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オルトレイジ  作者: 立木ヌエ
第一章「始まり――魔道のある日常」

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20話 悪魔には天使をぶつけんだよ!

 一通りの儀式の説明を受けた俺たちは、それに必要な準備に急いで取り掛かった。


 地下から出る際に、シャスティとアルトから、後で必ず真実を話すと言われた。色々隠していたことはあるが、今は協力しようとのことだ。

 シャスティの顔に曇りが見えたが、すぐに決意を固めたように、険しい顔へと変わっていた。


 悪魔召喚まで残り猶予は30分ほど、急いで準備しなくては、30分でもギリ何とかなると言っていたから、それを信じる他にない。


 他の便利屋メンバーが出払っていなければもう少し楽だったのかもしれないが、ないものねだりしても仕方ない。普段は依頼解決には出向かない事務員さんに車を出してもらって、作戦のための配置にそれぞれが向かう。最終的な発動は俺が所長とアルトに補助してもらう。


 アルトの提示した作戦はずばり、悪魔式にヒントを得たものらしい。これも伝承に伝わるものだが、様々な文献の「天使」に関する記述では、天使は悪魔に対抗する存在と言われている。そして、悪魔式のように通常ではない術式を用いて召喚された例があるとのことだ。


 陽樹、シャスティが補助道具の破壊、美玲は全部で五つ必要な点に捧げ物として、祈りを捧げるらしい。祈りと言っても、アルトが取り出した、祝詞のような言葉を綴られている、誰が元なのかよく分からない偶像を置くだけらしい。


 点の大体の位置は分かるが、魔力が集中した細かい点の位置を見ることが出来るため、美玲による魔眼が必要だという。


 そして、特に重要なのは悪魔式に重ねた形にして、発動に便乗しようという点だ。そのため、召喚がなされるタイミングに合わせてこちらも術式を発動する必要があり、かなりシビアな挑戦になる。


「天使の現界やそのスケールも、不完全な悪魔式に引っ張られることで対抗できる程度のレベルになるはずだ。そして、正直言って、制御はできない。術式をある程度破壊したものに便乗する」


 所長が説明するように、今回の術式はゼロから構築するものではない。そのため、不完全さ、曖昧さといった要素全てを、悪魔式と共有する形になるのだ。


「気合いで何とかならないですかね」


 制御できない別世界の生物なんて怖すぎる。


「為せば成るよ、多分ねぇ」


 アルトはなんというか、緊張感があまり見えない。しかし、しっかりと対局を見据えたような感じがしている。


「……よし、補助道具の破壊を確認した。よくやった二人とも」


 俺達も召喚場所へと向かう。アルトが他のメンバーにかけたように、精神干渉を防ぐ魔術をかけてくれた。結界の一種で、体の外から中への魔力の流れを阻害するらしい。これのおかげで、一般人のように、抵抗できずに悪魔を崇め始めることは無い。


 しかし、召喚の中心地、交差点に近づくと、あたりの魔力の異質さがわかる。重々しく、ドロドロとした感じがする。普段空間内に漂う魔力は純粋無垢、まっさらな感じで、どの方向性にも属さない。しかし、空間の魔力が全体的に悪魔式に影響された状況は異質だった。


「美玲も設置が終わった。のこり時間は少ない。準備するぞ」


 交差点近くに到着すると所長がそう言って、術式を構築し始める。アルトは術式と俺の連結の準備をしている。


「これは魔術的だけど、普通の魔術と違って君の魔力自体を利用する。体にだいぶ負荷がかかるから、意識をしっかり保ってよぉ」

「分かってます。絶対なんとかします」


 覚悟なら決まっている。便利屋という居場所を守りたいという気持ち、前まではそれしか無かったが、ゼダという人間を見て、少し考えが変わっていた。


 魔道は便利な力で、人々の生活を豊かにすることが出来る。しかし、そういった力のすべてが、いい方向に使われる訳ではない。俺はできる限り、悪い方向へと使われた魔道を正していきたい。大それたものじゃなくても、少しでも、良い方向へと向かえるようにしたい。


