1話 人員不足 / 五百円の女神
◆場面切り替え
◇回想、その他
基本的には一人称視点になるので、この1話のような形式が基本ではないことに注意してください。
9/27前半追加しました
10/1後半に加筆しました
人員不足
とある事務所の一室、部屋に入る際にドアの横の「所長室」という手書きのような看板が目に入る。
『しょちょー、今日って陽樹いないよねー? アタシ今の依頼が長引いて二個目行けないかもー』
電話越しに少女が言う。男は、今日の出勤が誰だかを思い出す。
「そうだね。美玲は来るけど……美玲も仕事あるしなー、一人でいいから新人が欲しいな……」
嘆いても仕方のないことだが、男は口に出すことで現実にならないかと淡く願った。
それを聞いていたのか、電話口から返事が返ってくる。
『新人が来たとしても、アタシの専門の方にはまわせないでしょ! しょちょーがもっと働いてよ!』
「そうは言ってもね……これでも私結構働いてるんだよ?」
ささやかな主張は無視されたようで、忙しいからもう切ると言って電話から電子音のみが鳴る。
自分からかけてきたのに、自由奔放だと思いつつ、事務所に持ち帰った前の依頼のデータを確認する。
「うーん、家の防衛術式の不具合に、大陸の道中の護衛? こっちは今は無理だな。海上での護衛ならまだ行けるか……魔法生物の捜索、これは美玲あたりに振っとくか」
多種多様な「依頼」と睨み合いながら、男は椅子の背もたれに寄りかかる。
「あー、ほんと、新人来ないかな、魔法使えたらなお良し!」
魔道専門の便利屋事務所、彼が創設したこの便利屋は現在人員不足、なにか状況が変わらないかと考えていると、事務所のドアが開く音がした。
足音が応接間に向かっているのを聞くと、男は立ち上がり様子を見に行くのだった。
この後、一人の少年の登場によって、彼の願いは叶うこととなったのだった。
五百円の女神
青空が広がっている。十年ほど前にあったある大災害も人々の心からは薄れている。
そんな悲劇とは無関係のとある町、雲の一切が姿をくらます中、黒髪マッシュに少し赤みのかかった瞳を伏せた少年がいた。
燦々と照らす太陽は、少年の体力をじりじりと確実に削っていった。
なにかをしようにも、暑さから逃れようにも動けない。今日の気温が例年のものよりも五度近く高いという情報は、先程近くを通り過ぎた高校生らの会話によるものだ。
「……腹減った」
さらに不幸なことに少年は空腹だった。最後に食べたものと言えば、数日前にたまたま手に入れた廃棄であろう弁当のみだ。
公園の水で何とか凌いでいたが、水だけでは空腹は満たされない。限界である。公園のベンチでは死にたくないと考えつつ、どうしたものかと唸る。
「ガチめに限界だ。死ぬぞこれ」
「あらそう。私の前でくたばるのだけはやめてね。死にかけの人」
「…………はい?」
寝転んだ少年の上から声がした。
「全く、最近の人って他人に無関心というか、心がないのかしら。こんな死にかけの男の子がのびてるのに」
「はいこれ、とりあえずスポドリ。あとお腹すいてるんでしょ?菓子パンだけどあげるわ」
見上げてみれば、翡翠の髪を低めのお団子でとめた、緑の瞳が少しつり目の少女がいる。
このとき、彼女は少年の命の恩人となった。
◆
「マジで助かった。ほんとありがとう」
「いいわよ。五百円くらいだし。大した額でもないわ」
少女は誇らしげな顔をして胸を張る。なんというか、雰囲気はクールなのに、どこかに抜けてるところがありそうな。命の恩人に失礼な!と、少年は考えを振り払う。
「えっと、それで、お礼とかしたいんだけど……」
「ん? 別にいらないけど」
「いやぁ、さすがに、人としてこの御恩は一生忘れないというか。ただ、無一文なんで出来ることに限りがあるというか」
気まずそうにキョロキョロと目線を逸らしながら少年は言う。
「……無一文? あなた家は?」
「え、ないけど」
「嘘でしょ……?」
まさか、今たまたま限界だったのではなく、元々限界を迎えていたのか。少女は目を見開いた。
「あなたどうやって生きてきたの?」
「どうやってかぁ、うーんまぁ、孤児院に居たんだけどちょーっと抜け出してきたんだよな」
どうして?と口から言葉が出る前に、少年の顔になにか複雑な感情が見えた。聞かない方がいいかもしれない。
「そう。何があったのかはあえて聞かないけど、この出会いも何かの運命かもね」
少女が手を差し出した。
「うちで仕事しない? 宿あり三食つき」
「やります」
決断するのに迷いはなかった。今は居場所が欲しい。
「ノータイムで返事……まぁいいわ」
「私は綾崎美玲。あなたは?」
「……レイジ。苗字はない。よろしく」
この出会いがレイジにとって幸運であったのか、不幸であったのか、今は分からない。しかし、彼の本質、ひいては世界に関わる重要な出来事であったことは言うまでもない。
◇
走っている。無我夢中に、時折途切れそうになる意識を何とか保ちながら。
真っ赤な空間の中、夢か現実か分からない。ただ、俺は生命の危機に瀕していると、謎の確信があった。
白い影はそんな俺を追う。その手のようなものが伸びては、俺を捕まえようとする。
しかし、俺の体に触れると、灰となり緩やかに崩壊していく。
「くそ! なんなんだよこれ!」
ずっと、こんなことを繰り返している気がする。
こんな異常事態の中、自我を保つのは大変だった。大丈夫だ。まだ覚えている。俺はレイジ……苗字は……
「忘れ、た?」
走りながら、自分の存在を半分失った気持ちになる。自分の証明である名前、その中でも家族の存在を表す、大切な苗字、それが思い出せない。
「クソ……!」
それでも止まることは出来ない。約束したから、誰と?そんなことは覚えていない。
「!」
白い影が一つ、これまでと違って灰になることなくレイジに触れてくる。
それはレイジの身体を引き裂き――
「ッッッ!」
レイジはそこで目を覚ました。
青い空と太陽が眩しい。
「そうか、俺……」
孤児院から抜け出したんだった。




