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オルトレイジ  作者: 立木ヌエ
第一章「始まり――魔道のある日常」

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19話 あぁ、賛美を君に! / リエンド第一特務処理班

あぁ、賛美を君に!



 俺はただのフリーター。今日もバイトが入っているため、夕方から駅近くの飲食店へチャリを漕ぐ。しかしなんだか、空気が重く感じる。しかも気分も鬱っぽい。ポジティブだけが取り柄だと言うのに、今日は妙だ。駅に近くなるにつれて気分が落ちていく。ふと周りを見ると、皆顔が暗い。気圧が低いのだろうか?しかし、自分は気圧にも特に左右されないのだが……

 駅前の交差点。バイト先はもう目と鼻の先だ。しかし、気分が最悪だ。バイトに行きたくない。


 もう生きている意味もないのではないか?こんなバイトに明け暮れただけの人生、続ける必要はあるのか?神はいるのか?いや、いるはずだ!我らが君に賛美を送らなくては!あぁ!どうして気づかなかったのだろう!すぐそこに、目の前に、我々の(悪魔)が降臨なされる!あぁ!賛美せよ!我らが君に……………………!


 悪魔召喚まで残り一時間の駅前は、地獄であった。人々は名も、姿も、何もかもを知らない、そんな得体の知れない存在を、突然信じ込み、崇め始めた。交差点の中央を向き、頭を下げ、手を重ね合わせている。


 口々に「我らが君」と声を漏らす人々の目は虚ろで、盲信的で、退廃的であった。違和感を先んじて受けていた勘のいい人間も、その魔力に当てられてか、異常性に耐えることは出来ずに賛美に加わった。


 誰も抗うことは出来ない。賛美しなくては、その精神を保てないのだ。不安を煽るのも、それを救うのも悪魔の手のひらの上であるというマッチポンプ、その甘美な罠に誰も気づかない。気づくことは出来ない……。



リエンド特務班



 シャスティに連れられてきたのは、外壁もボロく、ところどころ鉄製の柵や手すりが錆びたアパートだった。例のラーメン屋の近くに位置しており、ゼダのいた屋敷に近く、五分程で到着した。