「よし、私の方は終わった。あとは頑張って一般人を非難させようかな」

「分かりましたぁ先輩。じゃあこれ持ってってください」


 結界の魔道具のようだ。しかしうちで扱うのとは少し違う。


「分かった。発動させてこよう。すぐに戻る」


 そう言うと所長はまず、まず魔法を使う。


「……ふぅ、『限定解除・陽炎』」


 所長が魔法を行使すると、人々の様子が変化する。何かに導かれるように、フラフラと交差点から離れていく。

 みるみるうちに交差点から離れ、歩いていくのが見えた。何か幻覚のようなものを見せられているようだ。

 そして、結界を展開した。その規模は大きく、かなりの範囲を覆うものだった。


「よし、これであとは術式に集中だ。アルト、できたか?」

「とっくに準備おっけーでーす」


 そして、術式と俺の魔力を接続させる……直後に痛みが体に走る。


「……!? ぅぐ……」


 目眩がする、吐き気もする。そして、全身の血管が熱い……!これは魔力欠乏のサインだ。普通に暮らしていれば滅多に起こらないことだと美玲に教わっていた。俺の魔力量がすごいとの話だが、悪魔式に便乗した形での不完全な召喚ですら、このスピードでその膨大らしい魔力を持っていかれるのか……!


「この術式は起動でだいぶ魔力を持っていくから、正直ここで気を失うって終わりってのも考えてたんだけどぉ、やるねぇ、ガッツあるじゃん」

「大丈夫か、レイジ君! 頑張ってくれ……!」

「あと少しで時間だね、呼び出した天使は悪魔に敵対するだろうけど、制御出来ないんでぇ、先輩は全力で周りの被害を食い止めてくださいねぇ」

「分かってる、まだ体はもたせてやる!」


 所長も余裕が無さそうだ。辺りの一般人は所長の魔法がなければすぐに悪魔が召喚される方へとやってきてしまうのだ。


 ……辺りの空気が重くなる。ゼダの時とは違い、理解できない恐ろしさを感じる。アルトの魔術ありきでも、精神干渉のレベルが違うのがわかる。


「すごいなぁこれ」

「よし、耐えろよお前ら、気をつけてその場から離脱だ」


 所長が他のメンバーに通信を送る。全員なんとか大丈夫そうだ。


「来るよ、レイジ君」


 アルトの声でさらに気を引きしめる。絶対に何があっても意識を保つ!





 空気が震える。交差点の中央、その地面には黒い渦が淀んでいる。奴が、来る。


「あれが……悪魔……!」


 渦からそれが這出てくる。

 それは、人の体をしているが、頭がない。首にある切断面からは、細く、小さな腕が無数に生えている。  

 異様に長いその腕の先には、指が四本しかない掌があった。異常なのは頭だけではない。本来腕のある場所には、左右に二本ずつの腕が生えていた。人のそれではあるが、普通の人間より、一本ずつ多い。足は脛から先がなく、宙に浮いていた。そして、全身の至る所に角のようなものが生えている。


「天使出てきませんよ……!」


 割とキツイから早く来てくれ!


「今来るよぉ!」


 悪魔の正面あたりに、今度は光の渦が現れた。そこから光の粒子が溢れ出てくる。そして、形を成していく。


 それは、自分の知る生物のどれにも当てはまらない造形だった。大きめのサッカーボールくらいの謎の球体を中心に、あらゆる要素が組み合わさる。その球体は目であった。目のまわりには二対の翼、そして、剣のようなものが浮遊している。目の上方には、天使をイメージした際に一番使われる、光の輪が浮いていた。


「うーん、どっちも下位の個体っぽいねぇ、良かった先輩なら被害ゼロにできそうだ」

「無茶言うな、集中してるんだから変な事言うな」


 上位存在が顕現した。フラフラする。まだ限界ではないだろうが、魔力を持っていかれている感覚がとても強い。


 しかし、どちらも動かない……そう思った矢先だった。


「『獄炎』!!!」


 一瞬で何が起こったのか分からなかった。所長が魔法で何かを弾いたらしい。弾かれた先をみると、悪魔の細長い腕の先端が落ちている。見えない速度で攻撃された……!いや、周囲に無差別に攻撃を行っている!


 すると、天使が静かに動きだした。音もなく周辺に浮いている剣を悪魔めがけ射出する。射出したそばから、再生成されている。


 悪魔はそれを捌くので精一杯のようで、無数の腕が全て剣を受けるのに使われている。こちらも、切れた腕は即座に再生している。


「なんだよ、こいつら……」


 異次元すぎる。しかし、アルトがボソッと下位の個体と言っていた。意味的にまだ上がいるということか?信じられない。


 それよりも、頭にガンガンなにかが響いてくる。おそらく悪魔の精神干渉だ。あいつを讃えなくてはと、頭の片隅に思考がよぎる。

 だが、それだけではない。天使の影響だろうか、なにか清々しい。

 人のすばらしさが不自然に感じられる。そして、神の視線を感じるような気がする……


「レイジ君! 意識持ってかれてるよぉ! どっちも根幹は相容れないものだ! 絶対に心を許すな!」


 アルトが強い口調で語りかけてくる。少しずつ意識がはっきりしてきた。危ない、どこか遠いところに意識が持っていかれるようだった。


 依然として悪魔と天使は攻防を続けている。しかし、悪魔の動きに変化があった。悪魔の背中からさらに多くの腕が生えてくる。そしてなにかの形を作っている……あれは、何かの陣?


