クーデレすぎる未来の嫁の面倒な7日間・バレンタイン番外編2
麻友と出会って1年目のバレンタインはチョコクッキーをもらった。
2年目はガトーショコラをもらった。
そして出会って3年目のバレンタインが近づいてきた。
基本的にはこの国でのバレンタインというものは女が男にチョコを贈るものだ。しかし昨今では男のほうから贈ることもある。
今年はどうしようか。バレンタインデーは麻友から受け取って、ホワイトデーにお返しするべきか。それとも俺もなにかを用意すべきか。
そんな悩みがバレてしまったのかもしれない。
「今年のバレンタインはデートしませんか? 行きたいお店があるんですよ」
と、麻友が言い出したので、今年のバレンタインはデートすることになった。
バレンタイン当日は平日なので、その週の頭にある日曜日に出かけることにした。
いつものデートと同じく電車に乗って、大きな街がある駅へ。駅前をゆっくりと歩きながら目当ての店へと向かう。
「もう立春は過ぎたのに、とても冷え込みますね……」
ふわぁ、と麻友がこぼした息が白く染まる。
つい先日に雪が降ったばかりで、寒波の影響はまだ去っていない。ダッフルコートにマフラー、手袋で寒さ対策をしている麻友は、どこか丸い。
麻友の黒髪が緩やかな弧を描き、マフラーの内側にまとめられている。
なんだかいつもよりも幼い気がする。
麻友はすでに成人しているし、なによりも俺と入籍済みだ。見た目の印象よりは幾ばくか大人であることはよく知っている。
「あ、見てください。あそこ雪が残っていますよ」
無邪気に麻友は街路樹の根元へと駆け寄った。
そして草の上に残っているふわふわのかたまりを手袋の上に乗せる。
「ほら。きれいですね」
「あ、ああ。そうだな」
俺へと雪を見せつけてくる麻友をまっすぐに見ることができない。
だってかわいい。
着ている服も、マフラーでたわんでいる黒髪もかわいい。子供のように雪に喜んでいる姿もかわいい。
入籍して1年が過ぎようとしているのに、日々こうして麻友のかわいさに気づいてばかりだ。
「雪をこうやって、ぎゅってかためて……」
麻友は手袋の雪を包み込んで固める。半球形になったそれを草むらに乗せて、小さな葉っぱを2枚つけた。
「雪うさぎさんの完成です。ふふ、かわいいですね」
「そうだな、かわいい」
ふと、俺は考えてしまう。
麻友は子供時代、雪で遊ぶことはあまりなかったのではないかと。
母親にとって理想の子供であろうとしていた麻友は、雪が降った日に友達と満足に遊べただろうか。それはなんとなくなかっただろうと考える。
だからいまになって麻友はこうして雪に無邪気に喜ぶんだ。
「あのさ……来年スキー旅行に行ってみる?」
「いいですね。青い空に真っ白なゲレンデ、すてきな恋が始まりそうです、ラブソングでも歌われていることですしね」
「え、えぇっ!?」
「ふふ、もちろん克樹さんとの恋ですよ。恋は何度やってもいいですから」
麻友が俺の腕に抱きつく。
「ゲレンデでもすてきにエスコートしてくださいね」
「お、おう。任せておけ」
正直、スキーなんて高校の合宿のときからやっていないけれども、麻友にかっこ悪いところを見せたくない。いまからでも練習しておこうとひそかに心に誓った。
そんなことをしながらも俺たちは目当てのカフェへとたどり着いた。
その店は事前に予約をしておかなければいけない。なぜなら目当てのメニューは準備に時間がかかるものだからだ。
店員に案内されてテーブル席へ。
しばらく待っていると、目当てのメニュー、チョコフォンデュの準備が整っていく。
「ごゆっくりどうぞ」
店員が挨拶してテーブルを去るころには、小さなタワーの天辺からチョコが垂れ落ちていた。甘ったるい香りがふわりと漂ってくる。
「はわ~♥ チョコがこんなにたっぷり……♥」
チョコレートファウンテンを見ながら麻友が瞳を輝かせた。
俺は皿に載せられたイチゴを串で刺し、それをチョコレートの滝にくぐらせた。チョコで覆われたそれを、麻友の口元に持っていく。
「はい、あーん」
「…………」
目を丸くした麻友が俺を黙って見つめた。
「な、なんだよ」
「あらまぁ。克樹さんのほうから『あーん』をしてくれるなんて。珍しいこともあったものです。ここ、お外ですよ?」
「……べつにいいだろ。周りもやってるし」
バレンタインが近いせいか、カップルと思われる客がちらほら見える。同じように食べさせ合っている客は俺たちだけじゃない。
「克樹さんからの貴重なあーんを逃すわけにはいきません。あーむ♪」
大きく口を開けた麻友がイチゴを頬張った。
もぐもぐと口を動かす麻友は、やっぱり子供っぽい。
「んー♥ 甘酸っぱくておいしいです~。これこそ恋の味と言えますね。私のほうからも、あーん」
