(2)戦ツイナ・クーダ
闘技場
歓声が響き渡る中、先鋒戦が終わった。
ローラ対ミレーヌ戦の勝者はミレーヌ。
その試合によってローラは気を失い、医務室へと運ばれた。
大した怪我では無く、ガイとエリザヴェートは安堵した。
中堅戦はガイ対ルガーラだ。
これで負ければ大将戦のエリザヴェートが出ること無く試合は終わってしまう。
ステージに上がるガイは緊張感で表情を強張らせる。
一方、黒の鎧を身に纏った男の歩みは軽やかだ。
黒鎧のルガーラはガイの姿を見た瞬間、ニヤリと笑った。
「いやぁ、よかった、よかった。君なら大将で出ると思ったんだがね」
「今は波動が使えないんだ。大将戦は出れない」
「ほう。何か事情がありそうだが、聞くのは無粋だな。それに"男の子"ならやはりこちらで語り合った方がいいだろう」
そう言って腕を前に出して握り拳を作る。
ルガーラの言葉にガイは眉を顰めた。
「ガキ扱いかよ」
「そうじゃない。男はいつだって子供のように無邪気じゃないとね。だが紳士的なのも大事さ。紳士でありながら冒険心を忘れない……女性にモテるコツだ」
「……一体、何の話なんだ?」
「"戦いだけが全てではない"ということさ。もう少し大人になればわかるよ」
ニコリと笑ったルガーラの歯が光った気がした。
会話をしていても本当に強そうには見えない。
ゼニアや赤髪の男とは全く違う。
この男からは"圧力的"なものを全く感じなかった。
審判が2人の間に入る。
いつも通りルールの説明を終えると、両者に少し距離を取るように促した。
ガイとルガーラは向き合ったまま後ろへと下がる。
距離にして数メートル。
ルガーラの背負う大剣を見るに、ガイにとって不利な距離に思える。
あれに対抗するにはスピードしかない。
そうガイは思考し、ゆっくりと左腰に差すダガーのグリップに右手を添えた。
両者の準備が完了する。
観客席も静まり返る中、その時が来た。
「始め!!」
審判が叫ぶと一気に観客席から歓声が巻き起こる。
先に飛び出したのはガイだ。
そのスピードは残像を纏うほどで、一瞬にしてルガーラの目の前まで踏み込んだ。
左腰のダガーを引き抜き右へ一線の斬撃。
ここまで数秒足らず。
ガイの狙いはルガーラのアームガードの隙間、少しだけ見える肌部分だった。
「もらった!!」
一方、構えすらとらず棒立ちのルガーラ。
……だが、その後の行動にガイは驚愕する。
ルガーラは左腕を捻りながら横へ。
アームガードでダガーを弾いた。
あまりの衝撃にダガーの刃は折れ、ガイの右手が空を切る。
「なかなかのスピードだが、私には通用しない」
ルガーラがそう言うと瞬時に両拳を腰に構える。
無防備になったガイの腹に拳の連打を当てた。
鈍い音が繋がって聞こえるほどの速さだった。
「ルザール拳法……"スペシャリティアン・マッハ・パンチャー"」
「がはっ!!」
すぐさまルガーラは再び拳を腰に構え直して、左足を前へ。
"シュッ"と左手を前に突き出し、一瞬で引き戻す。
ガイの胸ぐらを掴み、後方へ吹き飛んで体勢を立て直すことを阻止したのだ。
「君には剣は必要ないな。もっと言えば波動も必要なさそうだ」
ルガーラはニコリと笑みを浮かべる。
悲痛な表情のガイは、彼を見るが相変わらず覇気を感じない。
"全く強そう"ではないのだ。
胸ぐらを掴まれて足がつかないほど高く上げられたガイ。
「すまないが、この一撃で終わりにさせてもらう」
そう言うとルガーラはガイを掴んでいた手を離し、腰に構えた右拳を握りしめる。
足を肩幅に開くと、グッと腰を落とした。
「ルザール拳法……"スーパー・レジェンディアン・ナックコゥ!!"」
突き出された右正拳突きはガイの胸に直撃する。
観客席から上がる歓声を超えるほどの轟音。
ドン!!という鈍い音が闘技場内に響き渡るとガイの体は簡単に吹き飛んだ。
距離にして数十メートル飛び、地面に叩きつけられると、そのまま転がった。
「……」
無言のルガーラは正拳突きモーションをとったままだ。
吹き飛んだガイを確認した審判がすぐさま試合終了を叫ぼうとした……その時だった。
「待て!!」
「え?」
困惑する審判をよそにルガーラは震える右の手をゆっくりと開いて見るが、その表情は歪んでいた。
それもそのはずで、ルガーラの右指の骨が数本折れていたのだ。
「馬鹿な……ありえん」
観客席も静まり返る。
一体何が起こったのかわからなかった。
「無意識なのか?いつからこんなことができるんだ?」
独り言のように思えるルガーラの言葉だが決してそうではない。
先ほどの和かな表情とは打って変わった鋭い視線が向かう先にいる少年。
倒れ込んでいたガイは、ゆっくりと体を起こした。
「ク、クソ……なんてヤツだ」
「それはこちらのセリフだ。"闘気"を一点に移動させて攻撃をガードする人間なんて初めて見たぞ……お前、一体何者だ?」
かろうじてだが立ち上がるガイ。
その瞳はまだ死んではいない。
ルガーラはその目を見た瞬間、確信した。
この少年は自分と同じ才能を持っていると。




