちゃうから注意」
ざっと概要を説明しながら美玲は玄関周辺の術式を整頓した。複数の術式を互いに干渉しないように移動させる。ケーブルの整頓みたいだ。
術式のある空間を元の状態に戻すと、美玲は一息ついた。
「術式の干渉がないように流れを整頓しました。これで不具合はなくなるはずです。術式自体を新しくしたい場合は、前もって説明した通りに、専門家に依頼してください」
「いやぁ、ありがとうございます。術式自体はこのままにしようと思います。最近の世は魔の者同士の争いも少ないし、これだけあれば大丈夫でしょう」
よほど困っていたらしく、先程までとは笑顔の輝き具合が違う。
「では、失礼します」
美玲がそう言ってお辞儀した。俺もまねしとこう。
「失礼します」
お辞儀してから、俺たちは安全となった玄関から家を出た。
家を出て、しばらくすると美玲が話しかけてきた。
「依頼どうだった? かなり楽だったし、やることほとんどなかったけど、実際に見た感じとかは」
「まぁ何となく雰囲気は分かった、と思う。今回は魔法使わなかったけど、使う時もあるんだよな?」
「そうね。今回使わなかっただけで使う依頼が少ない訳じゃないわ」
道具の使い方もこれから少しずつ教えてくれるらしいし、ワクワクしてきた。
「てか、魔道具で解決できる依頼って家の人が道具使えばいいんじゃないの?」
「それはそうかもしれないけど、普通の家が専門的な道具をいつでも対応できるように買っておくかしら。学校の火災報知機の点検するあの棒みたいなやつとか」
「たしかに」
「あと高い」
一番しっくりきた。にしても、質問ばっかしてるのに全部丁寧に答えてくれるな。
「今日一日でなんか、ありとあらゆることがひっくり返ったわ。まじでありがとう美玲」
「礼ならこれからの働きとスポドリと菓子パンにしてね」
「了解」
こうしてレイジのなんでもない、それどころか終わりかけていた人生は転機を迎えた。
・刻字……魔術を扱う際に刻印される文字(魔導文字)のことを指す。
・魔術は、基本的に魔導文字を刻印することで発動条件や効果を設定する。刻印の一つの手段に、刻印液という特殊な液体を用いたものがあり、この場合魔道具で術式をはがしたり、移動したりできる。