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オルトレイジ  作者: 立木ヌエ
第二章「日常に潜む影」

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29話 夏休み後半の世の中

 八月も半分が終わり、世間ではこの頃から宿題をやっていない子供たちが焦り出す頃だろうか?いや、本当にやらない子供はもっとギリギリまで粘るかもしれない。


 陽樹はそんなタイプらしく、この前聞いた時は、魔道学校の課題にはひとつも手をつけていないと言っていた。色々なタイプの課題が出ていると聞いたが、今日もまだ、まるで手を着けそうにない。

 なぜかというと……


「うっしゃあ! 祭りだあ! 俺くじ引いてくる!」

「えー! 陽樹ってば知らないのー? あれ、当たり入ってないんだよー!」

「んなわけねぇ! 嘘つくなゆら! おっちゃん達は子供たちに楽しんでもらいたいもんなんだよ……!」


 そう、夏祭りに来ているからだ。月城がみんなで花火を見に行きたいと駄々をごねたのを見兼ねた美玲が、俺たちにもお誘い……もとい巻き込んできたのだ。


 月城、美玲、陽樹、シャスティ、そして俺の五人で来ているのだが、シャスティは屋台をまじまじと見つめて、目を見開いている。


「すごい……これが日本のお祭りなんだ……」

「初めて来たのか、俺も実はあんまし行ったことないんだけど」


 そう言って幼少期を思い出そうとする。孤児院に入る前のことは幼かったからかあまり覚えていないが、少なくとも孤児院にいた時、祭りなんて一回か二回行った気がする程度だ。


