2 違和
黒竜に負けてから何秒経ったのだろうか。
一行にリスポーン画面が表示されない。
というよりもこれは―――
「ステータス画面が無い……」
いつもなら視界の隅にある筈のヒットポイントやマジックポイントのステータスバーが無くなっている。
それに加え、その他の機能が一律使えない。
ログアウトボタンも見当たらない。
「明らかに異常事態だ。……ちっ、GMコールするしかないか」
やりたくないが、やらざる負えないだろう。
サービス開始以来、一度もバグやグリッチ報告が無くチート行為なども天使が取り締まっている中でこのようなことは異例中の異例だ。
リスポーン中に何かあったのだろう。
それぐらいしか思いつかない。
いや、ちょっと待て。
「何でリスポーンしていないのに喋れるんだ?」
疑問に感じた途端、体が動くようになった。
鉛のように重たい体を起こし辺りを見渡すとそこには、黒竜の死骸が残っていた。
どうやら俺は、外にリスポーンしていなかったらしい。
そして何故か黒竜が討伐されており、俺は生きている。
野良の100Lvパーティーが来たのだろうか?
そんな都合の良いことがあるのか?
何が起きているのか分からないが、体が動くことが分かったのは良いことだ。
直ぐにでもゲームからログアウト―――
「できないのか。意味が分からない。ステータスバーも無い。その他の機能欄も無い。GMコールは……駄目か」
まるでゲームの中に閉じ込められたかのようだ。
それならクソ親父から自由になったということなのか?
そう思うと何が起きているのか分からないという恐怖心よりも嬉しさが勝ってしまう。
そうだ、そうに違いない。
数十年前に流行ったと言われる異世界転移または異世界転生というやつだろう。
EBはその要素も入っているからあり得る話だ。
今はとにかく情報だ。
ひとまず依頼が出された冒険者ギルドへと向かおう。
その前に黒竜の素材を回収する必要があるな。
「これは、リアルだな。現実、ということなのだろう」
黒竜の死体は、デフォルメされておらず至る所に切り傷がある。
おそらく剣もしくは風系の魔法が使われたのだろう。
黒竜の脳天には一本の剣が刺さっており、そこから滝の如く血が流れている。
その様子を見るにまだ討伐されてからそこまで時間は経っていないのだろう。
だが、それにしても不用心だ。
黒竜を討伐することができる装備をそのままにしておくとは。
恐らくレジェンダリー武器だろう。
俺もいつか欲しいと思っていたが、こんなところで回収できるとは。
何とも言えないが、ゲームの世界では俺は弱者であり貧乏人。
貰える物は貰っておこう。
剣二本か。
二刀流のスキルは確か上級侍のスキルだっただろうか。
スキルポイントに空きができたら取ってみるのも有りかもしれない。
久しく忘れていたワクワク感を思い出しながら剣を抜き剣身を確かめた。
だが、どのような名称なのか、どのレアリティなのか画面に表示されることはなかった。
やはり、ここはゲームの世界では無いのだろう。
まぁ、何にせよこの武器は黒竜を討伐したんだ。
さぞかし強力な―――
「俺の剣だ……。一体どうなっている」
その剣は俺が愛用していたエピック級の剣だということが分かった。
同じ武器なのかと思ったが、どうやら俺の物らしい。
何故なら俺の武器が一切見当たらないからだ。
つまり、俺が黒竜を討伐したということか?
一体、どうやって。
意味が分からない。
まさか、クソ親父が気を利かせて何かしたのか?
干渉できることを改めて伝えることで俺が絶望しゲームから離れることを期待して。
クソ。
あいつのことを考えているとモヤモヤとした気分が体中で循環するだけだ。
今は、クソ親父の手から自由になったと喜んでおこう。
そうだ。
どうせなら下級民の暮らしを体験するのもいいかもしれない。
折角の機会だ。
宿屋とやらに泊まってみるのもいいかもしれない。
だが、贅沢に慣れている俺が下級民の暮らしに満足できるだろうか。
それだけが心配だ。
少し勿体ないかもしれないが、黒竜を売りさばいて金にしよう。
「そうと決まると解体だが……。どこをどうすれば良いのか、分かる」
恐らく冒険者系の下級スキルにある<解体>が影響しているのだろう。
元々の効果は、魔物からのドロップアイテム増加だったが、このよな形に変化するとは。
他にも変化しているスキルがあるかもしれない。
それを試していくのも面白そうだ。
これならエルフにしておけばよかっただろうか。
種族設定に永遠に近い寿命だとあったはずだ。
他にもドワーフやアンデット系の魔物など様々。
人間を選んでしまったことに若干後悔はあれど今更考えたところで仕方が無い。
折角自由になれたんだ。
限られた時間の中、のびのびと生きて行こうじゃないか。