10 終結
これは恐らく俺のことだろうな。
だが、素直に出ていく必要は無い。
さっき互角の戦いをしたいと言ったが、むやみやたらに突っ込む馬鹿では無い。
とりあえず、あいつのレベルを予想してからだ。
「喰らえ!」
「……弱い」
「がはっ」
誰かが斧を持ってゴングに突進した。
だが、ゴングは物ともせずに片手で受け止めた後、振り向きざまに右拳で体を貫いた。
今の戦い振りから見るに上級拳士のスキルは全て取ってそうだ。
つまり、25Lv以上は確定。
それとあいつの体格を見るに種族レベルにもスキルポイントを振っているのは確実だろう。
通常のゴブリン、いや連れの男よりも体格が良いからな。
職業構成から考えると恐らくゴブリン・ファイターだろうか。
ということは、種族レベルが10Lvは確実だ。
ここまでの情報を整理すると35Lv以上だ。
今の俺が少しでも脅威に感じるということは40Lvは有ってもおかしくない。
まさか、プレイヤー―――いや、それは無いか。
それにしてはレベルが低すぎる。
野良のゴブリンということか。
凄いな。
ここまで高レベルな野良ゴブリンはEBでは居なかった。
全てがプレイヤーだったからな。
死んだらリスポーンするのか分からないこの世界の住人であるにもかかわらず、ここまで練り上げるとは。
素直に尊敬に値する。
俺の養分となって死んでくれ。
「いくぞ!」
その一言と共にゴングが地を蹴った。
地面が微かに揺れる。
馬鹿げた脚力だ。
数十メートルは距離があったが、いつの間にか間近まで迫って来た。
そのまま勢いの乗ったパンチを俺に向ける。
速い。
だが、見切れない程ではない。
冷静にゴングの拳に剣を合わせ―――
「<鉄拳転掌>!」
「ちっ……」
正面から来たゴングの右腕を切り落とそうと剣を添えた。
だが、剣がゴングの腕に触れた瞬間、磁石が反発するように剣が弾かれた。
晒してしまった隙に漬け込むように右の大振りを繰り出してくる。
その腕に蹴りを合わせて後ろに下が―――
「<正拳突き>!」
まじか。
こいつ、右の大振りを途中で止めて腰の入った左拳を鳩尾に入れてきた。
もろに食らってしまったが、痛みは特にない。
だが、ダメージは負っている。
現に内臓がやられたのか、口の中が血の味で充満している。
「……けほっ」
はぁ、油断した。
こいつはNPCじゃない。プレイヤーのように意思を持った存在だ。
低レベル相手に無双していたから忘れていたが、目の前にいるこいつは推定40Lvであり、俺の脅威足りえる。
<鉄拳転掌>は、相手の攻撃速度を利用し体勢を崩す技。
このスキル自体に攻撃力は無いが、相手の隙を強制的に作る有能スキルであり、拳士系職業の中でも上位に食い込む程だ。
弱点としては、魔力燃費が悪いことぐらいだろうか。
職業構成的にこいつは、魔力系では無いだろうから残り数発発動できるかどうか。
それが脅威なのだが。
「<癒しの祈り>」
ポンプのように上ってきた血が徐々に収まっていく。
腹にあった違和感も無くなった。
下級僧侶のスキルだが、どうやら1回で大丈夫だったらしい。
思ったよりダメージは無かったのか。
<物理耐性>が無かったらもっとダメージを食らっていただろう。
「仕切り直しだ」
そう言ってゴングとの間合いを一気に詰める。
ゴングは、俺が生きていると思っていなかったのか、顔を驚愕の色に染め再び拳を握った。
拳と剣が激突する。
その度に衝撃波が発生し、周りの木々が騒めく。
現実的に考えれば、拳と剣が拮抗すること自体おかしいが、俺とのレベル差が開いていないこと、俺の武器が鈍なこと、拳士系職業の仕様的にそうなっていること等々。
挙げればキリがない。
数十回目の激突の後、お互いに距離を取った。
剣を確認してみると所々、凹みがあり後何回かやり合えば折れそうだ。
ゴングの腕を確認してみると所々傷があるが、どれも致命傷に至っては居ない。
現状、こちらの方が不利か。
「今まで様々な戦士と戦ってきたが……お前が一番強かった」
「そうか」
そうかとしか言いようがない。
確かにゴングは強い。
だが、それは現地人にしてはという評価だ。
こいつがプレイヤーを前にしてまだ生きているのは、俺が低レベルだからだ。
「最後に聞いておこう。お前の名はなんだ?」
「俺は……」
困ったな。
俺がプレイヤーであると教える訳には行かない。
だから本名は伝えられない。
偽名を名乗るべきだろうが……。
あ、そうか。
プレイヤーネームを伝えればいいのか。
「俺の名はノワールだ」
「ノワール……?それにしては、白髪だが」
「あぁ、これは……説明する必要あるか?」
「確かに要らないな。それでは、続きを始めようか」
そう言うとゴングは戦闘態勢を取った。
俺もそれに合わせて剣を鞘に戻し抜刀の構えを取る。
侍系職業を取得していないため勿論、抜刀術や居合といった物は使えない。
だが、俺が持っている剣聖スキルの1つを使うことで疑似的に再現することができる。
まぁ、適性レベルじゃないから魔力消費量が激しい。
だから連発はできない。失敗したら終わりだ。
ゴングが左手をこちらに向け狙いを定めている。
右手は、腰の位置だ。
<正拳突き>か<風衝拳>か、はたまた別のスキルか。
まぁ、どっちでもいいか。
この一撃で決めれば。
「<風衝―――」
「<斬撃・神速>」
轟音と共にゴングとの距離を瞬きの速さで詰め、防御させる前に首を跳ね飛ばした。
この一撃でどうやら剣も限界が来たらしくバラバラに砕け散りゴングの血が
右手に流れてきた。
剣聖のスキル<神速>。
これは、剣を使った全ての攻撃に特大の補正を付けるスキルだ。
通常攻撃は勿論、スキル自体にも使うことができる。
俺が使ったのは、下級剣士の<斬撃>との合わせ技だ。
通常の<斬撃>よりも速度が乗った攻撃は、文字通り必殺の技へと昇格され、ゴングの首を落とすに至った。
久しぶりに良い戦闘を楽しめた。
EBでは似通った動きしかしないNPCが相手だった。
死亡した時のペナルティーが低レベルの俺にとっては、辛いからPvPエリアにはなるべく近付かないようにしていたからな。
この世界に来てからは、無双状態だった。
だからこそ、ゴングとの戦いは俺にとって充実なものとなった。
全くもって―――
「愉快……。何の真似だ?」
「くそっ!化物が!」
ゴングとの戦闘の余韻を楽しんでいると後ろから突然、行動を共にしていた男が剣で攻撃してきた。
勿論、低レベルのこいつの攻撃は<物理耐性>で跳ね返されたからダメージは無い。
だが、気分が乗っている時に阻害してきたんだ。
殺されても文句ないよな?