「ありゃりゃ、でっかい……魔術式かなぁ、あれは」


 魔導文字は見えないが、どこか幾何学的な模様が作られていく。


「まずいな、私の魔法でも防ぎきれるかどうか……」

「天使はおそらく周りがどうなろうと、どうでもいいだろうから、自分の防御にしか魔力を使わないでしょうしねぇ」


 天使は、悪魔が術式を組んでいることに気づいたようで、羽から光を放ち始めた。そして、無数の光線が悪魔へと向かっていく。しかし、それも悪魔は腕を犠牲にして防ぐ。悪魔の術式が完成しそうだ……!


「所長……! 術式の左下の腕!」


 後ろから声がした……この声は……


「美玲!」

「あの腕が術式の中心を担っているみたい! 魔力の流れがあそこを中心にしているわ!」


「分かった! ふぅ……『獄炎』」


 所長の魔法が美玲の指定する腕に直撃、すると術式の発動しかかった魔力が霧散していく。


「術式が崩れる!」


 その瞬間悪寒がした。悪魔がこちらを見つめている。顔などないのに、目を向けられている。まずい、呼吸が荒くなる。息が出来ない。


「こちらの存在に気づいた……! しかもレイジ君を見て、天使を維持しているのを見抜いたのか! 精神干渉を一点に集中している!」


 やばい、もう頭がおかしくなる……


「レイジ! おおおおお! 見よう見まね! なんとかなれ!」


 陽樹だ。その声と同時に精神的に楽になった。この感じは、アルトの術式……?


「っはぁ! 助かった、陽樹……!」

「上手くいった! アルトさんの真似だけどよかったぁ!」


 こいつは身体強化など、感覚的に使う魔法も天才的に扱えるらしい。感覚だけで、魔術を魔法で再現したのか。


「所長さん! これ使ってください!」


 シャスティもいるようだ。大きな砲身を持っている。


「これは……まさか私の魔法の補助装置かい?」

「はい! 熱に強い、火炎放射的なイメージで作りました」

「ありがたいね、実は結構無茶してたんだ」


 悪魔と天使の戦闘はさらに激化している。時折両者の攻撃がこちらに飛んでくる。


「よし、『獄炎』!」


 所長の魔術が広域に広がる。威力をそのままに、広範囲に対応している。青い炎が攻撃を遮断する幕となっている。


「あぁ、かなり楽になった! でも、やっぱりだいぶキツイな!」

「耐えてください先輩」


 アルトも汗が滲んでいる。術式の接続はかなり強引だと言っていた、だいぶ神経を尖らせているようだ。


「おい! あれ!」


 陽樹が叫ぶ。その指先は悪魔の方を指している。見ると、悪魔の体が崩れ始めている。


「退去時間のようね! 魔力があの場所から漏れているわ!」

「つまりあとひと踏ん張りだねぇ!」


 ゴールが見えた!ここを耐えぬけば……!

 悪魔の崩壊がどんどん加速する。無数の腕はその数が数える程となり、そして……


「――――――」


 声にならない叫びのようなものが聞こえた。そして悪魔は消失した。


「やった……!」


 声が漏れる。保っていた意識が途切れそうになった時だった。


「っ! レイジ!」

「え?」


 何が起こったのか、たった一つの光の線が、俺の左目に直撃した。


 天使だ。天使の魔法が俺に向かって放たれた。なんで?心臓を狙ったその一線は、俺が倒れそうになったことで、狙いが逸れたようだ。


「術式との連結は解いてある! あと少しで消える! それまで彼を守れ!」


 目があつい。アルトの声でみんなが俺を守るように天使の前に立ち塞がる。


 しかし、意識はそこで途絶えた。

・天使の召喚式……悪魔式に便乗する形でアルトが完成させた。天使は伝承では悪魔に対抗する存在として描かれることが多く、それを当てにした。具体的な召喚の伝承は別の形のものしか存在しないが、悪魔式の生贄にあたる場所に祈りなど、天使に関連するものを当てはめることで、天使の召喚も可能になるのではないかという研究が存在したため、それを参照した。一か八かな手段ではあった。

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