1話 五百円の女神
青空が広がっている。十年ほど前にあったある大災害も人々の心からは薄れている。
そんな悲劇とは無関係のとある町、雲の一切が姿をくらます中、燦々と照らす太陽は、少年の体力をじりじりと確実に削っていった。
なにかをしようにも、暑さから逃れようにも動けない。今日の気温が例年のものよりも五度近く高いという情報は、先程近くを通り過ぎた高校生らの会話によるものだ。
「……腹減った」
さらに不幸なことに少年は空腹だった。最後に食べたものと言えば、数日前にたまたま手に入れた廃棄であろう弁当のみだ。公園の水で何とか凌いでいたが、水だけでは空腹は満たされない。限界である。公園のベンチでは死にたくないと考えつつ、どうしたものかと唸る。
「ガチめに限界だ。死ぬぞこれ」
「あらそう。私の前でくたばるのだけはやめてね。死にかけの人」
「…………はい?」
寝転んだ少年の上から声がした。
「全く、最近の人って他人に無関心というか、心がないのかしら。こんな死にかけの男の子がのびてるのに」
「はいこれ、とりあえずスポドリ。あとお腹すいてるんでしょ?菓子パンだけどあげるわ」
そう言って黄緑色の髪をした少女は、少年の命の恩人となった。
「マジで助かった。ほんとありがとう」
「いいわよ。五百円くらいだし。大した額でもないわ」
少女は誇らしげな顔をして胸を張る。なんというか、雰囲気はクールなのに、どこかに抜けてるところがありそうな。命の恩人に失礼な!と、少年は考えを振り払う。
「えっと、それで、お礼とかしたいんだけど……」
「ん? 別にいらないけど」
「いやぁ、さすがに、人としてこの御恩は一生忘れないというか。ただ、無一文なんで出来ることに限りがあるというか」
気まずそうにキョロキョロと目線を逸らしながら少年は言う。
「……無一文? あなた家は?」
「え、ないけど」
「嘘でしょ……?」
まさか、今たまたま限界だったのではなく、元々限界を迎えていたのか。少女は目を見開いた。
「あなたどうやって生きてきたの?」
「どうやってかぁ、うーんまぁ、孤児院に居たんだけどちょーっと抜け出してきたんだよな」
どうして?と口から言葉が出る前に、少年の顔になにか複雑な感情が見えた。聞かない方がいいかもしれない。
「そう。何があったのかはあえて聞かないけど、この出会いも何かの運命かもね」
少女が手を差し出した。
「うちで仕事しない? 宿あり三食つき」
「やります」
決断するのに迷いはなかった。
「ノータイムで返事……まぁいいわ」
「私は綾崎美玲。あなたは?」
「……レイジ。苗字はない。よろしく」
この出会いがレイジにとって幸運であったのか、不幸であったのか、今は分からない。しかし、彼の本質、ひいては世界に関わる重要な出来事であったことは言うまでもない。
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