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オルトレイジ  作者: 立木ヌエ
第一章「始まり――魔道のある日常」

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18話 界域者

 あれは、異質な存在、この世に居てはおかしい存在だと、私の目が告げている。おかしな術式が発動したと思えば、依頼主の姿は元と似ても似つかない男へと変わっていた。


 ゼダ・カルプスと名乗る男の魔力はどこか気味の悪い感触がする。オマケにこの世界のものとは思えない、元の見えない流れ……魔眼が狂ったのではないかと目を疑った。しかし、どれだけ考えようと、私の視覚情報が伝えるものに変わりは無い。


 さらに言えば、シャスティのことも気になる。所長から注意しろと言われていたが、先程の戦闘時の言動を見るに、性格を偽っていたことは確かだ。現段階では味方であると思うが、警戒しなくてはならない。


 二つの事を同時に対処しなくてはならないと思うと、少し頭痛がしてきた。陽樹は驚いてはいたものの、しっかりと警戒し続けている。

 シャスティは奴のことを知っている様子だった。かなりの激情が見えたが、案外冷静なようで、無理やりに動こうとはしない。


「どうした? こないのか? 私を知っているのだろう? そこの女」

「……何、煽ってんの? じゃあ遠慮なくやってやる!」


 訂正、彼女は冷静ではない。先程構築した魔力砲に無理やり魔力を注ぎ込み、撃つつもりだ。


「待ちなさい! 砲台にガタがきてるでしょう!」

「問答無用……!」


 この子話を聞かない……!無理やり詰め込んだ魔力を全開で放つつもりだわ!かなりの威力がある。周りに結界もない。もし敵を倒せたとして甚大な被害が……!


「私を降ろした体にそんな魔法が通じると思うか? 女」

「先程までの魔術師人形とは違う。この体は界域を渡る至高の体だぞ」


 界域……気になるワードだが、今はシャスティを止めなくては!でも間に合わな……


「ちょいと待ってみないかい? テリムさん?」

「な! 魔法が……!」


 所長が音もせずにシャスティの横に現れる。そして、魔法の砲台に触れると、砲台はじわじわと魔力へと戻っていく。


「ほう? なかなかの腕を持つ者がいるようだ」

「こんにちは。ゼダ・カルプス。第六の界域者。あなたの目的は知らないが、お引取り願えないかな?」

「私を知るものよ、それは無理な願いだ。私は悪魔召喚を見届けなくてはならない。その腕に免じて願いを聞いてやらんこともないが、それ以外のことにせよ」


 私は動く気力すらなかったというのに、所長は平然と立っている。実力の差を見せつけられているようで、悔しい。

 しかし、この場では所長だけが頼りだ。私にできることは……


「ゼダ・カルプス……貴方の目的は単なる興味による悪魔召喚ということなんでしょうか」


 所長は牽制しつつ時間を稼ごうとしている。レイジが見えないことから、あの魔道具をいいタイミングで使おうとしているのだろう。私も少しは時間を稼げるように会話しなくては。


「ふむ……やはり、単なる興味という理由では納得しないか。緑の女。俺との実力差を理解していながら、臆せず問いを投げかけてくるとは、いいだろう。契約に反しないように目的を話してやる」


 かかった!何とかこのまま時間を稼ぐ!


「ずばり、人形調達だ」

「……なんですって?」


 人形調達……?彼は人形を操る魔術を用いて戦闘していた……つまり自分の魔術の道具を集めるためにここまでの大事を起こしたということ?


「魔石によってマンイーターを作り出したことはある種の実験だと話したな? これは、生贄の質を高めることでより上位の悪魔を呼び出す、そして契約先の目的が果たされた後、私の人形とするため……さらに言えば、実験が成功すれば、マンイーター自体を私の人形にすることが出来て良いと思ってな」


「つまり、ゼダ・カルプス。貴方は悪魔を、罪なき人々を自らの傀儡にしてしまおうと、そんな私利私欲のために多くの人々を巻き込んだということか?」


 所長から強い怒りを感じる。シャスティを抑えつつ、ゼダ・カルプスに牽制をしていた時にすら余裕を感じたあの所長が。しかし無理もない。私も許せそうにない。


「お前! ふざけんじゃねぇよ! 黙って聞いてりゃ自分のおもちゃが欲しいだけのガキってことか!?」


 さっきまで沈黙を貫いていた陽樹も怒りを露わにする。


「そりゃそうよ! こいつはそういう奴だ!」


 拘束された状態でシャスティも吠える。


「ふむ、確かにそう見えるだろう。しかし……それは貴様ら凡人の物差しだろう?」


 圧が変わる。重苦しい。空気に奴の魔力が染み出ている……!


