婚約破棄された傷もの令嬢を側妃にしました
***
「婚約破棄された傷もの令嬢は王太子の側妃になりました」のヒーロー、テディ視点のお話です。テディの思いも楽しんでもらえると嬉しいです。
天使がいる。いや女神か?
私は固まっていた。
夜会なんて面倒だ。見た目のいいマックスに任せておけばいい。私だって子供の頃はマックスみたいに見目麗しかったんだ。
しかし、筋肉がつきやすい体質だったみたいで鍛錬するたびにどんどん筋肉がつき、こんな身体になってしまった。
この身体が令嬢たちは怖いようで、なかなか縁談もうまくいかない。
しかもみんな未来の王妃にはなりたくないようだ。王太子妃教育は大変だという噂も広がり、なかなか私と結婚しようという令嬢はいない。まぁ、私も別に好きな女もいないし、どうでもよかった。
だがしかし、見つけてしまった。私の唯一無二。
私はあの女神と結婚したい!
「アーノルド! あの女神はどこの令嬢か知っているか?」
私はすぐに側近のアーノルドに聞いた。
「あ~、あの令嬢はブロムヘキシン公爵の令嬢ですよ」
ブロムヘキシン公爵? ロゼ? ロゼなのか?
ロゼは小さい頃によく公爵について王宮に来ていた。
よく遊んだ記憶がある。マックスやロベルトより私に懐いてくれていた。
あの小さかったロゼが女神になっていたなんて……。
「でも、ブロムヘキシン嬢には婚約者がいますよ。確かスマット公爵の令息だったと。ほら、横にいるあれですよ」
あいつと婚約してるのか? せっかく見つけた唯一無二が人のものだなんて。私はショックで項垂れた。
「そんなに好きなら奪えばいい。テディは王太子なんだし、権力を行使すれば簡単だろう?」
「そうだよ。国王陛下に王命出してもらえよ」
側近のアーノルドとキースは子供の頃からの付き合いなのでプライベートでは砕けた物言いになる。
ふたりはロゼを婚約者から奪い取れと言う。
「そんなことしたらロゼに嫌われてしまう。嫌われたくない」
「全く気弱だよな」
「王太子としては能力もあって、いい感じなのに好きな女には手も足も出せないヘタレだなんてな」
口の悪い側近たちだな。しかしその通りだ。私はため息ばかりついていた。
「テディ、すぐに執務室に来てくれ」
国王に呼ばれた。
私が国王の執務室に行くと、すでに国王、宰相、そしてトワレード侯爵がいた。
「どうしたのですか?」
みんな顔色が悪い。きっと良くないことが起きたのだろう。
そこで私は驚くべきことを聞いた。そして驚くべき提案をうけた。
ロベルトと一緒に留学した側近がシンバレッド王国の王女と情を通じたと言うのだ。
王女はキンバリー帝国の第2皇子の婚約者だ。キンバリー帝国の皇子の婚約者がカモスタット王国の第3王子の側近と深い仲になってしまったとわかり、キンバリー国の皇帝は激怒したらしい。
しかし、キンバリー帝国が色々調べた結果、王女がロベルトの側近に懸想し、思いを告げたが断られた。それを根に持ち、媚薬を使い側近を我がものにし、監禁していたのを、行方不明になった側近を探していたロベルトや一緒に探していたシンバレッド王国の国王に見つけられたそうだ。
我が国はシンバレッド王国に抗議をし、側近は返してもらうことになり、慰謝料ももらうことになったが、キンバリー帝国はメンツが立たない。
そこで、ロベルトをキンバリー帝国の皇女の婿にする代わりに、まだ正妃がいない私にシンバレッド王国の王女と偽装結婚してもらいたいとのことだそうだ。
しかも、シンバレッドの王女と私がどこかで出会い真実の愛に目覚めた。皇子はふたりの気持ちを尊重し、ふたりを応援し、ふたりの結婚を認めたと言うことにするらしい。
王女は体が弱いので婚姻式や夜会など長い時間人前に出ることはできないことにして、離宮かどこかで静養していることにしてほしいということらしい。
まぁよくもそんな筋書きまで考えたものだ。
「王女はどうなるのですか?」
「婚約者の預かりになっているらしい」
婚約者の預かり?
