8話 マンイーター
暑い時にはアイスとか冷たいものが食べたくなるものだが、ラーメンというものはいついかなる時も食べたくなるものだ。この、健康?知ったこっちゃねぇ!と健康を窓から投げ捨てたような食の暴力は多くの人々を魅了してやまない。かくいうレイジも、美玲もその一人だった。
大盛で注文した二人、外を歩くだけで体力を消費する暑さと仕事終わりという状況は、その味をさらに高めていた。
「お前すげーな。めっちゃ食えるじゃん」
「そうね、結構食べる量は多いと思うわ。昔からこうなのよね」
食べ方もやたらと綺麗だ。ジャンキーなものを食べているはずなのに、なんだか良いとこの店のものを食べてるように見える。しっかりと飲み込んでから話し始めることも含め、礼儀がしっかりしているんだな。
「食いきれるけど、こういうのって食った後腹がパンパンになんだよな」
「そして、しばらくはいいと思いつつまた来てしまうのよね」
「わかるわー」
そんな会話をしていると、
「お客さん! ちょっと、まず列に並んでください! あぁ、ちょっとちょっと、厨房は立ち入り禁止です!」
フードを被った客と店員が揉めている。どうやら列にも並ばない挙句、厨房に押し入ろうとしているらしい。なんか腕が妙にゴツイ人だな。すると美玲が一瞬にして警戒態勢にはいる。
「ッ! 気づけなかった!」
「レイジ! 所長に連絡! 魔石案件って言えばわかる!場所も伝えて!」
「え、わ、わかった!」
言われたように所長に連絡しようとする。しかし、電波が繋がらない。
「連絡取れない!」
「うわぁぁぁ!」
その時だった。侵入者が店員に襲いかかる!口を大きく開け噛みつく……寸前で美玲が割って入る。
近くにあったおぼんへ瞬時に強度増加の術式を刻印、投擲して侵入者の腕から店員を守り、周りに被害が出ないよう、小さく純粋な魔力の弾丸を頭へ放つ。
怯むとすかさず、風を発生させ外へ押し出す。侵入者は勢いのまま外へ弾き出される。
しかし、それよりも
「なんだあいつ、腕が!」
フードが破れその姿をあらわにした侵入者はおよそ人間のものとは思えない異形の腕を有していた。不自然に膨張し、所々からなにか棘のようなものが生えている。そして肘どころではない数の節があり、腕は折れ曲がっている。
「なんで連絡つかねぇんだよ、くそ!」
陽樹にも連絡はつかない。街中にもかかわらず圏外を指すスマートフォンに憤りを感じる。連絡を取ることすらできないのに、俺は美玲を援護することも出来ない。
「……レイジ! 店の人たちを遠くへ! 私はこいつを近くの空き地に持って行く! おそらくこの場を離れたら連絡できるようになるから、早く!」
美玲は持ち歩いていた日傘で、異形と交戦している。腕による振り払いと噛みつきに対し、日傘一本で対処している。その隙に店内の人々を避難させる。
「みなさん! とりあえずここから離れましょう!」
◆
現在は、客の一人が近くに警察署があると言うので向かっている最中だ。幸運なことに魔道対策課が充実した署があるらしい。……そうだ。
「すいません。事情の説明頼めますか。あと、この番号にこのメモの通りに伝えてください。レイジという名前を出してもらえれば」
「兄ちゃん! まさか戻るつもりかい! やめとけ!」
ラーメン屋の店長が言う。
「さっきの嬢ちゃんには助けて貰ったが、魔法だかなんだかを使えるんだろう! 見た感じ兄ちゃんはそうでも無さそうだ。大人しくしとけ!」
もっともだ。まだ攻撃魔法は上手く使えないし、戦闘どころか自衛の訓練もまだ始めていない。こんな足手まといがいては、かえって美玲の邪魔になるだろう。でも、
「……すいません。ここで行かなきゃいけない気がするんです」
「おい! 兄ちゃん!」
愚かなことをしているのだろう。しかし、それでもただ待っているなんて出来ない。なぜか、このままでは、また後悔すると思った。
「やたらと硬いわね」
