接触(1)
一度目のサンシェルマの火事は、事件が起こった次の日の夜。
さらにユーゲル曰く、"細かいことではあるが"と付け加え、もう一つ気になる点を言った。
「今回の両腕の切断だ。二年前のは切断というよりも……」
ユーゲルは次の言葉を言うか迷ったが、クロードとリリアンの表情を確認すると、ため息混じりに続けた。
「獣か何かに食いちぎられたみたいにボロボロだったんだ」
クロードは眉を顰めつつ聞き返す。
「食いちぎられた?」
「厳密に言うと骨が少し残っていて、肉だけが無造作に食われたような跡だった」
「それが今回は"切断"になっていたと……」
「些細なことかもしれないけどね」
「いや、今はどんな些細なことでも情報は欲しい。そういえば二年前の事件で"妙な推理"をした騎士がいたと聞いたが」
ユーゲルの表情が強張るのがわかった。
この質問はいずれしなければならかったし、本人もそれはわかっていただろう。
クロードはさらに続けて、
「もしかして、それは左遷させられたという前副団長じゃないのか?」
「……ああ」
「なるほど。今はどこに?」
「かなり遠い町だよ。二年前の事件は彼女にとっては辛い出来事だったろう」
「だが、よく左遷で済んだな。事件の犯人を特定したはいいものの誤認だった……さらに相手が一国の姫様となると極刑もありうる話だと思うけどね」
「運がよかった。ゲイン卿が手を回してくれたんだ。"間違いは誰にでもある"と言って、地方への左遷で済んだのさ」
クロードとリリアンは顔を見合わせた。
また話の中にゲインが出てきたからだった。
ザラを犯人と断定した者がいたが、それを覆したゲインが、前副団長を極刑とせずに左遷で済ませたという。
ゲインという人物は明らかにザラよりも目立つ位置にいるように思えた。
「そうか……だが、やはり前回の事件は不可解だな。どうしてそれが盗賊の仕業になる?なぜ次の日に火事になるんだ?」
「何か見られたくないものがあって燃やしたのかしら?」
「だとしても、捕まる危険を犯してまで戻ってきて放火するとは奇妙だ。盗賊ならそのまま姿を消したらいい。どう考えても二年前の事件は身近な人間の犯行に思える」
「そうなると、"二年前、身近な人間である誰かが事件を起こして、後で自分に繋がる証拠を残してしまったことに気づいて放火した"……ということかしら?」
「可能性は高いね。持ち帰ることができない何かか、落とした場所を特定できなかったから燃やしたのか……」
「なんにせよ、やっぱり、その騎士の推理通り……」
リリアンがそう言いかけると、ユーゲルがわざとらしく咳き込んだ。
近くには第五騎士団の団員、行き交う市民などもいた。
断定でないにしても、こんなところで"ザラ姫が犯人"なんて言ったものなら何が起こるかわからない。
リリアンは静かに口を閉じた。
「とにかく、もっと情報が欲しい。ここはやはりザラ姫に会って話を聞くしかあるまい」
「それは難しいと思うけどね」
「どういうことだ?」
「ザラ姫と直接に会話できるのは、かなり親しい人間だけだ。私ですら人を介す」
「人とはゲイン卿のことか?」
「今はクラリス副団長だね」
「なるほど。リリアンがいてもダメなのか……」
クロードの言葉にリリアンがため息混じりに口を開く。
「申し訳ないわね。私もザラ姫とは話したことはないから」
「いや、ならクラリスから話を聞くとしよう。側近なら色々知ってることだろう」
「話せればいいけどね。ほら、彼女無口だから」
「"口"はあるんだ会話くらいできるさ」
クロードとリリアンはユーゲルに別れを告げるとアカデミアへ戻る。
途上、クロードがあることを思い出した。
「そういえば、逃げた囚人を探さなくていいのか?」
「今はそれどころじゃないでしょ」
「確かに……だが、よく脱走なんてできたものだ。騎士団が持つ牢獄は強固と聞く。よほど屈強な囚人なんだな。どんなやつだ?」
「私は知らないのよ。王都を出てから手紙を貰っただけだし。着いたらすぐに、この事件だから。聞く暇すら無かったわ」
「まぁ、今回事件に関わりがなければいい。二年前は姿も形も無い盗賊の犯行ということにしたゲインが、今度は"逃げた囚人の仕業だ"なんて言い出したらたまったものじゃない」
「そうね。だけど可能性は否定できないわ。姫様が窮地に立たされることがあるなら言いかねない。そうならないように、この事件を解決に導けるだけの確固たる証拠を見つけなければならないわね」
クロードは軽く頷く。
前回は恐らく何の証拠もなかったため、無理やりにでも、いるかもわからない盗賊の仕業としたのだろうが今回は違った。
犯人を特定し、そこに証拠が無ければ、恐らくゲインはいとも簡単に"逃げた囚人の仕業"と片付けてしまうだろう。
それに、もっともらしい理由を丁寧につけ添えるのは想像がつく。
クロードとリリアンはさらなる情報を求めてアカデミアにいる第二騎士団副団長のクラリス・ベルフェルマに接触する。