「キンバリー帝国の第2皇子に監禁されて媚薬漬けにされているらしい。プライドを傷つけられた復讐だな」
なんだそれ? 怖すぎるな。私は身震いした。
偽装結婚か。まさか私が偽装結婚なんて。
そしてロベルトが人質に取られているなんて。
いくら大国とはいえ、プライドのためにそこまでするのだろうか?
「いいですよ。別に結婚の予定もないし、国のためには私が偽装結婚するしか無いんですよね?」
どうせロゼとは結婚できない。それなら誰でもかまわない。
私はシンバレッド王国の王女と偽装結婚することになった。
キンバリー帝国から使者が来た。この件に関しての書類が何枚もある。国王と私は注意深く読みながらサインをしていく。
王女は身体が弱く、体調が良くないので婚姻式は王宮のチャペルですると国民に発表された。披露の夜会も無い。
そりゃそうだろう。王女はキンバリー帝国に捕まっていて、ここにはいない。
いない王女は離宮で静養しているということになった。
あちこちからお祝いを言われる。変な気分だ。
私はロベルトを人質に取られているので仕方なく偽装結婚しているだけなのに。
偽装結婚の約束は5年。5年経ったら病死したということにしていいと交わした契約書に書いてある。
まぁ、どうでもいい。
私は時々、夜会でロゼの姿を見るのだけが楽しみだったのに、ロゼは留学してしまった。
あ~、ロゼが戻ってくるまで何を楽しみに生きていこう?
なんの楽しみも無くなった私はただひたすら王太子として、過労死しそうなくらい仕事をしていた。
「テディ大変だ! ロゼッタ嬢が婚約破棄した!」
側近のアーノルドの言葉に私は心臓が止まりそうだった。
ロゼが婚約破棄?
あの婚約者が真実の愛だとかなんだとかいい、卒業パーティーで婚約破棄を伝えらたらしい。
ロゼに冤罪を着せ、貶めようとしたなんて許せない。捕らえて処刑しよう。
「テディ、やばいこと考えているな」
アーノルドはケラケラ笑う。
「婚約者と女は返り討ちにあったそうだ。王弟殿下が笑っておられた」
王弟殿下?
そうか叔父上はアカデミーの校長だったな。
しかし、ロゼの晴れ舞台を台無しにするとはやっぱり許せない!
「テディ、これで求婚できるぞ!」
しかし、私には正妃がいる。結婚は無理だ。
私は頭を抱えた。
ロゼが違う男に取られるのを指を咥えて見ているしかないのか?
どうにかならないのか?
「側妃にすればどうだ?」
ロゼを側妃に?
私はキースの脛を思いっきり蹴った。
「ロゼは公爵令嬢だぞ! 側妃になどできるわけがない!」
「事情を話せばいいんじゃないか?」
「正妃が死ぬまで他言は無用なんだよ。このことがバレたらキンバリーに攻め込まれる」
あぁもう居ても立っても居られない。
私は心ここに在らずだった。
「テディ、噂なんだけどさ」
噂? アーノルドが耳打ちしてきた。
「ロゼッタ嬢、縁談がなかなか無くて、年寄りの後添いか訳ありのところに嫁入りするかもしれないらしい」
嘘だろ?