こいつは私を敵と認識したのか、あっさりと誘導に引っかかってくれた。大きめの空き地が近くにあってよかった。
しかし、事前準備ができなかったせいで、結界も何も展開できていない。威力の高い攻撃はいくら広い土地といってもまわりへの被害的に使えない。
「困ったわね……」
普段相対するヤツらとは、レベルが違うようだ。ちょっとした攻撃では意味が無い。この日傘も強度が高いのみで、決定打にはならない。
考えろ、威力を抑えて……日傘しか持って来れなかったことが悔やまれる。普段から持ち歩く魔道具たち。あれさえあれば、なんとかなるのだけれど……
「美玲!」
「……レイジ!?」
彼が戻ってきている。遠くに行ってと言ったのに!しかし、その両手には、私が普段持ち歩いている魔道具セットが抱えられている。
「何番だ!?」
「六! 魔力流して寄越して!七はそのまま!」
彼は六番と七番から箱状の魔道具を取りだし、六番には魔力を込めてこちらへと投げる。ナイスコントロール!魔力を込めてもらった事で、発動時間を短縮できる。
「展開」
異形から距離を取り、魔道具を発動させる。高密度の魔力でできた壁が箱を中心に形成され、空き地を埋めつくした。レイジも結界の外にいる。よし、これならやれる。
結界によりまわりへの影響を考える心配が減った。こいつは通常個体より硬い。魔力をひたすら一点に集中。七番から取りだした拳銃へと魔力を込める。
「喰らいなさい……!」
弾丸を放つ。相手の胸へと放たれたその弾丸は、その身体に風穴をあけ、異形は倒れた。
「ふぅ……」
なんとかなった。それよりもレイジ!彼には問い詰めなければならないことがある。結界を解除し、魔力で編まれた縄で異形を拘束していると、レイジが寄ってくる。
「大丈夫か!?」
「大丈夫よ! 助かったわありがとう!」
「でも言いたいことがたくさんあるわ! 遠くに行って連絡をとってと言ったでしょう!なんで……」
言いかけた時、悪寒がした。拘束されたはずの異形の腕は身体から離れ、動いている。そしてレイジ目掛けて飛び出した。
「な……!」
間に合わない。油断した!まずい、このままでは……!
「――――――」
最悪の想像をしてしまった、異形の腕が彼を貫き命を奪う。しかし、現実はそうはならなかった。
「え?」
ガラリと空気が変わる。あたりが暑くなっていく、レイジの何かが違う。おかしい。そのオーラ、魔力が異なる。異形の腕が飛んでくるが、レイジは小さく何かをつぶやき、それを掴み取り、灰にした。何が起こったのか理解する間もない。もう異形は動かなかった。
「……あ? 美玲?」
呆然としていると、レイジが普段通りに戻っている。
「あなた、今」
「あれ、今俺……っあ」
そのまま倒れ込んでくる。明らかにおかしい。なにをしたかは分からないが、普通の魔法行使ではないことは分かる。
「ちょっと! 大丈夫!? レイジ!?」
「綾崎!」
所長だ。連絡はついていたようだ。そして同時に警察も到着する。
「所長! レイジが何かおかしい!」
「後で詳しく。病院に連れていく。乗って!」
「天草さん!」
警察の一人が声をかける。
「アレ頼んだよ。無力化はされているようだから、いつものとこにまわしといて」
「はい。事情は後ほど伺います。それよりも彼を早く」
所長がレイジを抱き抱え車の後ろに乗せる。私も後ろに乗り込み彼を寝かせる。
「死ぬんじゃないわよ……!」
・魔道具六番、七番……六番は結界の発動装置、魔力を込めた後、「展開」の言葉と共に箱を地面に放つ事で発動可能。魔力で生成された壁を周囲に展開する。展開後は立方体の結界が完成する。箱の発動時に、魔法使いであれば、結界の指向性を操作できる。(魔力、現象どちらに重点を置くか、など)
七番は拳銃の形をしている。概念的に拳銃を模しているだけであり、細かい種類を元にはしていない。魔力を弾丸に変換した後、拘束射出することができる。威力の増加、操作の補助などの機能を要する。美玲が好んで使う。




