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第一話 目覚め

「──そう、もういいんだ。

私は完璧で、天才で、最強。だからもう、優しくなんかならない。」


 鏡の奥で、声が木霊していた。


 ___許さない…


 _____お前だけは、絶対に…


「…」


 パッ、と目が覚める。


 体が熱い。汗をびっしょりとかいていて、寝間着は濡れていてほんの少し冷たい。


 __嫌な目覚めだ。私はため息を吐いて、ベッドから下りた。寝間着から着替えて、冷やしていた水をグラスに注ぐ。体に水が伝っていく感覚が心地よい。


 ドレッサーの前に腰掛け、鏡を見た。目の前には、華やかな紫の髪が映っている。


「……」


 ボサボサの髪にゆっくりとブラシを通し、まっすぐにしていく。髪が抜けるのなんて一切気にしないで、痛みが走ってもそのまま手を動かし続けた。


 すっかり明らかになった顔を見れば、緑色の瞳がこちらを睨んでいる。


「……私だって、お前なんか嫌いだよ」


 自分自身に言ったのか、それとも別の何かに言ったのかもわからない。ただ、口から勝手にそういう言葉が出てしまっただけだった。


「もう、眠くないや」


 小さく呟いて、立ち上がった。


「ティナ?起きたのか?」


 扉の向こう側から声が聞こえ、そちらに目を向けた。一度深く深呼吸をして、しっかりと扉を見据えてから声を上げる。


「……うん。おはよう、キリさん」


 そう答えると、すぐに扉が開いた。藍色の髪と金色の目がこちらを心配そうに見つめている。優しい人だ。いつも私を気にかけてくれている。


「朝は食うか?」


「うん。……あのね、キリさん。私、陛下にご挨拶しに行こうと思ってる」


 彼から目を離さずにそう言うと、キリさんは驚きを隠そうともせず目を見開いた。


「大丈夫なのか」


 否定も肯定もせず、ただ心配してくれる。だからこそ私が、こんなことを言えるようになった。そんな感謝をひっそりと心の中で伝え、また前を見た。


「大丈夫。……もう、2年も経ったんだから」


 あの日から、2年。世界は変わっているのだろうか__



 クローゼットにしまい込んでいた黒いローブを取り出す。埃被っているわけでもなく、新品のような光沢もない。従来のものよりほんの少しだけ大きいフード部分を目元まで引っ張り、鏡を見る。


 少し怪しい見た目をしているが、仕方ない。再びクローゼットの前に行き、屈む。教科書やらなんやらが積まれている中、一際目立つ箱を手に取った。


 片手でも持てるくらい軽いものではあるが、私にとってはとてつもなく重い箱。


 意を決して慎重に箱を開けると、中には銀色の杖が入っていた。時間を感じさせないほど綺麗なまま、精巧な彫刻も色あせてはいない。


「……」


 不思議と、何も感じない。たくさんの思い出が刻み込まれているはずなのに、自分の手の中にあるのはただの杖にしか過ぎなかった。


「行ってきます」


 久しぶりに見上げた青い空は、何も変わっていない。それがうれしいような、辛いような不思議な感覚がある。結局、私は空から目をそらした。


 杖を一振りすると、空中から箒が現れる。箒といっても、見た目はクリスタルのように青みがかっていて、絵本のようなファンシーさはない。


 箒にまたがってゆっくりと空へ浮かび上がる。長い間乗っていなかったから苦戦すると思っていたが、そうでもなかったらしい。


 __……さすが、私だ。


「おい、今の……まさか」


 風圧でローブがめくれていたらしく、そんな声が聞こえてくる。もう少し高いところを飛ぶようにしよう。落ちたっていいんだから。


 街を上から見ると、街の人たちの髪色や目の色が鮮やかに見えてくる。まるでいろとりどりの花が咲き乱れているように、色彩は豊かだ。


 青や赤、黄色にオレンジ……そして、緑と紫。


 人はいつも目の前の人間を値踏みしている、この世界においては、髪の色と瞳の色で__


「ティーナ・エフェクターです。国王陛下にお目通りは可能でしょうか」


 衛兵に声を掛ける。訝しげな目を向けられ、渋々フードを下す。数秒の沈黙の後、衛兵はこちらに頭を深々と下げ、門を開けた。


 ふかふかとしたレッドカーペットを歩く。内心居心地は悪いが、顔を下に向けたりはしない。空の玉座を見つめながら、ゆっくりと進んだ。


 玉座の手前に跪くと、奥の方から声が響いた。


「久しぶりだの、ティーナ」


「お元気そうで何よりです、陛下」


 国王と呼ぶには少々年若いその人は、燃えるような赤毛と見る人が見れば震えあがるだろう圧迫感のある黄金の瞳を持っていた。


「実に2年ぶりだのう。その美しい瞳が二度と見られないのかと思ったぞ」


 そういって私の顎をぐいっと上に向ける。綺麗な顔だ。突然鳥肌が立ち、さっと手から離れる。再度触れてくることはなく、彼は踵を返して玉座へ座った。


 今は22歳だったか。以前よく見ていたころより随分逞しくなってる。


「2年も姿を見せなかったが……一体どうした?」


「大した理由はございません。復学をしようと思うのですが」


「ああ、待っていたぞ。もちろん、明日には戻れるようにしておこう」


 2年も休学していたのに1日でどうにかするのか、この人。職権乱用って裁かれたりしないのだろうか。脱引きこもり1日目から不安は募るばかりだ。


 陛下が諸々の連絡をするから待っていろ、と応接間に通された。豪華絢爛という言葉がマッチする場所で、いますぐにでも逃げたい。


 もし1個でも壊したら一体いくらするんだか。


「ティーナ!!帰ってきたって本当!?」


 バターンと大きな音を立てて扉が開いた。桃色のツインテールに金の瞳。この国の王女だ。


「……ごきげんよう。随分お早い情報の伝達ですね」


 嫌味のつもりでそう言ったのだが、彼女はにっこりと笑うばかりだった。昔から、嫌味や暴言なんて聞いたこともないのだろう。立派なお兄様やご両親が守ってくださったのだから。


「私何度も行こうと思ったのよ?でも最初の方は留学してたし、後から行こうとしたら寮父さんが止めてきたんだもの!」


 グッチョブ、キリさん。あとで全力で感謝を伝えよう。こんな世間知らずのお姫様なんて一々相手してらんない。正直言って、今も逃げ出したいくらいだ。


「そうですか」


「……ティーナ、なんか変わった?」


 ああ、こういうところが嫌いだ。アホさ丸出しだが、案外観察するのは上手い。これでデリカシーと賢ささえあれば優れたお姫様になれただろうに。


「いいえ、何も」


「そんっ」


「ティーナ、連絡は終わった。明日から以前と同じクラスに復学してくれ」


「……ありがとうございます。国王陛下、王女殿下、……失礼します」


 そう短く言って、私は城の出口へ速足で向かった。こんなところにいたら気が狂ってしまう。早く帰りたい。ただその一心だった。


「またいつでも来い」


「私からも行くからね~!」


 遠慮したい。つーかお前らが遠慮しろ。これだからお偉いさんは嫌いなんだよ。


 一度も振り返らず、私はローブを深くかぶり直してさっさと城から飛び出た。

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