ロゼがどうしてそんな目に遭わなきゃならないんだ。
「そんなとこに嫁入りするなら、側妃の方がいいんじゃないのか? テディ、一度、陛下やあっちの使者と話してみたらどうだ?」
「そうだよ。早くしないとジジィの後添いになっちまうぞ」
私は部屋を飛び出していた。
「父上!」
「なんだいきなり」
国王と呼ばなければいけないのに父上と叫んでしまった。宰相も驚いている。
「側妃を! 側妃を娶りたいのです!」
それからは事実を知る人たちとキンバリー帝国の使者も交え話し合った。
「正妃が死ぬまで待てないか?」
国王に何度も言われた。
「待てません! それなら私が死んだことにしてください!」
訳の分からないことまで言い出してしまった。
「わかった。しかし、相手は公爵令嬢だ。側妃にと打診されることを侮辱されたと思うかもしれんぞ。拒絶されたら諦めるんだな」
「はい」
私は短い返事をした。
公爵家に打診をしてもらい、なんとか顔合わせまでこぎつけた。
ロゼだ。やっとロゼに会えた。
嬉しくて変な顔になってしまう。
ロゼは私をじっと見ている。やっぱり嫌かな。
「何か?」
私は不安を押さえながらロゼに聞いてみた、
「いえ、あまりにも大きくていらっしゃるので驚きました」
やっぱり。やっぱりデカすぎて怖いのだろう。
「大きな男は嫌いでしょうか?」
嫌いだろうな。嫌いって言われたら死のう。
「やっぱり嫌いですよね」
ロゼは困った顔をしている。困らせてしまったな。
「どちらかと言えば好きです」
へ? 今なんて言った? 好き? 好きって言ったよな。
「「「良かった!」」」
お~、アーノルドもキースも声をあげたか。
嬉しい! めちゃくちゃ嬉しい! 舞い上がってるわ。自分で舞い上がっているのがわかる。
でもどうしようもない。
私は立ち上がりロゼ目の前に行き片膝を突いた。
「ロゼッタ嬢、私と結婚してください」
私は手を差し出した。
ロゼが手をとってくれた。
「よろしくお願いいたします」
時間が止まった。
「「やった~!!」」
アーノルドとキースの声が遠くで聞こえた。
それからはあっという間だった。
母上は私が結婚しないものと諦めていたのに、可愛いロゼが来たものだから大喜びで張り切りだした。
「テディ、ロゼッタちゃんは今は側妃だけど、絶対正妃にしていずれは王妃よ。あの子は公爵令嬢だし、賢いし、美しいし、なんの問題もないわ。あなた、ロゼッタちゃんを悲しませたら承知しないわよ」
「承知しております。この命に代えても守り抜きます」
「当たり前よ」
当たり前だ。ロゼは私の唯一無二。ロゼが死んだら生きてなんていられない。
「婚姻式は大聖堂でやりましょう。白い鳩も飛ばしましょう。馬車でパレードして、夜会もたくさん人を呼びましょう。側妃だけど正妃なのよ。ロゼッタちゃんが真の妃なんだと無言のアピールをしなくてはならないわ」
母上は鼻歌を歌いながら自室に戻った。ロゼに話す前にウエディングドレスの打ち合わせをしておくらしい。
まぁ、あの事以来ずっと元気がなかったから母上にとってもよかったのかもしれない。
しかし、ロゼにはパレードは嫌だと却下された。
やはり私なんかと並んでパレードするのはいやなのだろうか? 婚姻式も王宮内のチャペルでいいと言う。
ロゼは正妃に気を遣っているようだった。
いもしないのに。馬鹿馬鹿しい。
国のメンツのためになんで私が犠牲にならなきゃいけないんだ。我が国は被害者だ。シンバレッド王国とキンバリー帝国の間で話をつければいいだろう。だんだんキンバリー帝国に怒りが湧いてきた。
何もかもぶちまけて、ロゼを正妃として迎え入れたい。私はロゼのためなら戦争しても構わない。ロベルトには申し訳ないが、私はロゼが世界でいちばん大切なんだ。
「テディ、お前また何か、良からぬことを考えてないか?」
アーノルドは私を冷たい目で見ながら言う。
「お前は超能力者か?」
「お前がわかりやすいんだ。ロゼッタ嬢が絡むと能無しになる。しっかりしろ!」
王太子のくせに側近に叱られた。
ロゼは会うたびに正妃に会いたいと言う。なんでそんなに会いたいのだろう?