「こっちです」


 そして敷地内にある倉庫に到着した。


「……ここ?」


 倉庫の中を見ても何も無い。思わず声が出てしまった。


「待ってください……おいしょ」


 シャスティが倉庫内にあったダンボールの山を軽くどかすと、壁にラクガキのような術式が刻印されているのが見える。


 彼女はそこに、自身の手を重ね合わせ、発動させる。


「……なるほど、やはりか」


 所長が小さく呟いた。その瞬間倉庫内が青白く光を放ち始めた。

 そしてあっという間に、倉庫は地下へ続く階段の入口へと変化した。


「すげぇ!」


 陽樹は目を輝かせて、至る所をキョロキョロと見渡し、美玲は真剣な目で術式を凝視していた。

 程なくして、シャスティの案内で下へと降りていく。予想よりも地下深くへは潜らずに、大きく開けた部屋にたどり着いた。椅子や机などが揃っており、事務所のように見える。

 そして、事務所で考えた時の所長席、部屋奥の中央に男はいた。

 金色の髪、ふわふわとした天然パーマ、おっとりとした赤い目が特徴の緩い青年のようだ。こちらを見つめ微笑んでいる。


「やっときたねぇ、シャスティちゃん、それと……」

「久しぶりですねぇ、先輩?」


 その目線は所長へと向いていたようだ。



 その場にいた所長と青年以外は全員驚きで声が出なかった。


「え、アルトさん? 先輩ってどういう」


 シャスティがアルトさんと呼ぶ青年に問いかける。


「ん、そのままの意味だよぉ、ボクの先輩」

「表ではリエンド筆頭監査官、裏ではリエンドの第一特務処理班の班長、煉獄と呼ばれた男の名こそ、天草勝己。ボクの先輩さぁ」


 飄々とした青年はわざとらしく、役職を強調するように言った。


「もう俺……私は先輩じゃないと言っただろう。それよりもまさか、金森君を脅してテリムさんをうちに忍ばせたのか?」

「ちがいますよぉ、みなせちゃんにはちゃんとお願いしたんですからぁ、というかぁ、今はそんなこと言ってる場合じゃあないでしょぉ?」


 間延びした喋り方をしており、掴みどころのなさを感じる男という印象がとても強い。彼は俺たち全員の顔を見て言った。


「とりあえず、ボクの名前は三鷹アルト、第一特務処理班、班長さぁ。よろしくねぇ」

「特務班はやっぱり存在したのね……」


 美玲はここに来てから、ずっと考え込むように眉間に皺を寄せている。


「早速だけど、悪魔式について、対策のしようはあるから、手短に話そうかぁ」

「結論から言っちゃうと、悪魔式を止めることは出来ない。だけど、悪魔が最高の状態で召喚されるのを食い止めること、そして対抗することはできる」

「まずはこれを見て欲しいなぁ」


 そう言ってアルトは壁に映像を映し出す。駅周辺の様々な場所が見える。


「これはボクが駅周辺の監視カメラをちょちょいとハッキングしたやつなんだけどねぇ、ほら、交差点見て。みんな中央に向かって頭下げてるでしょ。これは悪魔の出現点になるところだね」


 異様な光景だった。多くの人が大きな交差点のその中央に、頭を下げ、手を重ねている。


「悪魔式発動による召喚の予兆だね」


 所長がすかさず解説する。


「そぉいうこと、で、召喚位置はわかったんだけどぉ、恐らく機械じゃ感知できない魔道具というかぁ、呪物が周辺に存在するんだよぉ」


 アルトが言うには、ゼダが残りの点で生贄を捧げ、悪魔式を発動する際、確実に補助の道具を用いているらしい。それ自体は悪魔式の位置関係とは別に、召喚位置周辺のどこかに隠されているはずだと言う。


「それさえ壊しちゃえば、安定が崩れて召喚が不完全なものになる。つまりさっきのゼダみたいに現界時間を制限できるってことさぁ」

「そうすりゃ俺らがまた時間稼げば勝ちになるってことだな!」

「目標がハッキリしたのはいいのだけれど、問題は悪魔に一体どう対抗するのかじゃないかしら」


 確かにその通りだ。その場にいないにもかかわらず、人々に影響を与えるほどの存在……そんなものに俺たちは対抗できるのだろうか。


「そうだねぇ、それに関しては秘策……というかぁ、諸刃の剣というようなものはあるんだけどぉ」


 何とかする方法を知っていると言うが、その顔は困った様子だ。


「実はボクは魔眼を持っているんだけどねぇ、それで見た結果、レイジ君、君なら何とかできそう……なんだよね」


 俺が……?


「ボクの魔眼は、単純な体内魔力の量を見ることが出来る。流れを見る美玲ちゃんとは違って、内包するものまで見通すんだけどぉ」


 美玲が質や、流れを見るのと違って、量を見る……しかも人の内部まで見ることが出来るのか。サラッと言っているが、これって俺のあの変な魔法について何かわかる可能性があるんじゃ……!あとでこの件を何とかして彼に話を聞いてみたい。


「レイジ君の保有魔力っていうのがね、ボク達と比べても桁違いに多いんだよねぇ。だから高度な魔術と、魔法をボク達全員でバックアップすることで使うことができるはずなんだ」


 俺の保有魔力量……図りようがなかったから分からなかったが、何か桁違いらしい。ちょっと怖いけど、俺が何とかできるのか!


「なるほど……そうか、レイジ君の正体がますます分からなくなったな!」


 所長は笑っている。それどころじゃないでしょうに!


「やることは分かったわ。それで、一体なにを発動させるのかしら」


 美玲は冷静に話を続ける。


「そりゃぁ悪魔に対抗するからにはやっぱり」

「天使、呼ぶしかないでしょ!」


 て、天使!?これには所長すら驚愕の表情だ。俺も突拍子のない発言に開いた口が塞がらない。


「じゃあ、天使自体の細かい説明はおいといてぇ、召喚の儀の説明に入ろうと思います! よいしょ!」


 俺はこの人についていけるだろうか……。

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