幕間 遠い夢
焼け落ちた世界は現実感がなく、目を覚ましたというのに、夢を見ているようだった。
「起きたか坊主」
「なに……が、夢……?」
「あー、わりぃが、これは現実だ。ここはかつて町だっただけの焼け野原で、お前さんは俺が見つけることのできた唯一の生存者だ」
サングラスをかけた無精髭の男が言う。唯一?なにを言って、だって、俺は〇〇と……あれ、なんだっけ俺は何をしていた?前後の記憶がおぼつかない。何も思い出せない。
「……まさか記憶喪失か、なんて運のない」
「なんの罪もないのになぁ、かわいそうに……いや、お前さんのその王核が原因って考えると、お前さんがこの事態を引き起こしたと言えるのかもなぁ」
なにをいっているのかわからない。王核?意味不明な言葉を吐くこの男は一体誰なのだろう。俺が、この街をこうしたのか?わからない、わからない。
「いや、やっぱりそれも違うな。すまんなぁ坊主、意地悪言って、こりゃああのバカのせいだな。いくらなんでもただの坊主には過ぎた代物だ」
「だから俺みたいなのが回収せにゃならん」
そう言って男は少年の心臓めがけ腕を伸ばす。何をするか理解できないが、これが自分の生命を脅かす行為だということは分かった。その瞬間意識が途絶えた。
◆
少年本人の意識はもうない。しかし、体は動いている。少年が何かを小さくつぶやくのを見ると、男は後ろに飛び退いた。冷や汗が額から湧き出てくる。
「おいおい……マジかよ。そこまで肩入れしてたのか奴は」
驚愕の表情を浮かべながらも魔法を練り上げる。相手が子供とはいっても王核持ちだ。油断したら殺される。男は周囲の空間を固定し、念入りに、周りの空気を自分の作り出したものに置き換える。
真っ向な魔法戦をしだしたら確実に負ける。だが、魔法戦というものは単なる魔法のぶつかり合いで勝敗が決まるものではない。魔法を放つ術者は所詮は人間なのだ。
「流石に、酸素がなきゃぁ生きてられねぇだろ」
男は空間から酸素をなくしていく。自分は術式を刻印しておいた酸素マスクを付ける。男は勝つためならなんでもやるとはいえ、戦いを楽しみたくもあった。王核持ちと戦えるなんて、運が良すぎる。これが仕事じゃなければと、少し残念そうにため息をつく。
「これでくたばってくれぇ、頼む」
酸素が無くなっていき、少年は倒れた。本当にやれたのか、数十秒待っても少年は動く気配がない。さすがに大丈夫だろうと、男は少年に歩き出す。
「あぁー、よかった面倒事にならなくて」
「んじゃ、回収回収」
倒れた少年に近づき、再び心臓を抉り取ろうとする。その瞬間、腕を掴まれる。男の右腕のひじから先が灰になっていく。
「なっ」
男は慌てて離れようとしたが、既に遅かった。体がボロボロと崩れていく。まだ崩れていない場所を切り落とすも、灰化は止まらない。
「…………くそが、なんでったってあのバカは」
「こりゃ業が深すぎるっての」
男は崩れていく、タバコに火をつけることも叶わない。
「ツケがまわってきちまったなぁ、こりゃ。こんな案件で体失っちまうなんて」
「……坊主」
返事は無い。
「いいか、聞いてなくてもよく聞けよ。お前がこの先その力をまた使うことになっても、乱用だけはするなよ」
「なんてったって禁忌だからなぁ、それはお前の存在を蝕む」
やはり返事は無い。男は、ガキにアドバイスなんざ柄でもねぇ、と笑った。
◆
目を覚ます。状況がわからない。辺りを見渡すと、どうやらここが病院らしいことが分かる。
「なんか夢を見たような……」
するとドアが開き、看護師と目が合う。
「あ、えと、ども」
「先生! 305号室の患者さんが目を覚ましました!」
俺が三日間もの間眠っていたと知ったのは、この後すぐだった。