「どうしても会わせていただけないのなら挙式は致しません」
ロゼと結婚できない! 私は固まってしまった。ロゼと結婚できないなら死んだ方がましだ。
「病が重いのですか?」
ロゼは正妃の病が重くて会えないと思っているのか? なんて優しいんだ。やっぱり女神だ。
「ロゼを必ず幸せにすると誓う。だから私を信じて欲しい。頼む」
私はもうそれしか言えなかった。
「わかりました。もう言いません。私は波風を立てたくないだけです。正妃様に敵意を持っていないことを解っていただきたかったのです。だって、テディ様を取られたと誤解されて命を狙われたりしたら嫌ですもの」
私は咄嗟にロゼの手を握った。
ロゼはそんなことを思っていたのか。ロゼの命を狙う奴なんかいたらただではおかない。
「そんなことは絶対させない。ロゼのことはこの命をかけても守る」
「痛いです」
へ? あっ、やってしまった。
私は慌ててロゼから手を離した。
「すまなかった。力加減がよく分からなくて……申し訳ない」
女性に触ったことがほとんどないので、力加減がわからない。普段は気をつけているが感極まって力いっぱい握ってしまった。
気をつけよう。こんなことでロゼに嫌われたく無い。
私ひたすら謝り続けた。
ロゼが王宮に引っ越しの荷物を運んできた。
正妃が離宮で自分は王宮なんて申し訳ないと言う。
本当は正妃などいない。私が愛しているのはロゼだけだと言いたい!
しかし、喋らないようにキンバリー帝国のやつに見張られいる。腹が立つなぁと思いながら歩いていると、ロゼとマックスが仲良さげに話している姿が目に入った。
美男美女だ。なんてお似合いなのだろう。マックスならすぐに正妃になれる。私よりマックスの方がいいのではないか。
いや、ロゼは渡さない。絶対渡さない。
私は大急ぎで2人の元へ駆けつけた。
「マックス!」
マックスは普通の顔で私を見る。
「兄上、どうされました? 私は義姉上にお祝いの言葉をお伝えしておりました。兄上もおめでとうございます。では、姉上、またゆっくりお話いたしましょう」
ヒラヒラと手を振りながら行ってしまった。
ロゼにまたゆっくり話そうだなんて絶対嫌だ。阻止してやる。
私はロゼを見た。
「ロゼ、マックスとは仲が良いのか?」
「いえ、特には。はじめてお話したかもしれませんわ」
そうなのか? 本当にそうなのか?
「マックスとは何の話を?」
「結婚のお祝いを伝えられました」
「それだけ?」
「はい、それだけですわ」
「そうか」
本当にそれだけなのか。
「マックス様と話してはいけないのですか?」
「いけなくはないが、その……あいつは……見目麗しいので」
私は心配なんだ。マックスにロゼを取られたくない。
「ふふふ、私はテディ様の方が素敵だと思いますよ」
え? 何? 私の方が素敵?
今ロゼはそう言ったよな?
本当か? 本当なのか?
夢じゃないのか?
嬉しくて死にそうだ。
あっ、エスコート、エスコートしなきゃな。
私は無言で手を差し出した。
ロゼがにっこり笑って手を取ってくれた。
マジ女神。眩しい、眩しすぎる。
この手は一生洗わないでおこうと思った。
いよいよ待ちに待った婚姻式だ。
正妃とは大聖堂で婚姻式をしていないのでと揶揄する声もあったが、我が国では、キンバリー帝国で広められている真実の愛などという話を知るものはほとんどいない。
留学生や商人などキンバリー帝国で聞いてきた者もふたりの仲睦まじい姿を見たことがないので実は国家がからむ訳ありの政略結婚でしかも不仲。
正妃は私の外見が嫌いで拒否しているんじゃないかと言われていた。
私たちが必死で隠しているのがバカみたいだ。
その上、正妃との結婚の話は大々的にしていないので国民の中には知らない者もいる。
国民はみんな私たちの婚姻を喜んでくれているようだ。
朝、準備のためにロゼが王宮にやってきた。
「ロゼ、おはよう。来てくれてありがとう」
私は嬉しくなりロゼにハグをした。今日結婚するんだ。ハグしてもいいよね?