「がっ……」
「はぁ、理解できない。折角、助かった命だというのに」
男の頭を握り空中に浮かせる。
必死に解放されようと腕を掴んだり、剣で攻撃するが全てが無意味だ。
だが、いつまでも抵抗され続けたら面倒だ。
右腕を頂くとしよう。
「う、うぎゃぁあああああ!!!」
「これで左右対称になったな」
あまりに抵抗するから思わず、手を離してしまった。
それにしても何でこいつは攻撃してきたのか。
まぁ、そんなことどうでも―――
「き、貴様は化物だ……。はぁ、はぁ。躊躇なく人を殺す化物だ……」
「そうか、死ね」
足元でうずくまっている男の頭目掛けて右足を振り下ろした。
少しの抵抗の後、グチャリという音と共に頭が潰れた。
「……折角の気分が台無しになった。はぁ、鬱だ……。そうは思わんか?」
俺を囲うように展開しているゴブリンたちに目を向けた。
こいつらは、ゴングが殺されたことをまだ受け入れられずにいるらしい。
どいつも「嘘だ……」「ただの人間に負けるはずない」だの言っている。
こいつらがいくら現実逃避したところで俺の優勝は変わりない。
ところで―――
「おい、司会者。金は貰えるんだろうな?」
『ご、ゴングが……。英雄ゴングが死んだ……』
「おい、聞いているのか?」
『ひ、ひぃ。え、衛兵、この奴隷を殺せ!』
おいおい。話が通じてないな。
俺はゴブリン語?を使ってるってお前が言ったんじゃないか。
というか、奴隷が生き残った後のことを考えてなかったのか?
……ゴングが負けるとは思ってなかったんだな。
確かに平均推定10Lv以下の世界で推定40Lvのゴングが死ぬとは思えないか。
ん?となるとゴングは超越者の枠組みになるのか。
EBの感覚で言うと中堅ぐらいのレベルなんだけどな。
まぁ、その中堅層もいまや俺ぐらいだろうけど。
仮にゴングで超越者ならピンキリな指標になるな。
超越者イコールプレイヤーは少し安直かもしれない。
「こ、こんな奴……。誰が敵うんだよ……」
「に、逃げるべきだ」
「くそ!」
色々と考えていたが、一向に戦闘が始まらない。
まぁ、俺がこいつらの立場なら死中に活を求めるなどせずに同僚を囮にして逃げるかな。
……無意味な過程の話は止めるか。
さて。
こいつらなんだが……
「殺すか……。経験値の足しにはなるだろう。それに人間の国に渡った時用に素材は集めた方が良いだろう」
うん、そうしよう。
そうと決まれば、早速行動開始だ。
剣を―――
あ、ゴングとの戦闘で粉々になっていたんだった。
いや、元隣人さんが持っていた剣があるじゃないか。
よし。
準備完了だ。
後は、魔力残量だが……。
「まぁ、下級剣士ぐらいなら大丈夫だろう」
「く、来るぞ!死にたくなければ、武器を構えろ!」
おや?
戦意喪失していたと思っていたが、どうやら1体だけやる気がある奴がいたらしい。
「死にたく無ければ、武器を構えろ!武器を―――」
叫んでいたゴブリンとの距離を地面を一蹴りで詰め、剣を首に添えそのまま断ち切った。
首を斬られたゴブリンは、自分が死んだと気付かずに地面に落ちるまで口を動かしていた。
「う、うぁああああ!!!」
「し、死にたくない!!!」
「いやぁあああああ!!!」
おー、蛙の合唱のように一斉に鳴き始めたな。
こいつらの言語が分からなければ、「ギギッ!」的な感じで聞こえていたのだろうか。
まぁ、気になることはあるがそれよりもここから出るか。
優勝した賞金も回収しないとだしな。
「エキシビジョンマッチと行こうか。観客にとっては地獄かもしれないが」




