2話 日常が変わった日
美玲に連れられて来たのは、この都会とも田舎とも取れない中間のこの街において、無類の大きさを誇る巨大ビル……の横にひっそりとたたずむ雑多ビルのワンフロアだった。
事務所内は割と綺麗で整っていた。ただ、人がいない。
「あなたがOKを出した時点で雇うことは伝えてあるから、この後給料や、泊まるところについてうちの上司から詳しく説明してもらうわ」
「すげー仕事早い」
そう言って、応接間に案内される。
「お、どうした綾崎? 客連れてきたか?」
後ろから声がした。人の気配がないと思っていたが、今戻ってきたようだ。見てみると若い男だった。おそらく、彼が美玲の上司だろう。
「新人よ……さっき連絡したでしょう? スマホで」
「あー、お前まさかまた送信ボタン押さなかったな」
なんだって?現代の若い(おそらく自分と同じくらい)の女子が、スマホを上手く扱えない?レイジが驚愕の表情を隠しきれずにいると、美玲の顔がみるみる赤くなっていく。
「べ、別にまぁ?そういう日もあるもの。何もおかしくないわね。ただ、連絡が行かなかっただけだもの。特段困ることでは無いわ」
「いや、困ってんだけど、新人くんが来たってのに、今茶菓子も何も切れてるよ」
「いいでしょ! 茶菓子くらい! 明日にしなさい!」
「は、はぁ? おま、新人くんがここはやべえとこだって逃げちまうだろ!」
漫才でも見せられているのかと思いつつ、ここはこの雰囲気が普通なのだと感じる。気楽で、誰かの機嫌を伺う必要のない、そんな場所はレイジにとって久々だった。
「俺は別にお菓子とかいいんで、あー、あと、俺はレイジって言います。何するのか全く知りませんけど、頑張るんで……」
「そうかレイジくん。すまないね。とりあえず仕事のこととか説明しようか。暇だし…………ん? 何も? 大まかなことも何も綾崎に説明してもらってない?」
「……はい」
「…………ちょっと忘れてただけよ」
やはりポンコツだ。レイジも大概おかしい所があるが。
「うーん、うちの仕事を知って来てくれたんだったらもう即採用! なんだけど、何も知らないかぁ」
「宿と三食がつくと聞いたので大抵の事はやります」
「すごいね君」
レイジの目を見て、若い男は何かを見透かしたように微笑む。
「じゃあ説明するとしようか」
「まず、私は天草勝己という。ここの所長だ」
「君、魔法は知ってるね?」
「まあ、一般的なとこまでなら多分」
魔法……一般的に魔力による現象を指す。この世界に満ちる魔力を用いたその力は、昔から人々の生活を支えてきた。使える者は限られているが、この世界では存在自体は珍しいものではない。
「じゃあ基礎的な話は省くけど、魔法は人類の繁栄のもととなっている。機械の発展で立場を失った魔法も多いが、未だに魔法に頼るしかないものや、利便性が機械に優るものもまだまだある。一方、その絶大な力は人の悪い面も写し出す。まぁ、魔法犯罪ってやつだな」
魔法による犯罪、聞いたことはある。魔法を扱う人が少ないことから件数は少ないものの、凶悪なものも少なくなく、魔法に対する不満がこの世界に存在する理由のひとつだ。
「俺らは魔道(魔法と魔術の総称)専門の「便利屋」をやってるんだが、最近は探偵とかに近いこともやるかな。さっき言った魔法犯罪の情報を集めて、真相を探る! っての」
「便利屋……」
あれか、これかと予想してたものとはまるで違った。最初に魔法という単語が出てきた時点で大ハズレだ。人手が欲しい業界なんてのは今の時代ありふれている。その有象無象のひとつと思っていた。レイジ自身、そういった会社に採用を求めたことは幾度となくある。もっとも、レイジは身分を証明できなかったために面接にすら至れなかったのだが。
「俺に何が手伝えるのか分からないんですけど」
「あぁ、うちが探してた人手ってのはな……」
「魔法が使えそうなやつだ」
「…………え、俺が使えるかもってことですか?」
魔法が使えそうなやつ?魔法なんて使えるだけで、あらゆる企業に引く手あまただっていう、天賦の才だ。使えるかどうかという点において努力でどうにもならないために、研究機関や魔法界では常に人材を求めているらしい。レイジがそんな事を考えていると天草は続けた。
「いやぁお偉いさんとかさ、でっかいとこって魔法使えるやつ全部もってっちまうの! うちの仕事だって決まった業種って訳じゃないけど、魔道界では必要な仕事とされてんのよ! なのに人材が一向に回ってこない! 魔法使えそうなやつは大抵察知されるか、自分からいい企業に売り込みに行くからさ!」
「なんで、魔法に適正があるのに放置されてたのか知らないけど、君はうちにとって待望の人材なわけよ!」
納得いかないことも多々あるが、綾崎はそれを見越してレイジを誘ったのか。
「そうね。魔法適性があると気づいた時点で採用することは決まっていた。もしうちで働く気はないといった趣旨の発言をしていた場合、あなたは二度目の生命の危機を迎えていたわ。」
「綾崎!? お前そんなこと考えてたんか!? レイジくんも引いてるよ!」
「冗談よ、ふふ。」
やばい一面を垣間見た。命の恩人が死因になるとこだったのか。
「ま、まぁともかく、君はうちに必要ってことだ。これからしばらくは仕事に関する魔法を覚えてもらう!」
「俺、魔法使えるんだ……」
正直嬉しい。これまでの人生で楽しいことも、辛いこともあったが、魔法が使えるということで、自分が特別な存在であると思える。
……しかし、なぜ今になって魔法が使えると知ってしまったのか。そのことについて、理由は分からないが、やるせなさを感じる。まぁ、最近悪いこと続きだったからだろう。
「素性についても詳しくは聞かないでおこう。うちは、自由を掲げた職場だからね……では、ようこそレイジ君! これからよろしく頼むよ!」
「……はい!」
・魔法は先天的才能、魔術は後天的な技術。二つ合わせて魔道と呼ぶ。
・魔法をメインで扱うものは魔法使い、魔術は魔術師と呼ばれる。魔法士(師)で呼称しないのは、魔法士トリトという最初期の魔法使いに与えられた呼称であるため。
・美玲がスマホを上手く使えなかったのは、スマホ自体を購入したばかりかつ、魔道具ではない機械に全く触れてこなかったため。