しかし、ロゼから悲痛な声が聞こえてきた。
「テディ様、痛いです。骨が折れてしまいますわ」
私はロゼの声に慌てて身体を離した。
「すまない。嬉しくてつい」
凹んでいるとマックスがやってきた。
「姉上、おはようございます。今日もお美しいですね」
やつは今日もカッコいい
「兄上は長年の思いが叶って感無量なのです。どうか多目に見てやって下さい。兄上、ハグはもっと優しく柔らかくしなければいけません。気をつけてください」
マックスに叱られた。
私がしゅんとしていたからか、ロゼが側に来て手をとってくれた。
「大丈夫でございます。私はこう見えて骨が強いのでそう簡単には折れません」
気を遣ってくれたんだな。
ロゼは準備が忙しい。私は「また後ほど」と言って部屋を出た。
私はダメだなぁ。舞い上がってしまうと力加減がわからない。
「はぁ~」
私は大きなため息をついた。
いよいよ時間だ。
支度が終わり、ウエディングドレス姿で現れたロゼを見て私は言葉を失った。
女神だ。いやもう女神を超えた。
「ロゼ、綺麗だ」
気の利いた言葉が出ない。きっと真っ赤な顔をしているのだろう。
「テディ様も素敵ですわ」
社交辞令でも嬉しい。
大聖堂で大司教が私たちに問う。
「……誓いますか?」
「はい、誓います」
もちろん誓うに決まっている。
ロゼの番だ。
「誓いますか? 誓いますか?」
「誓います!」
良かった。大司教が聞いても何も言わないから焦った。やっぱりロゼは嫌なのだろう。
私たちは婚姻証明証にサインする。
これは側妃用ではなく、正式な妃用の証明証だ。ロゼだけじゃなく、王族でもわからないかもしれない。
ロゼはやっとロゼッタ・ブロムヘキシンからロゼッタ・カモスタットになった。
誓いのキスは唇を合わせるだけの軽いキスだ。
私ははじめてだったので、ドキドキしてガタガタと震えててしまった。
ロゼは変に思わなかっただろうか。
あとは披露の夜会だな。
その後は初夜か。その前にやることがある。私は気を引き締めた。
式が終わり、ロゼをエスコートし外に出た。
白い鳩が放たれ空に舞う。
みんなおめでとうとお祝いをしてくれる。
やっと愛するロゼと結婚したんだなぁ。感無量で泣きそうだった。
少し時間をおいて夜会が始まった。
ロゼはウエディングドレスから、私色のドレスに着替えていた。鼻血が出そうだ。
来賓との挨拶は面倒だけれど仕方ない。
とりあえず主要な貴族と挨拶をする。
父上があの男と一緒にいるのが目に入った。仕方がないので側に行く。
「テディ、ロゼッタ、おめでとう」
「ありがとうございます」
「こちらは、シンバレッド王国の王太子殿下だ。今日のお祝いに来てくれた」
偽の正妃様の兄だ
「ロゼッタでございます。本日はご足労いただきありがとうございます」
ロゼのカーテシーはいつ見ても美しい。こんな奴にしなくてもいいんだ。
「ロバート・シンバレッドです。本日はおめでとうごさいます。これからはカモスタット王国とシンバレッド王国の友好の為にご活躍していただけると嬉しいです。よろしくお願いします」
さすが、キンバリーの影。上手く化けているな。
「妹のことはお気になさらないで大丈夫ですので、セオドア殿と幸せになって下さい」
言われなくても幸せになる。あと2年の我慢だ。
玄関ホールがなんだか騒がしい。マックスとキースが対応しているようだ。任せておいて大丈夫だろう。
私たちは来賓への挨拶周りを続けた。
やっと挨拶がひと通り終わり、ロゼが初夜の準備のためにひと足に部屋に戻った。
私には今から大仕事がある。
話をつけなければいけない。私は国王と影が待つ部屋に急いだ。
「王太子殿下、ロゼッタに本当のことを話すわけにはいきませんか? 他言はしないと約束致しましたが、このまま何も話さないまま過ごすのは無理です。ロゼッタは信用できる者です。どうかお願いします」
私は頭を下げた。王太子殿下と呼んではいるが、キンバリー帝国の影だ。
影は難しい顔をしている。
国王も影に頭を下げた。
