焔魔卿
イース・ガルダン 東地区
コロセウム
ガイ、ローラ、エリザヴェートの3人は闘技大会の出場していた。
1日目には二試合あった。
一試合目はガイの健闘とエリザヴェートの"謎のオーラ"で勝利を収めた。
二試合目は何故か相手チームがナイトガイのメンバーを見た瞬間に棄権した。
このまま予選が続くと思ったが、大会の審査委員と名乗る人物から本戦出場を言い渡されることになる。
ガイとローラは困惑したが、全てはS級冒険者であるエリザヴェートの存在があったからだろうと、無理やり納得した。
そして、やることの無くなった3人は予選を観戦するため観客席にいた。
そこで自分たちと同じく、予選を勝ち抜いたわけではないが本戦に出場になったパーティの試合を見ることとなる。
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円形で石造りの巨大な建物である闘技場。
壁に沿って、数メートル高い場所にある観客席からは中央でおこなわれている試合がよく見える。
ガイとローラ、エリザヴェートはここにいた。
3人の周囲にはちらほらと冒険者らしき者たちが観戦していたが、覇気は感じられない。
恐らく暇つぶしでの観戦。
自分たちが一番と自負しているのだろう。
石造りのステージが中央、北東、南東、北西、南西の五箇所にあり、それぞれのステージで個々に試合をしていた。
ガイたちもそれぞれの試合をじっくり見ているが、波動があまり使われないせいか、目立った試合はない。
この状況を見たローラはニヤリと笑って口を開く。
「これなら優勝狙えちゃうかもね!」
隣に座るガイがすぐさま反応した。
「どうしてだ?」
「だって、どう見たって強そうなパーティはいないわ」
「まぁ、確かに……」
それはガイも薄々気づいていた。
今まで戦った魔物や騎士やらと比較すると明らかに見劣りする。
「これなら、"特別な武具"ってのも私たちの物になるかもね!」
「まだ決まったわけじゃないだろ」
「決まったようなものでしょ!見てみなさいよ、あの今来た中央のパーティなんて2人しかいないわよ」
「え?」
ガイは中央のステージに視線を送る。
それは北側から来たパーティだった。
本当に2人しかいない。
「あれは……」
ガイは見覚えがあった。
アップバングの真っ赤髪を後ろに細く結って肩に流した漆黒のコートを羽織った黒メガネの男。
そして青い髪にローブ着用し、大きめの杖を持った優しそうな青年の2人組だ。
「面識あるの?」
「いや、さっき町でぶつかったんだよ。あの赤髪の男と。正直、今まで出会った人間の中で一番ヤバいと思った」
「へー。でも2人パーティだと絶対に"2人"が勝たなきゃいけない。あのローブの男なんて、どう見ても遠距離型よ。勝ち抜くのは難しいと思うわ」
「そうだな……」
ガイたちは他に目もくれずに中央のステージを凝視した。
相手チームは典型的なバランス型のパーティで、近距離型の剣士、遠距離型の魔法使いと弓使いだった。
先鋒には弓使いの男が出て不戦勝とし、中堅で出たのはやはり剣士だった。
これまた屈強な体つきで短髪、グレートソードを背負うパワー型の剣士に見えた。
一方、2人組の方から出たのは、なんと青髪のローブを着た細身の青年だった。
「はぁ!?なんで遠距離型が中堅で出るのよ!」
ローラの叫びは周囲の観客にも聞こえていた。
それを聞いてか、皆が中央のステージを見る。
ニコニコと笑顔の青髪の男は屈強な剣士と向き合う。
剣士は鋭い視線を青髪の青年に向けているが、その殺気は観客席にも伝わるほどだ。
2人の間に審査が立つ。
お決まりのルール説明だ。
その後、選手の2人は数十メートルほど距離を取る。
「始め!」
すぐさま試合は開始された。
瞬間、剣士は背負ったグレートソードのグリップを片手で握ると猛ダッシュし、引き抜きと同時に青髪の男へと振り下ろす。
……が、青髪の青年はいとも簡単にそれを横にかわした。
二手目、剣士はグレートソードの方向けて平を宙へ向ける。
そのまま勢いよく回転して横の薙ぎ払い攻撃をおこなった。
このスピードを見るに当たったらひとたまりもない一撃だったが、振り抜いた先には青髪の青年の姿はない。
剣士はグリップを握る手に重みを感じる。
少し振り向くと振り抜かれたグレートソードの平に青髪の青年が笑顔で立っていたのだ。
「な、なんだと……」
「こんなに大きい剣を片手で操るとはなかなか。私には真似できそうにない」
「貴様……!!」
剣士のこめかみに血管が浮き出るのを確認した青髪の男は、杖の先でグレートソードの平をトンと叩く。
凄まじい重みを感じた剣士の腕が下がり、剣は地面へと叩きつけられた。
「う、腕が……」
「今ので"折れた"と思いますよ」
剣士の驚愕する表情を見ても顔色を変えない青髪の青年。
確かにグレートソードを持つ腕の肘関節はあらぬ方向へ曲がり、赤く腫れがっているように見えた。
ゆっくりとソードの平から降りた青髪の青年。