「私にとって、この世の生物は素材でしかない。私がこの世に生まれ落ちた時にそう決まったのだ。何を勘違いして自分に権利があると思っている? 私が見逃してやっているだけと、なぜ分からない?」


 こいつは、根っからの異常者だ。これ以上会話で時間を稼げそうにない。


「そうかい、まぁ界域者全員がそうかは分からないが、君は人間と分かり合えないタイプだと分かった」

「だから、私も……頑張ってみようか」


 所長が術式を発動させた。これは……結界!術式の刻印された札を使って私たち全員に結界を展開した。なんて高度な術式だろう。魔導文字が通常では考えられない量刻まれているようだ。


「これはとっておきだからね。そう簡単には破れないよ」

「そのようだな。なるほど、そこらの人間にしてはよくやる」


 そう言うとゼダは術式を発動させた。腕に刻印されたそれは、すぐに何かを呼び寄せた。あれは、マンイーター!


「誤算ではあったが、マンイーターの成長率というのは素晴らしいものだとわかったのでな。余分に作っておいた」


 それぞれがラーメン屋の異常個体と同等かそれ以上の魔力を持っているように見える。あれを意のままに操るのか!


「それに貴様ら、ここで時間を使っていてよいのか?」


 何……?裏で何かやっているの?……まさか!


「私が無策に目的を話すと思うか? 貴様らは私を止めおけば、悪魔式を防げると思い込んでいるかもしれないが、とっくに悪魔式は完成している」

「なんですって!」


 ここでここまでの魔力行使をしながら悪魔式を完成させた?一体どれ程の力があればそんなことが可能になるのよ!『うそだろ!?』『クソ野郎!』といった陽樹たちの声も驚きに満ちている。


「まさか、そこまでできるとは、話に聞いた通りの桁違いだね」


 所長は、一体一体が一介の格闘家レベルの体術を扱うマンイーターすべてを、魔力の放出だけで対処している。しかしこれ以上は望めないだろう。


 ゼダ本人は余裕そうにどこからか取りだした豪華な椅子に座っている。何も出来ないのが情けなくなってくる。


「ゼダ……あの野郎! もう、所長! 結界といて!」

「無茶言うな!」


 シャスティはまだ冷静でない。しかし、時間を稼いだところで悪魔式が作動している。どうしたら……


「仕方ない、界域者に通じるか分からないがやってみよう!」

「『限定解除・獄炎』」


 所長がそう呟くと、所長の指先から青い炎が巻き起こる。小さく、しかし大きな光と熱、強大な力を感じる。


「おお! 素晴らしいな! 所長とやら! そこまでの技は久しく見ない! なるほど受けてやろう!」


 ゼダはそう言うと、人形を自身に集結させ、身に纏う。小さく凝縮され、人体が歪な形の鎧へと化す。

 そして、所長の魔法が炸裂する……!と思った時だった。


「……今だ! レイジ君!」

「王核の……! 姿が見えないと思えば……逃げたと思ったのだがな!」


 ゼダの背後には、いつの間にか回り込んだレイジがいる。なるほど、レイジには隠蔽の結界を張っていたのか。ゼダにも気づかれないレベルの高度な結界を!

 そして、レイジはゼダに向かって、何かを小さく呟いた。あれは……!?


「禁忌か! 回避せねば……!」


 あの魔法!?自分の意思で使おうとしているの?


「……へっ! 騙されたな! くらいやがれ!」

「なにっ!!!」


 レイジが魔道具を投げつける。ゼダは魔法が来ると読み、距離をとって魔力全開の小結界を展開していた。しかし、魔道具を投げつけられる。あれはジャミングの魔道具……!


「なにそれ!?」


 作戦を知らされていなかったシャスティが驚く中、魔道具が作動し、周囲の術式を停止させる。ゼダが使っていたのは魔術。つまりその全てが停止した。マンイーターもこれまでの個体と違い人形化していたからか、機能停止している。