「ロゼッタには絶対、他言せぬように申し付ける。もしも約束を破った時には私が腹を切る」
父上が突然腹を切るとか言うので驚いた。
「私も腹を切ります。お願いします」
私もつられて言ってしまった。
ふたりの威圧に押された影は口を開いた。
「ふたりとも頭を上げてください。わかりました。信じます。しかし、絶対ロゼッタ妃以外には他言しないようにして下さい。もしも約束を破った時は最初の約束どおり軍隊をこの国に送ります。お互いの国の平和のためにも約束はお忘れなきように」
皇帝から全権を委ねられているキンバリー帝国の影は手を差し出した。
私はその手を握る。
父上も上から私たちの手を握る。
ここに3人の約束は再び固く結ばれた。
だがしかし、今更だが、なんで私がこんな役を押し付けられたんだ。
ロベルトがこの役でも良かったんじゃないのか? ロゼが婚約を破棄しなかったら、何の疑問も感じなかったが、もしもロゼが悪者に思われるようなことになったらと思うと腹が立つ。
私は私たちを見張っているキンバリー帝国の影にこっそりつぶやいた。
「もしも、正妃がいることで。ロゼが国民から批判されるようなことになったら私は何をするかわかりません」
「それは大丈夫です。約束は5年です。5年が過ぎたら全て終わります」
影は礼をして部屋を出ていった。
言葉の意味がよくわからない。
◇◇◇
ロゼが元婚約者を含む令息3人に襲われたと聞き、脚がガクガクしてきた。殺す。3人とも殺す。
「まぁ、落ち着きなさい。犯人は捕まったし、ロゼッタちゃんは無事よ。全て上手くいった。邪魔物は片付いたわ」
母上はふふふと笑う。
「さてと、あなたはあなたの仕事をきちんとやりなさい」
「承知しました」
私はロゼの元へ向かった。
部屋の扉を叩いた。
「入ってもいいだろうか?」
「はい」
ロゼの返事が聞こえたので、扉を開ける。
そこには艶かしい夜着を着たロゼが座っていた。
「ロゼ、何か羽織ってくれないだろうか。目のやり場に困る」
ドキドキしてしまう。
ロゼはガウンを羽織った。
私は深呼吸をしてロゼの前に座った。
「ロゼ、話を聞いてほしい」
ロゼは驚いているようだ。
「実はロゼに隠していたことがあるんだ」
私はロゼの目をしっかり見る。そしてゆっくりと話をはじめた。
「弟を人質に取られているんだ。私たちが何もしなければ殺されることはない。このことを知っているのはごく一部のものだけだ」
ロゼは私をじっと見ている。
「3年前、友好国だったシンバレッド王国に弟が留学した。その時に弟と一緒に留学した側近がまずいことになってしまったんだ」
ロゼは前のめりになった。
「王女と深い仲になってしまった」
「それは正妃様ですか?」
私は黙って頷いた。
「当時王女はキンバリー帝国の第2皇子の婚約者だったんだ。キンバリー帝国の皇子の婚約者がカモスタット王国の第3王子の側近と深い仲になってしまったとわかり、キンバリー国の皇帝は激怒した」
ロゼの顔は引き攣っている。
「キンバリー帝国が色々調べた結果、王女が我が弟の側近に懸想し、思いを告げたが断られた。それを根に持ち、媚薬を使い側近を我がものにし、監禁していたのを、行方不明になった側近を探していたロベルトや一緒に探していたシンバレッド王国の国王に見つけられた。それで我が国はシンバレッド王国に抗議をし、側近は返してもらったし、慰謝料ももらった。しかし、キンバリー帝国はメンツが立たない。そこで、ロベルトをキンバリー帝国の皇女の婿にする代わりに、まだ正妃がいない私に、皇帝が頼み込み、娶らされたんだ。頼み込んだといっても断れない命令なんだけどね」
私は笑った。自虐的に見えたかもしれない。
「意味がわからないのですが、テディ様もロベルト様も関係ないですわよね?」
「うん。ただキンバリー帝国は大きくて軍事力の強い国だ。うちとは友好関係にあるが攻め込まれてはひとたまりもない。ロベルトをすでに、連れて行かれてしまっていたし、我が国を戦火に晒すわけにもいかない」
