1 覚醒
『Eden Birth』
通称EB。
創る、闘う、繋がるをキャッチコピーに世界企業オルド・ゼロ社が開発したフルダイブ型MMORPG。
異世界ファンタジーをベースに人間を始め、ドワーフやエルフ、獣人といった人類種やスライムやゴブリンといった魔物種など多種多様な種族を選択し、無限にも等しい世界を生きる、というゲームだ。
職業と呼ばれる物を好きに取ることでオリジナルのスキル構成を作ることができることも魅力の1つである。
数度に渡る世界大戦の末、国家が崩壊した後に世界を統治した企業が開発しただけあって、その完成度は計り知れない。
だが、妙なことにこのゲームがプレイ可能な者は、下級民に限られている。
「ここが、今回のクエストか」
そんな中、己の伝手を使い上級民にもかかわらず、ゲームを遊んでいる者が居た。
その名は御門絢斗。
オルド・ゼロ社CEOの息子である。
★★★
木が生い茂る森林。
鳥類型の魔物か、それともただの鳥か。
彼らの鳴き声が不気味に聞こえ、それに反応するように木々が揺れる。
この奥に今回の目的であるダンジョンがあるらしい。
いつも同じ定型文しか喋らないギルドの受付嬢が突然、喋り出したかと思えば俺にダンジョン調査に向かえと言った。
その時は、隠しイベントだと思いテンションが上がった。
だが、よくよく考えてみると運営が俺を検知し拘束するために罠にかけたのかと後々考えてしまった。
天使が降臨しない理由が分からないが、どうせ俺の行動は今も運営、クソ親父に監視されているのだろう。
反発してクエストを受けないことも考えたが、その場合、直ぐにでも強制ログアウトさせられるかもしれない。
それなら罠だと分かっていても行かざる負えない。
そう思いながらギルドから割と近いにもかかわらず、周辺調査という名目で数時間掛けて向かった。
だが、時間稼ぎも終わりだ。
目の前には、どこまでも吸い込んでしまいそうな暗い洞窟が広がっている。
画面には、『適正レベル不明』と表示された。
俺は、下級民とは違い現実世界が忙しくEBを集中してやることができないため現在46Lvだ。
EBの公式PvPや掲示板などを見るとほとんどのプレイヤーは、上限の100Lvであり、多種多様な職業スキルを使いこの世界を楽しんでいるという。
全く、羨ましい限りだ。
俺のこの時間も跡取りとしての勉強の合間に秘書に無理やり作らせて作った時間だ。
誰にもバレないように、クソ親父には特に気を付けながらやっていたから時間も余り取れない。
だが、46Lvも行ったんだ。
誇っていいだろう。
「ギギィ!」
「シッ!」
死角からいきなり棍棒を振り下ろされたことに気付き、すかさず剣で弾き返した。
そして振り返り攻撃してきたゴブリンと相対する―――ことは無かった。
「はぁ、切れ味が高いのも考え物だな」
どうやら剣の切れ味が鋭すぎたらしく、棍棒を割いてそのままゴブリンに攻撃が届いていたらしい。
足元には、ゴブリンの死体がデフォルメに映し出されている。
ゴブリンが出現するということは、低級のダンジョンなのだろうか。
じゃあ、なんで適性レベルが不明だったのか。
疑問は尽き無いが、ひとまずはダンジョンの奥へと向かう。
だがそれにしてもこのゲームは、ウザイくらいに完成度が高い。
いくらフルダイブ型のゲームだとはいえ、五感が再現されているのは素直に称賛すべきだ。
あのクソ親父を褒めるようで嫌だが。
今も舗装されていない洞窟を歩いており、その感覚がリアルに伝わってくる。
足元にある小石を蹴るとその音が洞窟に響き渡り、それに共鳴するかのようにゴブリンの鳴き声が聞こえる。
嗅覚も勿論、存在しており気温が低い時特有の凍り付くような空気が鼻を通り、体を冷やしていく。
本来であれば、低体温の状態異常となるのだろうが、スカウト系の職業を取っているため環境に適応できている。
あまりにも環境が強い場合、例えばマグマとか絶対零度の吹雪とかだと流石に上級職を取らなければ対応できないだろうが、このレベルであれば問題無い。
そうこうしている内にダンジョンの最奥の手前に辿り着いた。
この扉、言うなればボス部屋へ続く扉を開けるとボス戦となる。
ここまでゴブリンや時々、オークといった低級魔物しか出現していなかった。
このダンジョンの傾向から察するに獣系の魔物が出てくると思う。
そう思いながら扉を開けると―――
「GURAAAAAA!!!」
「ッ!」
どうやら予想は違ったらしい。
ボスの咆哮に連鎖するように壁に掛けれらた松明が照らされ、ボス部屋を明るく灯す。
「はは、まじか」
思わず、苦笑してしまった。
日常生活ですらほとんど表情を変えない俺が思わず笑ってしまうくらい衝撃的なことだ。
何しろ―――
「討伐レベル100の黒竜、か」
目の前の存在は、EB最強のダンジョンボスと名高い黒竜だからだ。
十数メートルは越えているだろう巨大な体格と如何なるものも吸収するかのような漆黒。
4人1組のギルドパーティーの平均が100Lvで討伐可能というラインだ。
これはあくまでも討伐可能な目安であり、相対する魔物に合わせて装備を整えなければ、勝つ見込みは浅い。
俺の今の装備は、5段階中3番目に高いレア装備一式だ。
剣だけは、ワンランク上のエピックである。
俺のレベルでは適性の装備だが、黒竜相手には心もとないどころか、紙同然だ。
今もこうして相対できていることが不思議だ。
本来であれば負けイベ同然であり、抗うだけ無駄だ。
だが、ここで逃げてしまえばそれは、クソ親父に敗北したということに繋がってしまう。
それだけは裂けなければならない。
「やるしかない」
「GURAAAAAA!!!」
俺の戦意に反応してか、黒竜が雄叫びを上げた。
反射的に耳を塞ぎたくなるほどの絶音。
だが、それをすれば最後次の瞬間には胴体が泣き別れしているに違いない。
やせ我慢しつつ、黒竜との距離を詰める。
ステータスにあるヒットポイントのバーが毎秒、とんでもない速度で削られていく。
これでは黒竜との距離を詰める前にヒットポイントが尽きてしまう。
だが、これ以外に対処のしようが無い。
逃げてリスするぐらいなら立ち向かってリスしたい。
「ま、無理だわな」
「GURAAAAAA!!!」
「うっ……」
俺の体以上に大きなかぎ爪で引っ掻かれ、ダンジョンの壁に激突した。
あまりの痛みに頭が真っ白になる。
何も考えられない。
痛覚までも再現されていたのか。
そういえば、瀕死になるのは初めてだ。
自分のギルドを持っていないから冒険者ギルドにリスポーンするのだろうか。
<『自立連鎖反応/オートバースト』起動いたします>
口が勝手に動き出し何か呟いたが何も聞こえない。
初めての経験だからか、変なことを呟いたのだろうか。
そんなことはどうでもいいか。
はぁ、これで最後かな。
段々と思考できなくなっていく。
死亡ってこんな感じなのだろうか。
さてと最初にして最後のリスポーンと行こうか。