義母と実母
どのくらいの時間だったのだろう……
多分そんなに長くは無い筈……
握った手のひら同士が汗ばみ、私の心と体の中で何かが蠢くのを感じて、私は弾かれてカレの手を振りほどき自室へ逃げ込んだ。
顔が真っ赤になっているのが鏡を見ないでも分かる!
それが恥ずかしさのせいだけじゃないから!
心臓は暴れ回って飛び出しそうだ!!
過呼吸ぎみになった私はベッドに倒れ込む。
ああ私ったら!!
ホントにもう!どうしようもない!!
ただぶっ壊れてるだけじゃなくて
じゃなくて
じゃなくて!!
きっと実母の血を受け継いでしまっているんだ!!
悪なんだ!!
私は!!
どうしよう!!
泣けるかなと思って
上掛けに顔を埋めてみたけど
1時間はそのままにしてたけど
涙が出ない。
諦めて起き上り
頬に型押しされた上掛けの模様が引くのを待って部屋を出た。
恐る恐る様子を探ると……
バスルームからカレがシャワーを使う音が聞こえる。
やっぱり私は……穢れなんだ……
触れた場所を洗い流されるくらいに……
こんな私の本性を曝け出してしまって……
悠耀くんだけじゃなく義母からも嫌われたら
どうしよう??!!
だだでさえ私は!
忌むべき前妻の子供なのだ!
にも拘わらず義母が私にも温かさを振り分けてくれたのは
きっと私を不憫に思ったからで……
そうやって情を掛けてやったオンナがその実母と同じ様に性悪く
自分の大切な息子に手を出したのだから……
許す訳は無い!!
こうやって自身に絶望を感じているのに!!
私はしっかりトイレに寄ってから自室へ戻り
ようやく涙を流す事ができた。
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下手なピンポンみたいに……
二人だけの時の悠耀くんとの会話は
必要最低限なのにも拘わらず
すべてテーブルから零れ落ちた。
床の上に落ちて跳ねながら遠ざかってゆく言葉をお互い目で追って
自分のターンではぎこちなく新たな言葉をサーブする。
それが苦しくて
申し訳なくて
私は無理やりバイトだのクラスメイトとの勉強会だのを詰め込んで、夕食も極力一人で摂るようにした。
そして、食事を用意していただいた事に対するお礼の言葉だけをメモに残した。
そうやって逃げ回っていたある日、昨日書いたお礼のメモの下に返事の一文が書かれていた。
『今日の夕方、二人だけでお話できませんか? ダメなら都合の良い日を知らせて下さい 瑤子』
ついに来た!
日勤夜勤と忙しい義母を煩わせる事は出来ないから『今日の夕方でお願いします』とメッセを返した。
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ふわっとしたホイップクリームとミントの葉がのっているガトーショコラが私の前に置かれた。 金メッキのスプーンが美しいアクセントになっている。
「ねえ! 今度はティーポットで茶葉から淹れてみない?」
カップからティーバックを引き上げながら微笑む義母の気遣いに胸が痛むのに、私はどこか拗ねたような口ぶりをしてしまう。
「でもお義母さんも忙しいでしょ?」
そう言うと義母は手に持ったエプロンを椅子の背に掛けて頭を振った。
「私の方は大丈夫!今週から夜勤も減らしたの」
「良かったね! お父さんとも長く居られるね」
「そうよ!家族と一緒の時を過ごすのが私の夢だから」
「うん!安心して! 私、お父さんや大木くんの邪魔はしないから」
そう返すと義母は少し目を伏せてから私を見つめた。
「奏ちゃんはどうしてそう言うの?」
今度は私が目を伏せてカップにスプーンを使う。
「それは……苗字で呼ぶのが学校でも自然だから……」
「悠耀を苗字で呼ぶ事もだけど……私達に対してどうして他人行儀にするの?」
私は……皮肉っぽい自嘲の笑いを口の端にのせてザラッ!とした言葉をその問いに擦り付けた。
「大木さんご一家やお父さんみたいに! 私はなれない」
「どうしてそんな事を言うの? 私達の事が嫌いなの?!」
「違う!嫌われるべきは私だから!! 私はそう言った形質を受け継いでいるから!」
「形質って?!」
「酷いオンナの腹から産まれたオンナはやはり酷いって事!」
「誰がそんな事をあなたに言ったの?!」
「誰でも無い私自身! だって自分の事は自分が一番分かっているもん! 私は自己中で!オンナぶっ壊れてて!」
「止めなさい!」
「止めないわよ! だってこれが私だもん!みっともなくて!クソで!!」
言葉を吐き出す度になんだか悔し涙みたいなのが溢れて来る。
でも私は歯嚙みして更に次の言葉を発そうとしたら義母に両肩を掴まれた。
「いい加減にしなさい! あなたには少し遠慮し過ぎたようね!」
「ほらっ!怒った! やっと本音を現した! 当然よね! 私みたいな!! こんなにも淫乱で実母そっくりな……」
パン!!!
義母から頬を打たれて一瞬、目の前に星が飛んだ。
「私達の事を悪く言うのはいくらでも受け止めるけど、あなたを産んでくれたお母様を蔑むのは許さない!!」
「お義母さんに何が分かるの?! あんな事をやらかして!!私達を捨てた!! そんな実母と同じ様に!!自分が淫乱だと気付いた私の……」
それ以上の言葉は出せなかった。
その位強く義母に抱きしめらた。
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「もし大木……兄さんが誰かに恋したらお義母さんはその人に嫉妬する?」
「そりゃ嫉妬するわよ~ うん、隼人さんだって同じ様にあなたの恋人に嫉妬するわ! そして私達は……自分達の子供達が盗られてしまったと思うんだろうな」
「お義母さんはそうかもだけど……お父さんはどうかな?」
「思うわよ! 隼人さん、きっと悔し泣きするわ!」
「え~!それは無いと思うけど……じゃあ、これもあり得ない話だけど……もし私が兄さんと付き合ったらどうなるのかなあ」
「アハハ!そうねえ~隼人さんと二人して困っちゃうかな」
「やっぱりそうよね……ま、あり得ないけど」
私のつぶやきが聞こえたのかどうなのか……義母は席を立ってキッチンへ向かい、紅茶を淹れ直している。
「でもね、それは大好きな家族とずっと一緒に居られるだけでなく孫の成長も見られるって事なんだから……こんなに素敵な事はないじゃない?!」
そう言いながら私の前に新しいカップを置いた義母はウィンクして微笑んだ。
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