「……なんともまぁ、この私が一杯食わされるとは」

「今の貴方は何も出来ない。退去時間まで効果は終わらないぞ」

「ふむ……私個人としては完敗だ。なるほど、やはり素晴らしい。貴様らは、現代の腑抜けた魔道士とは違うようだな」


 そう言うとゼダは椅子に座る。


「確かに今の私は完全な肉体ではない。この人形では召喚式を完全にできなかった故な。もって残り数分、いや、やられたな」


 そう言ってゼダは笑っている。


「しかし、それでも私だ。裏で悪魔式は発動させた。悪魔を我が人形にできぬのは残念だが、契約先の目的は達成だな」

「契約先の目的……? それは……」


 所長のその言葉を遮るようにゼダは続ける。


「契約に触れぬように話すと言ったろう? これ以上はいくら私でも不可能だ。契約とは世界の縛りに干渉している。破ってしまえば私でもタダでは済まない」

「レイジの排除命令がなんなのか、悪魔式を使うことの相手側での目的はなんなのか、それを話すことは出来ない」

「そんな……」


 レイジが落胆する。しかし、目的は分からないが悪魔の対処を考えないといけない。


「一体どこに悪魔が現れるのか。それくらいは話せないの?」

「なんとも、肝の座った女よ! 余計気に入った! よし、話してやろう! と、言っても分かっているのではないか? 悪魔式は伝承として語り継がれている。それぞれに差異はあるが、悪魔は決まって術式の中心から出現するものだ」


 中心……あの悪魔式の点の配置で中心となり得る場所は予め抑えてある。それは、


「やっぱり、この街で一番人が集まるところ……」

「駅の周辺!」


 目星はついていた。この街でも特に人の集まる大きな駅がある。そこが召喚場所の候補だった。しかし、まさか発動されるなんて……魔道で殺すという手段をどう達成させたか、聞いている時間はない。しかしこの存在ならできると思わされる。


「所長!」

「悪魔、どんなものか分からないが、向かうしかないか……」

「私はもう退去する。あとのことに関しては、敗北したゆえ好きにするがいい」

「無責任なこと言いやがって!」


 レイジが叫ぶ。


「待て! ゼダ・カルプス! お前……! 私の事を覚えていないのか……!」


 さっきまで静かだったシャスティが言う。相当頭に血が上っているようで、拘束を無理やり解こうと抗っているが、痛々しい様子だ。


「ふむ……すまないな、先程も言ったが、私にとってこの世の生物は人形の素材である。いちいち素材の細かな違いなど覚えてはいない」

「この……!」


 シャスティは所長の拘束を無理やり解き、ゼダに殴りかかろうとした。


「最後に助言してやろう。召喚自体にまだ一時間ほどの猶予はある。あぁ、言っておくが、解除は不可能だ……ではまた会おう」


 そう言ってゼダは消え去った。シャスティの怒りは空振りに終わる。


「…………ッ!」

「一時間……仕方ない。事が大きいし、流石にあいつも動くか……?」


 所長は何かを考えている。


「どうすんだ! かつき! とりあえずみんなで現地いくか!?」


 陽樹は、さっきまでの話について行けなかったようだが、事の深刻さには気づいている。確かにすぐに人員を向かわせるべきか……


「いや……リエンド、私の上司の元に行きませんか」


 シャスティが言う。彼女は結局何者なのか分からないが、何かあるらしい。


「私がシャスティ・テリムではないことはとっくに気づいていると思います。でも、信じてください。私の上司なら悪魔を何とかする方法を知っているはずです」


 リエンドに上司がいる……その上司が何とかする方法を持っていると言う。


「君は私の聞いた通りの彼女の弟子、シャスティ・テリムではないと認めるんだね?」

「はい」

「君はゼダを追っていた。そして、我々と敵対するつもりは無い?」

「はい」

「最後に、君の上司とは特務班の誰かなのかい?」

「……はい」

「……分かった。事は一刻を争う。どこへ向かえばいい」


 所長は彼女を信じるようだ。レイジも陽樹もそれに従うらしい。


 彼女を信用しきることはできないが、私も使える手は使いたい。満場一致だった。


「では、着いてきてください。私がいないと行けないところにあるので」


 こうして、悪魔召喚まで残り一時間、シャスティについて行き彼女の上司のもとへと向かうことになった。

・ゼダは人形の視界や聴覚を見ることが出来る。

・依頼主の人形……ゼダが美玲の話を聞き、便利屋に興味を浮かべるまでほとんどオートで動いていた。(笑い始める直前からゼダによる精神憑依)憑依自体はなぜかレイジの投げた魔道具の影響を受けなかった。

ゼダは正体を隠すために人形にした魔術師の用いるレベルの魔道までしか使用していなかった。そのため、彼の現界には時間の制限があった。

・マンイーター人形……ゼダの術式で人形化したマンイーター、ラーメン屋の個体のように、時間をかけて魔力と血肉を与えている。

人形化により、術式がないと動くことは無い。ゼダが退去した際に不具合が生じてその後動くことはなかった。

依頼主(ゼダ)が粗悪な刻印液を使ったり、こぼしたりしていたのは、ゼダが雑に人形を操っていたため。

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