腕の痛みに耐えきれず、剣士はその場でうずくまってしまった。
何が起こったのかわからずにいた審判も、剣士の姿を見て、すぐさま口を開く。
「そこまで!勝者レイ!」
"レイ"と呼ばれた青髪の青年は笑顔を崩すことなく、両膝をついてうずくまった剣士を通り過ぎてステージを降りた。
観客席は唖然としていた。
近接パワー型の剣士に遠距離型で細身の青年が波動を使わずに勝ってしまった。
"一撃すら相手に当てていない"のにだ。
「意味がわからないわ……なんなのよ、あの優男……」
「あんなに強いやつは見たことない……」
ガイとローラは開いた口が塞がらない状態だが、エリザヴェートは違った。
「ま、ま、まぁ、あれくらいなら"A級冒険者"くらいのレベルだと思うけど」
「マジか……あの強さでA級レベル」
ガイの目指すのはS級冒険者だ。
だが、それより下のA級ですら凄まじい強さだとわかる戦いだった。
そして次の試合が始まる。
ステージに上がったのは遠距離型の魔法使いで白いローブを着た女性。
2人組のパーティの方は"赤髪の男"だった。
「この戦いは大将戦だから波動が使えるわね……」
「あの男の波動が見れるのか」
ガイは息を呑んだ。
エリザヴェートが言うように、さっきのレイと呼ばれた青年はA級レベルとなれば、この男もそうであろうと簡単に予測はつく。
どれほどの波動を使うのか、ガイは気になっていたのだ。
中央で向かい合う2人。
赤髪の男は逆三角形のサングラスをつけており視線がわからない。
一方、相手の魔法使い風の女性は中型の杖を強く握りつつ男を睨む。
いつも通り、審査がルールを説明する。
そして、それが終わると両者は数十メートルの距離を取る。
位置につき、魔法使いの女性は中型の杖を前に構える。
赤髪の男は漆黒のコートのポケットに両手を入れたままだ。
「それでは大将戦、始め!!」
開始の合図と同時に動いたのは魔法使いの女性の方だ。
凄まじいスピードで波動を形状化させる。
巨大な氷柱を2本が両肩のあたりに出現し、女性が杖を振ると、それは勢いよく射出された。
高速で氷柱が向かうが、赤髪の男は動かない。
そして遂に氷柱が着弾……しなかった。
厳密には当たったはずだったが、赤髪の男の前で一瞬にして水になり、さらに拡散して水蒸気に変わる。
白い湯気が漂うが、それを瞬時に吹き飛ばすほどの熱波が赤髪の男から放たれた。
「俺の体に到達する前に溶けるとは……練度が甘い」
「ありえない……波動を発動したの?」
驚いた表情の魔法使いは思考していた。
波動を発動したのなら"形状"があるはずだ。
だが一切それが見えなかった。
「次は"俺の波動"を見せるよ」
「……!!」
魔法使いの女性はすぐに杖を前に出して波動を形成した。
次は巨大な氷の塊を一つ。
赤髪の男の立つあたりの上空に作り出す。
「これならどう!!」
「やはり練度が甘いな」
そう言って赤髪の男はしゃがみ、地面に右手のひらを当てる。
「死ぬ気で防御しろよ。お前を殺したら失格になるからな」
そう言うと、すぐに赤髪の男から熱波が円形に放たれ、衝撃で石造りのステージには四方八方に亀裂が入り、そこから真っ赤な熱風が吹き上げる。
この熱風によって、上空にあった氷の塊は"水"を経由することなく一気に蒸発してしまった。
「焔魔三獣……」
亀裂から炎が吹き上がる。
そして、その炎は赤髪の男の前に収束し"狼の姿"を模る。
「"音姫ノ焔狼"」
中央のステージだけでなく、闘技場全体が凄まじい熱量だった。
観客席にいたガイやローラの額からは自然と汗が滴る。
"炎の狼"を見たエリザヴェートは無表情で言った。
「耳を塞いだほうがいいかもしれないわ」
「え?」
瞬間、炎の狼は宙を見るようにして吠えた。
その遠吠えは幾度となく熱波を広げて視界を真っ赤に染める。
あまりの轟音に耳を塞がざるおえないほどだった。
ステージ上にいた審判の体からは炎が上がり悶え苦しむ様子は観客席からでも見てわかった。
さらに相手の魔法使いの女性の体からも発火し全身を炎で覆う。
女性の悲鳴が闘技場内にこだますると同時に、他のステージ上で試合をしていた人間、"全てが発火"した。
炎の狼から発せられる遠吠えは10秒ほど続くとようやくおさまる。
魔法使いの女性は逃げ惑う中、ステージから落ちるとようやく全身を包んでいた炎は消える。
赤髪の男はゆっくりと歩き、ステージの下に落ちた女性をしゃがみ込んで見た。
「生きてるな。波動を極めるとこうなる。練度を高めすぎると手加減できないのが難点さ。悪く思うなよ」
ただ、それだけ言うと赤髪の男はレイという青年の方へと歩いてステージを降りる。
観客席でも少し火傷を負った冒険者などがおり、騒然としていた。
ガイとローラはすぐに耳を塞いでいたからか、全く燃えなかった。
ガイは赤髪の男の波動を見て直感した。
これは間違いなく"スキル"であり、あの男は確実にワイルド・ナインであると。