確かに帝国は強い。我が国も軍事力はあるが、そんな理由で戦争をし、戦火に晒すわけにはいかない。
大国はプライドのためにそんなことをした。
「シンバレッド王国は何も処分を受けなかったのですか?」
「帝国に国を乗っ取られたよ」
「乗っ取られた?」
「あぁ、入り込まれて、今は帝国が国を動かしている。表立って発表はされていないがそのうち属国になったと発表されるだろう。シンバレッド王国は軍事力が弱い。王家も平和ボケでのんびりしていた」
そうだ。あの国は甘かった。
「帝国ではシンバレッドの王女と私がどこかで出会い真実の愛に目覚めた。皇子はふたりの気持ちを尊重し、ふたりを応援し、ふたりの結婚を認めた。我が国ではそんな話は流れていないが、帝国ではそう言う話になっているんだ。王女は体が弱いので婚姻式や夜会など長い時間人前に出ることはできない。結婚式も王宮のチャペルでしたと国民には伝えられた」
ロゼは納得したように頷いた。
「では、正妃様はここにはいないのですか? いまどこに?」
「多分帝国の第2皇子に監禁されている」
「監禁?」
「第2皇子は自分を裏切った王女が許せなかったようだ。きっと媚薬漬けだろう」
媚薬漬けと言っても、部屋の中に鎖で繋がれたままらしい。
第2皇子は手を出さず、苦しむ様子をずっと見ているだけだと聞いた。媚薬を盛られたことはないが、恐ろしく苦しいらしい。苦しむ様子をただ見ている第2皇子はきっとヤバい人なのだろう。
「でも、王太子が来ていたではありませんか?」
「あれは帝国の使者だよ。王太子と偽って参加していたんだ」
帝国の影が使者として、私たちを見張っている。
「さっき、使者にロゼにこのことを話す許可をもらった。この秘密が他にもれれば我が国は帝国から攻められ戦火になる。ロベルトは殺され、国王と私は責を負う。ロゼには話したかった。知らない方がロゼは幸せだと思う。でも私はロゼに嫌われたくない。不信感を払拭したかった。自分が可愛いからロゼをまきこんでしまった。ダメな男だ」
やっとロゼに打ち明けられた。
「私が話したらどうするのですか?」
ロゼは私の顔をじっと見ている。
「ロゼが話したのなら仕方ないよ」
「私を信用しているということですか?」
「もちろんだ。秘密の続きはまた少しある。結婚して5年経ったら正妃は病死したと発表することになっている。そこで我が国とキンバリー帝国の約束は終わりだ。ロベルトは我が国に戻るもよし、そのままキンバリー帝国の皇女に婿入りするのもありだ。本当なら私は結婚するつもりはなかった。だからキンバリー帝国の話を受け入れたんだ」
私は顔を上げてロゼの目をじっと見た。
「私には好きな人がいた。でもその人には婚約者がいて、私の思いは届かないと諦めていたんだ」
「そんな方がいらしたのですね。その方は今は?」
「ここにいる。私の目の前に」
やっと言えた。私は続けてロゼに思いを伝える。
「ある夜会でロゼを見て一目惚れしたんだ。でもロゼには婚約者がいた。側近たちやマックスはそんなに好きなら権力を使ってでも奪い取ればいいと言ったが、私はそんなことはできなかった。せめてマックスのような見た目ならロゼも私を好きになってくれるかもしれない。でも私はこんななりだし、好かれるはずなんてないからな」
私は俯いてしまった。
「ひとめ惚れではないですわ。私たちはもっと前にお会いしておりますわよ」
ロゼは覚えていてくれたんだ。
「うん。夜会で見かけた時に同じ人とは気が付かなかった。それから色々調べて、君があの時の小さいロゼだとわかった。すぐにブロムヘキシン公爵に結婚を申し込もうとしたらすでに婚約者がいることを知った」
「だからキンバリー帝国からのお話をお受けになったの?」
私はこくんと頷いた。
「ロゼと結婚できないのなら一生結婚するつもりはなかった」
「後継はどうなさるつもりでしたの?」
「マックスがいる。でも君が婚約を破棄したと叔父上から聞き、居ても立っても居られなかった。周りは約束の5年が過ぎるまで待てと言ったが、もう誰にも取られたくなかった」
