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最弱パーティのナイト・ガイ  作者: フランジュ
エターナル・マザー編
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接触(2)


アカデミアに到着したクロードとリリアンは、ザラが宿泊する部屋を目指す。


廊下を歩くと多くの研究者とすれ違うが、2人には興味を示さない。

恐らく昨日起こったサンシェルマ焼滅事件のことすらも人ごとなのだろう。


「あんな事件があっても、ここは平和ね」


「"研究者"というのは利己的な生き物だと思ってるよ。自分に関係のない物事には関心がない」


「それは偏見だと思うわ」


「そうかな?昔の僕の友達もそうだったが、研究以外の興味は薄かったように感じる。何年か前に久しぶりに会った時も、やはりそうだと感じたよ」


「あなたもそうじゃないの?」


その質問にクロードは少し考えた。

何を意図として、この質問がなされたのか理解が追いつかなかったのだ。

間があったが、すぐさま思考を終わらせたクロードは口を開く。


「どういう意味だい?」


「あなたも何か自分の目的があって、そのために突き進んでいるような気がしたから。その目的のためにガイ達と行動している……間違ってたらごめんなさい」


「否定はしない。人間は自分の利益のために動きたがる。目の前に"それ"をちらつかせられたら特にそうだ。そう言う意味では、人間という存在はみな利己的なのかもね。君もそうなんじゃないか?」


「……否定はしないわ」


少し笑みを含んでリリアンが言った。

彼女は、この会話の流れに少しも違和感を持つことはなかった。


廊下を歩く2人の間に沈黙が流れる。

そこに前から歩いてくる1人の男性が目に入った。

その男は遠慮なんて必要ないというほど堂々と廊下のど真ん中を歩いてきた。


初老で上品なスーツを着込んだ男性。

施設長のブリハケット・バイロンだった。


ブリハケットはリリアンを見ると表情を和ませて言った。


「おお、リリアン団長!ご苦労様です」


「ええ」


ブリハケットはクロードを全く見ることすらしなかった。

これが本当の貴族と冒険者との間柄。

会話どころか存在すら認知はしない。


クロードは少し下がってリリアンにアイコンタクトを送る。

それは"情報を聞き出せ"という目だと一瞬で悟った。


「リリアン団長、これからどちらへ?」


リリアンが質問の内容を考えているうちに、先にブリハケットが口を開いた。


「クラリス第二副団長殿に会いに行こうと思って。彼女は姫様のお部屋ですか?」


「ええ。私も今行ってきたところですよ」


「姫様はどうでしたか?さぞショックをお受けになられていたでしょう」


「いえ、特には」


「え?」


ブリハケットの言葉に眉を顰めるリリアン。

火事を目の当たりにして、さらに人が死んだとなれば"何か"を感じるのは当然だ。

だが、けろっとした表情のブリハケットを見ると、ザラが何も感じていないのは事実なのだろう。


リリアンは少し視線を落とすと、あることに気づいた。

ブリハケットの右手には"瓶"のようなものが握られていた。


「それはワインですか?」


「え?ええ、そうです。ザラ姫から頂きました」


ブリハケットはニコニコとした満面の笑みに変わった。

わざとらしくも大事そうに瓶を両手で持ち見せてくる。


「そういえば、昨日の夜にザラ姫が持っていたワインはどこから?」


「詳しいことはわかりませんが、サンシェルマの店主に貰ったとか」


「そのワインは?」


「これがそうですよ」


リリアンは首を傾げた。

このワインはザラが飲みたかったワインで間違いない。

でなければ持ち帰る必要などないからだ。

わからないのは、飲みたかったワインであるはずなのに、なぜブリハケットに渡したのかだった。


「どういうことですか?なぜザラ姫は施設長にワインを?」


「なんでも"香りが少し違う"とかで飲まなかったみたいですよ。それで差し上げますと言われて貰ったのです」


「そうでしたか。でも、ワインの買い占めなんて何のために、誰がそんなことを?」


「さぁ?よほど大きいパーティーがあったのか。わかりませんけど。誰が買ったかは"マイヤーズ"に聞くしか無いでしょうな」


「"マイヤーズ"?」


「ええ。マイヤーズは西地区の物流を全て請け負ってる男で、ワインもその一つです」


「そのマイヤーズという者にはどこに行けば会えるのです?」


「恐らく会うのは難しいと思いますよ。彼はとてもせわしなく動いているので。このアカデミアに来ることもありますが、時間はまちまちですし、見かけたと思ったらすぐにいなくなってますからね」


「そうですか」


「まぁ、どちらにせよ姫様が犯人ではないですよ。あんなお優しい方が人を殺めることなぞできるはずはない」


そう言いながらワインの瓶を撫でるブリハケットの姿を見たリリアンは軽くため息をつく。

"それはわからない"と口にするのは簡単だが、その後の話がややこしくなるのは目に見えていた。


「それでは、私はこれで失礼します」


「ええ、ありがとう」


笑みを浮かべるブリハケットは少し会釈をして歩き去った。


すぐにクロードとリリアンは顔を見合わせる。


「ワインの件、どう思う?」


「ワインはサンシェルマで手に入れたと言っていたが、あれは間違いなくザラ姫が好きなワインなんだな?」


「あの瓶のラベルを見る限り、間違いないと思うわ」


「そうか。だが、それ以上に"マイヤーズ"という男が気になるな」


「そう?ワインの買い占めは偶然だと思うけど」


「思い出してほしい。この事件は"ワイン"から始まっている。ワインが買い占められていなかったらザラ姫は夜にサンシェルマには行ってない。もしザラ姫がこの町に来ることが決定した後にワインの買い占めがあったのであれば、無関係とは言えなだろう。そこには明らかに意図がある」