今度は麻友が、チョコにくぐらせたバナナを俺へと向けてきた。
外でこんなことをするのは恥ずかしい。
でもバレンタインの近い今日くらいは楽しもうと思ったのだった。
チョコフォンデュを充分に楽しんだ俺たちはいろんな店を見て回った。
雑貨屋に入ると、大きなサメのぬいぐるみが俺たちを出迎えた。日曜日だからか混んでるようにも思える。それに客層が若い。おそらく中学生か高校生と思われる子供たちが文房具を見ながらはしゃいでいた。
「……場所、変える?」
「もしかして克樹さん、若さに怖気づいてます? 大丈夫ですよ、克樹さんだって充分高校生に見えます」
「いや、それはさすがに無理があるだろ」
見えるとしたら大学生くらいだろう。
「無理なんかではありません。克樹さんは自分が思っているよりも童顔だということを自覚してください」
「お、おう……?」
自覚していいものなのか、それ。
「制服だってまだ似合いますよ。克樹さんの高校のころの制服はもうなさそうなので、今度中古のブレザーを取り寄せましょう。いえ、学ランだって似合うはずです。そして私は生徒を惑わすお色気教師になって……♥」
「待て待て、こんなところで妄想の世界に入るな」
「はっ、いけません。教師と学生プレイはまた今度にしましょう」
うんうん、また今度ね。こんな子供が多いところで話すようなことじゃないからね。
「それではお互いへのプレゼントを選びましょう。予算は千円以内で」
軽く手を振りながら麻友は店の奥へと消える。俺も手を振り返して、麻友とは違うフロアに行った。
「うーん、千円以内か……」
べつに懐に余裕がないわけではない。
でも無駄遣いをしないのはいいことだし、限度を決めて目標を探すのもゲームみたいで面白い。
20分くらい過ぎて、ようやく俺は麻友にプレゼントしてもいいと思えるものを見つけた。
「克樹さん、どうですか? 見つけましたか?」
「その様子だと麻友も見つけたみたいだな」
「はい。克樹さんは私のためになにを選んでくれたんですか?」
麻友は楽しそうに俺を上目遣いで見つめてくる。
いまの麻友はまるで高校生のようだ。そもそもこうやって千円以内でプレゼントを選ぶことが高校生みたいにも感じる。
「これ、なんだけど」
俺は透明な袋にパッケージされた入浴剤を麻友に見せた。
「わ、キラキラしていてかわいいです♪ 入浴剤ですか。ふふ、使うのがちょっともったいなくなりますね」
入浴剤を受け取った麻友がやわらかくほほ笑む。
その笑みを見ると、俺も高校生みたいに胸がドキドキと高鳴ってしまう。
「私から克樹さんにはこれです。どうぞ」
麻友は折りたたまれたハンカチを俺に手渡した。
淡いブルーのハンカチだった。
「へぇ、結構落ち着いてる柄があったもんだ、な……」
子供向けの雑貨屋に置いているとは思えないくらいシックなデザインだったのに、その片隅にはかわいらしいマスコットが縫いつけられていた。
「どうです、かわいいでしょう」
「そ、そうだな」
「克樹さんがこんなかわいいものを持ち歩くと思うと……私、興奮します……♥」
顔をほんのり赤く染めながら麻友はつぶやいた。
麻友のことを高校生みたいだななんて思ったけれども、やっぱり麻友は麻友だった。
夕方に帰宅したあともまたバレンタインを楽しむ。
「ふふ、克樹さん……♥」
ソファに座った俺の脚をまたぐように、麻友が座る。もう少し密着すればそれは対面座位ともいえるような恰好で。すぐそばにある麻友の熱とやわらかさに鼓動が勝手に跳ね上がる。
「バレンタインはまだ終わらないんですからね」
「そ、そりゃ、本当の14日は数日後だからな」
「もう、そういう意味ではありませんよ。本当は、わかっているんでしょう?」
麻友が俺の耳元でささやくので、ぞくぞくっとしたものが肩の周辺を走る。
「おみやげに買ってきたチョコレートをいただきましょう」
すぐそばに置いていた小さな箱から、麻友は茶色の塊をつまみあげる。
「はい、あーん」
「あ、あー……」
まるで魔女に誘われたかのように口が勝手に開き、甘い塊を含んでしまう。噛みしめると甘ったるい液体がじわりと染み出る。喉奥に落とせば胸の奥がカッと熱くなった。
これはウィスキーボンボンだ。
デートの最中にチョコレート専門店に寄って購入したものだ。
「私も……あーん」
麻友も自分でチョコレートを口に含んだ。
恍惚と甘さに酔うその姿に、俺は目を奪われる。
デートの最中はあんなに幼いと思ったのに、いまの麻友は成熟した色気を帯びた大人の女性だった。
子供のようだったり、高校生のようだったり、魔女のようだったり。
今日のデートはいろんな麻友を見ることができた。
これからもきっと様々な姿を見せてくれるのだろう。
「麻友……!」
「……ん……っ」
細い身体を抱き寄せて、チョコレート味のキスをした。