「そうなんだ。私、マンガとかで見たくらいの知識しかないから、実際に見て凄い興奮してるかも!」

「だって、お祭りってラブコメでは定番のイベントじゃん!」


 そう言いながら目を輝かせる。ラブコメがどうとかは知らんが、確かに人混みや、屋台から匂う美味しそうな食べ物の香りなどは、初めて見ると興奮するものだろう。


 だが、当のシャスティ本人はそんな感傷はもう済ませ、月城と陽樹の方をチラチラとみているようだ。


「前も言ったけど、あいつらそういうんじゃないと思うぞ」

「えぇ! ホントかなぁ」


 頭真っピンクだな、本当に。この前の会話での感じは通常運転らしい。でも、それだけ素の状態でいてくれるというのは少し嬉しい。


「何の話をしているの?」


 シャスティが妄想の世界に入り込むと、美玲が話しかけてきた。

普段はかなりラフな格好をしているのだが、今日は浴衣姿である。 しかしなんとも、落ち着いた雰囲気に良く似合うな。


「んー? いや、ラブコメの波動を感じるって話」

「なによそれ」


 そう言うと、美玲はくすくすと笑った。


「てか、月城達の着物の着付けも家でやったんだって? お前ん家そんなことが出来んのな」


 実は、着物姿なのは美玲だけではない。月城とシャスティも着物着ているのである。


「そうね、お母さんがやってくれたの。ゆらは、割と大人しかったんだけど、シャスティなんか興奮して、着付けるのに苦労していたわ」

「へぇ、そうなんか」


 シャスティがおかしくなるのは想像つくが、月城って常にアクティブではないのか。少し意外だ。


「あの子は結構まわりを見ているわよ?」

「そうか? 俺には面倒くさい絡みしてくるけどな」

「同年代の新人が珍しいから構ってくるんじゃない?」


 それだけか……?まぁ気にしたところで、変わらんしいいや。


「てかさ、お前と月城っていつからの付き合いなんだ? 結構親しい感があるが」


 月城は美玲の言うことなら聞くし、やっぱり付き合いが長いんじゃないかと思った。これまで聞いたことがないが、どうなんだろうか。


「幼稚園からずっと一緒なのよね。それで言えば、陽樹も腐れ縁なんだけど」

「幼なじみなんか!」


 それであの三人の間には、特に遠慮がないのか。月城や美玲が陽樹には雑な扱いなのもそのせいだろう。


「なぁ! 花火まで時間あるし、各自別行動でもいいか!」


 陽樹はまだくじ引き店に行っていなかったらしく、うずうずと体を揺らしている。


「アタシはそれでいいよー、てか陽樹をあらゆる屋台でボコしてやるから……」

「おぉ? やってやんよ!」

「みれ! あとで電話するね! 今日はちゃんと出てねー!」


 そう言って二人は人混みへと消えていった。


「ちょっと! 最近はしっかり使えているでしょう!」


 美玲のそんな反論もおそらく聞こえていないだろう。


「私、ちょっと二人を尾行してくる……!」


 そう言うと、シャスティも二人の後をひっそりと追いかけていった。俺と美玲は取り残されてしまったようだ。


「どうする? 一緒にまわる?」

「そうね、私、食べたいものが色々あるのよね」

「お、いいじゃん、俺も付き合うわ」


 こうして、俺達は花火までに屋台の食べ物を制覇する事を目標に、人混みへと入りこんだ。





「屋台の焼きそばって美味いみたいな話は聞いてたけど、なんで美味いんだろうな?」

「やっぱり、ライブ感というか、特別感があるかしらね?」


 目に付いた食べ物を片っ端から食べているが、何の変哲もない焼きそばがめっちゃ美味い。祭りっていいな……

 美玲は熱々のじゃがバターで舌を火傷したらしく、口を開けて悶絶している。


「熱かった…………ん、そろそろ集まった方がいいかしらね。電話はまだのようだけれど」


 なんとかなったのか、時計を見て美玲が言う。


「そうだな……って、アレあいつらじゃね……?」


 奥の方にある屋台を見ていると、陽樹と月城が見えた。なんの屋台か分からないが、言っていた通り全力で勝負しているようで、周りに観客まで付いている。


「あの子たち、一体何をしているのよ」


 美玲も見つけたようで、困惑している。


「とりあえず合流するか、シャスティ! どこだ!」


 少し大きめの声で読んでみると人混みの中から、障害をものともしない素早さでシャスティがやってきて、口を塞いでくる。


「ちょっと! 尾けてんのがバレるでしょ!」

「大丈夫だって、ほら聞こえてない」


 顔を陽樹たちの方へクイッと向けると、シャスティもその方向を向いた。まだ勝負は白熱しているらしい。


「シャスティもいたの、なら電話の必要はなさそうね」


 美玲はすこしも動揺していない。シャスティがおかしい事をしても動じない、慣れた様子だ。


「二人と合流しましょうか。花火まで時間もなくなってきたし」

「そうだな」


 二人に合流すると、まだ勝負が終わっていないと抵抗を始めたが、抵抗虚しく、勝負はお預けとなった。


 白熱した勝負を中断され、不満そうな二人だったが、美玲に叱られると、親に叱られた子供のようにシュンとしている、おもろ。





「うわぁ、花火楽しみー!」


 見晴らしのいい所に移動した俺達は、花火の時間を待っていた。あと少しで始まるはずだ。この街の花火は割と量が多く、これのために外からやってくる人も多いと言う。


「俺も楽しみだな……」


 シャスティだけではない、俺もかなり楽しみにしている。空で玉が爆発した火花で色んなものが表現される……音なんてかなり遠くまで響くのだから相当なものだろう。ニュースで見たことはあるが、実際に見るのは違うと陽樹が言っていたし、期待大だ。


「お! そろそろくるぜ!」


 陽樹がそう言うので、空を見上げる。少しすると、様々な種類の花火が空に舞う。暗がりを照らすその灯りは、普段見る火や、町明かりとは違う。

 その一瞬のために、様々な人々が時間をかけたのだ。長い時間をこの一瞬のためにかけてきたと思うと、その光り輝く空の花は、人々の願いの結晶のように思えた。


「綺麗……」


 各々が花火に見入っている。シャスティも思わず口に出たようで、自分が口に出していたことに気づいていない様子だ。あの月城ですら、静かに花火を見つめている。


『……いる………………近…………………………気をつけ……』


「ん、誰かなんか言った?」

「どしたのレイちゃん、花火で耳やられちゃった?」


 おかしいな、絶対なにか……


『あいつ…………いる…………すぐ近くに……………………気をつけて』


 やはり聞こえる……懐かしいような、どこかで聞いたような声で、声の主が男女どちらかは判別できなかった。しかし、みんなには聞こえていない?


 少し辺りを見渡す。周りにいる人々も花火に夢中のようで、一緒に来た人と会話したりしている。耳元で断片的に声が聞こえたが、周りの誰でもないのか……?胸の奥がざわついている。


 なんとなく断片的に聞こえたことが気になり、もう一度辺りを見渡す。気をつけろと言うのだから、誰か危険人物がいるのかもしれない。


 やっぱりそんな変な人はいないな……


「気のせいか……」


 そう思って花火に意識を戻そうとした時だった。背筋が凍るような感覚に陥る。なにか恐ろしいものに見つめられているような、飢えた野生の肉食獣に獲物として捕捉されてしまったような感覚だ。


「……ッ」


 声は出なかった。気配は背後からしている……しかし、ふとその気配はなくなった。短い間だというのに、長い間睨まれていたような感覚だ……獲物としての価値を値定めされていたようにも思える。


 後ろを振り向いたが、誰もいない。


「どうしたの? レイジ」


 美玲が心配そうな顔でこちらを覗いてくる。


「え、ああ、大丈夫大丈夫」

「……そう、ならいいわ」


 様子がおかしい事には気づかれたようだが、深くは聞いてこなかった。


 このあと花火を見ている間も、あの感覚を忘れることが出来なかった。

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