「確かにそうね。でも、なんで"サンシェルマ"なの?ワインと関係ない店でしょ」


「それを含めてクラリスに聞こう。もしかすれば大きなヒントになるかもしれない」


クロードとリリアンは歩き出した。

当初の目的地であったザラ姫がいる部屋。

部屋の前に立ったリリアンは緊張の面持ちで軽くドアをノックした。


ドアはすぐに開いた。

出てきたのは案の定、クラリス第二副団長。

金色の長髪に美しい顔立ち、重厚な鎧を見に纏った女性だ。


「クラリス第二副団長。お久しぶりです」


リリアンがそう言うと、クラリスは少しだけ頭を下げる程度だった。


「お聞きしたいことがあって来ました」


「……なにか?」


クラリスの声は低い声だった。

2人は初めて聞く声だ。

彼女は無口で、滅多に口を開かない。


「なぜ昨日、サンシェルマに行ったのですか?」


「ワインだよ」


「……なぜ、あのワインがサンシェルマにあるのです?」


「サンシェルマのカウンターに置いてあったのをスイーツを買った時に見かけたんだ。何かの記念に店主の女性が他の誰かからもらったと言っていた」


「それをザラ姫が持っているということは、夜に店に入った時に店主に会っているのでは?」


「会ったよ。その時に店主からもらったんだ」


「記念のワインをもらった?」


「ええ。快く譲ってくれた。そして店から出てからすぐに炎が上がった」


この話の辻褄は合う。

しかし、クロードは黙っていられなかった。


「僕からも質問してもいいかな?」


「あなたは?」


「僕はクロードというものだ。冒険者だが、この事件を解決するために動いてる」


「そう……質問とは?」


「クラリス第二副団長殿の波動属性を知りたい」


そのクロードの言葉にクラリスが眉を顰める。

なぜこのような質問をするのか、それは自分が疑われているのだと一瞬で理解できた。

同時に、この男はザラ姫のことも疑っているのだろうと思った。


「炎だが、何か問題でも?」


「ずいぶん炎が多いな。ユーゲル団長も炎だろ?」


「それは知らない。私は何か問題があるのかと聞いている」


「もしかしたらサンシェルマに火を放ったのは君じゃないかと思っただけだ」


「なぜ私がそんなことを?姫様のお気に入りの店に火を放たねばならない」


「それはザラ姫が店主のホリーを殺したという事実を自分にすり替えるためじゃないのか?ザラ姫の波動属性は"原初"であると聞いたことがある。炎の属性を持つ者が側近なら、その者にやらせるだろ」


「私が姫様の罪を被るために火を放ったと?」


「僕は今そう考えているよ。何か反論があれば聞きたいね」


「なぜ姫様がサンシェルマの店主を殺すんだ」


「それは二年前と同じ理由なんじゃないか?」


クラリスは言葉に詰まった。

この男はどこまで知っているのかわからなかった。

下手に口出しをして自分たちの状況を悪くすることだけは避けねばならない……そう考えていた。


「二年前の事件の犯人が姫様だと言っているのか?あの事件は盗賊の仕業として終わっているはずだ」


「二年前の事件は、どうも腑に落ちない点が多くてね。ある騎士が推理した"ザラ姫犯人説"が最もしっくりくる」


「それで、今回の事件も姫様だと言いたいのか?」


「現場には両腕が無い焼死体。こうなると、まず自殺はありえない。自ら両腕を切り落とすことは不可能だし、順番的に考えても火を放つのは手を切り落とした後だろう。となれば火が上がる直前にサンシェルマにいた君と姫様が怪しいと見るのが当然だと思うが?」


「"思う"ということは証拠が無いんじゃないか?それに二年前も姫様が犯人だとするなら、その犯行動機はなんだ?私は事実しか言っていない。サンシェルマに入って店主からワインを譲ってもらっただけだ。憶測だけで話を進めないでもらいたい」


「それは失礼したね。また来るよ」


クロードはそう言って笑みをこぼすと部屋の前から立ち去ろうと廊下を歩き出す。

リリアンはハッとして、それを追いかけた。


「どう?何かわかった?」


「何も」


「え?」


「全く犯人がわからない」


「ザラ姫が犯人では?」


「それはまだわからない。クラリスが嘘を言っているようには見えなかったからね。二年前の事件のことも知らないのだろう。"カマ"をかけたが乗ってこなかった」


クロードの言う、"カマ"というのは二年前の事件を起こした理由、犯行動機のことだ。

証拠も不十分だが、それ以上にサンシェルマの店主を殺める動機が全くの不明だった。


「ザラ姫が犯行に及ぶ動機ってなんなのかしら?やっぱり姫様は犯人ではないってこと?」


「僕たちは難しく考えすぎているのかもしれない。もしかしたらもっと"単純な理由"で犯行に及んだのか……」


「単純な理由って?」


「"ただ店主の腕を食いたかっただけ"とか」


リリアンは絶句する。

それは"食いちぎられた"という話からの発想だった。

確かに理由としてはシンプルだが、ただそれだけのために人を殺めるとは信じ難い。

さらにそれが一国の姫ともなればなおさらだ。


「しかし、まだ情報が少ないな。マイヤーズに会えればいいが。それかまた新たな事件が起こるとか」


「もう、これ以上は無いでしょう。今回の事件の犯人がザラ姫であるなら、また事件を起こすなんてリスクが高すぎる」


「確かにな」


そう言って笑みをこぼすクロード。


だが予想に反するが如く、この夜、また事件は起こってしまう。


"施設長のブリハケット・バイロンが死亡したのだ"


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