汗が流れて落ちる。
「このままでは君は年寄りの後添いか変な奴のところに嫁がされてしまう。それならいくら好きになってもらえなくても、嫌われても、嫌がられても、私がもらうと決めたんだ。みんなで毎日話し合った。キンバリー帝国とも話をした。それでしばらくは側妃ということにして、正妃が亡くなったあと、喪が明けたら正妃になるということになっているんだ。何も知らせず、証明書にサインさせてしまって申し訳ない」
ロゼは私の話を聞いて固まっていた。
そして立ち上がり、私の頬をグーで殴った。
唇が切れて血が出ているようだ。
ロゼは私の唇の傷にキスをして笑った。
「これで許して差し上げますわ。もう、嘘や隠し事は許しませんわよ」
「はひ」
もう、隠し事も嘘もない。私はロゼだけだ。
「でも、私はずっと側妃でよろしいのですよ。正妃なんていずれ王妃でしょう? 遠慮したいです」
ロゼはふふふと笑った。
*~*~*~*~*~*~*
2年後、身体が弱く国民の前に一度も姿を見せなかった正妃が亡くなったと発表した。その一年後、喪が明けるのを待ってロゼは正妃になった。
その時にキンバリー帝国はお祝いだと言って、国民たちから正妃の記憶を消し、ロゼは始めから私の正妃だったと認識させた。
それを聞いた時、そんなことができるキンバリー帝国に逆らわなくてよかったと心から思った。そしてそんなことができるなら私と結婚させなくてもよかったのではないかとも思った。どちらにしても我が国には貸がある。それはそれでよかったと思うことにした。
ロベルトは結局、我が国には戻らず、キンバリー帝国の皇女と結婚した。
そもそもロベルトは同時期にシンバレッド王国に留学していたキンバリー帝国の皇女と恋仲だったらしい。
あの時、ロベルトがあの王女を真実の愛の相手とすることになりそうだったのを、皇女と2人で皇帝を説得したらしい。
自分を人質にということにすれば兄上は絶対うんと言うはずだと。
私はロベルトに嵌められたのだ。
私はロゼと一緒にロベルトの婚姻式に参列したが、ロベルトはとても幸せそうだった。
もちろん私はロベルトにロゼの知らないところで土下座させ、キンバリー帝国から我が国に一切危害は加えない、有事の際は必ず我が国を守ると皇帝に誓約書を書かせた。
ロベルトは皇女の婿としてこれからキンバリー帝国と我が国の橋渡しをしてもらう。
私を騙したんだ。それくらいはあたりまえだろう。
私たちには子供がふたりできた。私に似た王子とロゼに似た王女だ。
私にとってロゼと子供たちは命より大事だ。
私はこの春に国王に即位した。そしてロゼは王妃になった。
ロゼは賢王妃として国民から慕われた。
一応私も良き国王と国民に言われた。
今思えばあの5年間はなんだったんだろう。
そんな魔法が使えるなら最初から使えばいい。
私はキンバリー帝国の第2皇子のプライドのために訳の分からない5年を過ごしてしまった。
あれから、あの王女は媚薬漬けになり気が狂い鎖に繋がれたまま亡くなったらしい。
それをずっと見ていたキンバリー帝国の第2皇子も心を壊して亡くなったらしい。
きっと第2皇子はあの王女を愛していたんだろう。だから許せなかった。愛が憎しみに変わったのだろう。
私はロゼがあの王女のようなことをしたらどうなるかと考えた。
私ならロゼを殺して私も死ぬ。いくら憎くてもロゼを苦しめるのは嫌だ。
もう、ロゼがいくら他の男を好きだと言っても身を引くことなど出来ない。それならふたりで消えよう。
まぁ、ロゼが私や子供たちを裏切ることはない。
そして私がロゼを裏切ることなんて天地がひっくり返ってもあり得ない。
これから先も死がふたりを別つまで(別れないけど)ロゼと共に生きていく。
ロゼ愛してる!!
【了】
ロゼッタ視点の話もあります。読んでもらえると嬉しいです。
「面白い!」「続き読みたい!」など思った方は、ぜひブックマーク、下の評価を5つ星よろしくお願いします!
していただいたら作者のモチベーションも上がります。
ぜひよろしくお願いします!